第18話 人工知能
文字数 3,413文字
八岐大蛇はお気に入りなので、このカードを使うことができるなら対戦に負けてもかまわないとすら陽子は断言していた。
「でも、陽子さんは負けていませんよね」
天照大神を使い、先ほど十連敗をしたばかりの舞子がうらめしげに言った。陽子のカードから八岐大蛇が抜けだして、舌を出しながら舞子をからかっていた。舞子は人差し指で八岐大蛇をつつこうとしたが逃げられてしまった。
舞子は自分のデッキを取りだすとY・Fに見せた。Y・Fは自分が勧めた構築が舞子には複雑すぎると判断したようで、今度はより簡単に回すことができるデッキレシピを準備していた。
舞子は嬉しそうにY・Fに礼を言った。早速デッキを組み直すと、新しいデッキで陽子に勝負を挑んできた。さてさて、今回はどのようにいじめてあげようかしらと陽子は微笑みながらデッキを取りだした。
Y・Fだが、彼女と一番はじめに親しくなったのは舞子だった。
二人は陽子を倒すために結託しているようである。とはいうものの、舞子は不注意なカード運びが多いので、狙い通りにゲームが進んでも陽子に負けてしまうことがあった。そのたびに、もう無理と舞子は弱音を口にしてすねてしまい、それをY・Fがなぐさめる。そして、その関係が二人とも楽しいようだった。
加奈と爽平が戻ってきた。陽子と同じように加奈も順調だったが、彼女も陽子と同じように天照大神を使っていなかった。彼女は素戔嗚尊を切り札にしていた。そして、陽子と同じように攻撃力一五〇の高い打点で天照大神を倒して回っているようである。効果テキストも読めない愚か者が多くて助かるわ、と加奈はあきれていた。
「本当は天照大神が一番強いはずなのだけど」と陽子は苦笑した。
「本当にそう思っているなら行動で示してください」と舞子はふくれた。「今日のランキングを見たのですけど、どう見ても天照大神は弱いです。天照大神で戦っている爽にいも負けてばかりで状況は明らかです」
「爽平君は勝つためではなくて、好きなカードを使うためにデッキを組んでいるから」と陽子はとても私は困っていますという顔をして言った。「彼を参考にしたら駄目よ。勝つことを目的にしていない人が負けるのは当然ですからね」
しかし、爽平は心外だと陽子の言葉を否定した。
「いや、ぼくもそれなりに本気だけど」
「それなら月読尊を外しましょうね」と横から加奈が口をはさんだ。笑顔だったが、その声は軽蔑に満ちていた。「それは、あきらかに爽平君には必要のないカードよね」
「いや、月読尊を外したら天照大神デッキではないかと」
「分かっているわよ、爽平君。姉弟を揃えたいのよね。でも、月読尊はいらないから我慢して外しましょうね」
二人の会話を聞きながら、陽子は首をかしげた。
「天照大神と月読尊を組みあわせるのは悪くないわよ。爽平君が負けるのは、ただ爽平君が積極的に負けようとしているからだと思うけど」
「いや、勝つ気はあるけど」
「なら、どうして天智天皇を使わないの?」
そのときに、お知らせのウインドウ・パネルが開いた。これから日本神話大会トーナメントがはじまるようだった。
日本神話大会は予選と本選に別れている。予選は朝の八時から十四時までで、対戦でメダルを奪いあうことで点数を競う。そして、その日の十四時の時点で成績上位十六名だけが本戦に進むことができる。
本戦はトーナメント方式なので四回勝利できたら優勝である。日本神話大会予選ランキングを見てみると、一位は大鳥勇也だった。
「あいつ、本気を出しすぎだろう」と爽平はあきれていた。
「あなたは頑張りが足りなさすぎね」と加奈は残念そうに首を振った。
「他のユースランカーもいるわね」と陽子がトーナメントに出場する他の選手たちの名前を見ながら言った。「聞いたことがある選手もいるわ。こういうところは、あまり実力がない選手が参加するものだと思っていたけど」
トーナメント表には参加する選手が保持しているランクが表示されていた。ほとんどがランク八からランク九で、三人だけランク十がいた。ランク十のプレイヤーはユースランキングも表示されている。中学生もいて、中学生のランク十には高校生と同じようにジュニアユースランキングが表示されていた。
勇也がユースランキング一位で、他に九位と二十二位がいる。とはいえ、この九位と二十二位は予選ランキングでは必ずしも上位ではなかった。
「爽にい、爽にい、ランカーというのは何? というかユースって何?」と舞子が爽平の袖を引きながら訊ねた。
「ランカーというのはランク十の人のことで、ユースというのは高校生のこと」と爽平が勇也の名前を見ながら答えた。「ジュニアユースが中学生でジュニアが小学生。それぞれに三十二人のランク十がいる」
「どうして高校生と中学生と小学生では駄目なの?」と舞子が首をかしげた。
「ユースという言葉には特別な選手という意味も含まれているからだろう」と爽平は少し馬鹿にしたように言った。「ラベルというのは他人に向けて貼るだけではなくて、自分に向けても貼るものだからね」
トーナメントの第一戦は同時にはじまった。
陽子たちは客室で観戦した。飲み物を飲むために接続を解除して現実世界に戻ることもあったが、飽きずに最後まで観戦することができた。準決勝と三位決定戦が終わり、決勝戦がはじまると舞子のとなりに座っていたY・Fが立ちあがった。そろそろ、準備のために控え室に行く必要があるのだ。
「がんばってね」と舞子がY・Fの手を取った。
勇也は三位であり、決勝を制したのはユースランキング九位の三原清子という岩手県出身の女子高校生だった。彼女は加奈と同じ素戔嗚尊を切り札に据えていた。三種の神器の効果で次々と下級デッキから妖怪を召喚する天照大神デッキを、素戔嗚尊の高い打点を的確に利用して抑えての優勝だった。
優勝者の三原とY・Fの対戦がはじまった。
コイントスが行われた。先攻はY・Fだった。戦闘前フェイズがはじまると、すぐに彼女は三種の神器を召喚した。そして、布陣を整えるとターンを終了した。三原は素戔嗚尊を効果で特殊召喚しようとしたが、それをY・Fがしっかりと防いだ。
そして、次の自分ターンに天照大神・草薙剣を召喚すると、効果で攻撃力を上げてから相手の場をなぎ払った。そのまま三原はライフカードを全損させた。
「ああいうふうに戦うのですね」と舞子が感心していた。
「守り抜くのが天照大神の勝ち筋なのよねえ」と陽子は静かに言った。「守りを突破されるとおしまいだけど」
二戦目は素戔嗚尊の召喚を許してしまい、そこから連続で守りを突破されてY・Fが負けてしまった。素戔嗚尊から強い上級妖怪を召喚することはできないが、そのままでも攻撃力が一五〇もあるので十分に強力である。高い打点に阻まれて、天照大神は厳しい戦いを強いられる。
三戦目もY・Fは素戔嗚尊の召喚を防ぐことができなかった。そして、二戦目と同じように三原が勝った。
「Y・F、勝てるのかなあ」と舞子が心配そうに言った。
「相性が良くないかもしれない」と爽平が腕を組んだ。
「相性が悪いとは思わないけど」と陽子が言った。「その気になれば、攻撃力一五〇程度なら頭を押さえられるはずよ。
声の調子が変わっているのに気がつき加奈が見ると、陽子の目が冷たく輝いていた。表情が完全に死んでおり彫刻に見えた。
今まで、加奈は陽子のこのような姿を何度も見たことがあった。日頃の彼女の微笑は意識して作られたものであり、何かに集中するとこうして彼女は表情を失うのだ。実をいうと、加奈は陽子のこの顔が好きだった。
四戦目がはじまった。
先行制圧。Y・Fは布陣を整えたが、相手の三原も負けてはいなかった。互いに攻撃と防御を繰りかえして対戦は長期化した。十四ターン目だった。とうとう、三原がY・Fの防御を突破して勝利した。
「Y・Fも負けることがあるのね」と陽子は言った。
「私、Y・Fをなぐさめないと」
舞子は落ちつかないようだった。そわそわしたようすで、今にも控え室まで走っていきそうに見えた。