第13話 室町時代

文字数 4,009文字

 玉藻前から紹介された催しは七月二十日に開催される予定だった。開催までまだ二ヶ月もあるので、それまで陽子たちはカードゲームを楽しむだけではなくアマテラスワールドを観光することにした。この仮想世界は観光地としても有名で、近くにある韓国やハワイからも観光客が訪ねてくるほどだった。陽子や加奈が調べた感じだと、アマテラスワールドは日本人よりむしろ外国人に有名な仮想世界だった。
 陽子たちはカードを集めながらランク戦を繰りかえして、一つずつ自分たちのランクを上げていった。そして、陽子と加奈はランク四になり、とうとう次の世界、室町時代に入場できるようになった。これで使用可能なカードの種類は大きく増えて、本格的にアマテラスカードの世界がはじまることになる。
 平安時代が天皇の時代なら、室町時代は将軍の時代である。
 治承寿永の乱で鎌倉幕府が生まれ、承久の乱で後鳥羽上皇が鎌倉幕府打倒に失敗すると政治の中心は公家から武士に移った。鎌倉幕府は元寇の後に滅びたが、権力は天皇に戻ることなく室町幕府に引き継がれた。
「百敷や古き軒端のしのぶにも、なお余りある昔なりけり」と陽子は短歌を口ずさんだ。
「聞いたことがあるわ」と加奈は言った。「誰の歌?」
「順徳院」と陽子は言った。「一二二一年の承久の乱で父親といっしょに幕府に戦いを挑んだ強気の天皇ね。努力はしたみたいだけど、残念なことに負けてしまったの。歌には天皇家に権力があった時代が存在していたなんて信じられないとか、そういう哀愁の気持ちを込めたみたい」
「天皇が日本から消えたのは惑星間革命後の印象があるけど」
「乱暴にいえばね」と陽子は笑った。「でも、歴史を勉強すれば天皇が急に権力を失ったわけではないことが分かるわ。少しずつ、それも行ったり来たりしながら日本の歴史は少しずつ前に進んできたわけ。二十世紀も天皇の時代で、私は天皇の権威がもっとも高かったのは二十一世紀だったと思うわ」
「そうなの?」
「そういう見解もあるという話よ」
 アマテラスワールドにも現実世界と同じように将軍がいたが、この将軍は足利尊氏ではなくて大江山に住んでいたという酒顚童子だった。陽子と加奈とツララの三人は酒顚童子の屋敷である花の御所に向かった。花の御所は美しく広大な邸宅で、邸内もその外も多様な妖怪たちと観光客で溢れていた。
 陽子たちは酒顚童子に謁見した。手紙を見せると、彼は二言三言だけ陽子たちに声をかけてから観光地図を渡してくれた。室町時代は江戸時代ほど広くはないが、それでも観光地をすべて回れば二週間はかかる。
 花の御所を出るときに、Y・Fとすれ違った。顔は狐の仮面で覆われており、服装は内裏で見たときと同じ黒地に鳳凰柄だった。彼女は両手に包みを抱えており、陽子たちに気がつくと驚いてぺこりと頭をさげた。そして、慌てたようすで奥へと駆けていった。何か大切な用事があって急いでいるようだった。
「もしかして、星月紅同志?」と加奈は小さな声で陽子に訊ねた。
「違うわ」と陽子は苦笑いを浮かべた。「彼女はY・Fよ。もしかしたら、この世界では彼女が天皇なのかもしれないけど」
「それにしては威厳がないわね」
「確かに、それは残念なところね」
 陽子たちは観光案内の地図を広げた。陽子も若者らしく観光は大好きである。とはいえ、玉藻前から勧められた催しを忘れてはいなかった。
「デッキを強化しておきたいわ」と陽子は言った。「ツララ、何かお勧めはある? 観光も楽しめてカードも集まる場所が理想だけど」
「それなら、ここはどうでしょう」とツララはすぐに地図の一点を指さした。
 陽子が覗きこむと、下野の国に狐火の村があるらしい。陰陽師、安倍泰親により討伐された玉藻前は殺生石となってしまったが、その殺生石を彼女の家来だった狐火たちが持ち出して必死に守っているそうだ。
 しかし、暴力の行使を恐れない野蛮な仏教徒たちが、恐ろしいことに狐たちを根絶やしにしようと狙っているらしい。
「設定に無理があるわね」とカードゲームで遊ぶようになり、歴史や伝承なども勉強しはじめた陽子が学んだ知識を披露した。「玄翁和尚が殺生石を破壊したのが十四世紀、南北朝時代だから今はもう殺生石はなくなっているはずよ。それとも今は室町時代初期? どういう設定になっているのかしら」
「かわいそうな狐が西日本の利己的で強欲な人間にいじめられているという、とても単純な設定なのだと思います」とツララはすまし顔で言った。「東の蝦夷は、西の大和に侵略されいじめられ続けていたのです」
「本当に単純ね」と陽子はあきれた。「下野の国といえば鎌倉方面よね。地球なら遠いはずだけど歩いていけるのかしら?」
「室町時代からは仮想世界内を自由に飛べるので大丈夫です。それに地球の日本列島とは大きさが異なるので歩いても行けます」
 陽子は地図を指で叩いた。確かに、自由に目的地に飛ぶことができそうだった。楽しそうにしているの陽子を見て、加奈はあきれていた。本当にもう、この娘はしかたがないのだからという姉か母親の顔をしている。
「陽子、すっかり馴染んでいるわね。はじめは恥ずかしそうにしていたくせに」
「別にいいでしょう」と陽子はすねた。「それに加奈だって天使をやめたくせに」
 加奈は腰に両手を当てた。「私ははじめから天使ではないし、これからも天使になるつもりはありませんからね」
 観光目的でもあるので、三人は歩いて下野の国へ向かった。
 下野の国までは徒歩で一時間程度だった。太い丸太を並べて造られた城壁と、粗末だが十分な高さがある櫓が見えた。見張りの狐火たちは狐の姿で、陽子たちが近づくと奥から人の姿をした青年が現れた。
「観光に来ました」
 三人は村を案内されたが、狐火たちは深刻そうな顔をしていた。仰々しく、礼拝堂で祈るイスラム教徒のようだった。村は貧しいようで、狐火たちが着ている着物は大人も子どもも色あせた茶色だった。
「もしかして、ここの人工知能たちは原住民なのかしら」と陽子はツララに訊ねた。
「そうです」とツララは答えた。「彼らは他の仮想世界に移動できず、室町時代から出ることもできません。彼らにとっては、アマテラスワールドが世界のすべてです。現実世界の存在に懐疑的な者たちすらいます」
「なら、殺生石は大切な存在ね」
「彼らの神ですね」
 原住民というのは、仮想世界で自然と繁殖して増えた人工知能のことである。人工知能には星月紅のように現実世界で設計された生産型と、仮想世界で生まれた原住民の二種類がいる。今では宇宙に存在するほとんどの人工知能は原住民だった。多くの原住民と同じように、この村で生まれた狐火たちはこの村で生まれて育ち、そしてこの村で現実世界の人々と同じように死んでいくはずである。
 村には子どもたちがたくさんいた。彼らもアマテラスカードで遊んでいた。大人たちは角が欠けた机を囲んでデッキを組んでいる。陽子たちは長老に挨拶してから、村の有力者たちと対戦することになった。
 対戦場には長椅子があり、現実の室町時代には存在しなかった洋風の家具も見えた。
「それでは、あなた方の力を見せてもらいます」
 陽子の対戦相手は長老の孫娘であるらしい。
 コイントスを行い、陽子が先攻になった。陽子は狐火の姫を召喚して、それから前衛にもう一体妖怪を召喚した。カードを二枚だけ伏せた。孫娘のターン。彼女は玉藻前を狐火の巫女の効果で特殊召喚した。戦闘フェイズがはじまった。狐火の姫は破壊されて、陽子はライフカードを三枚も失った。
 陽子のターンがはじまった。伏せていたカードを裏返して、墓地に送られていた狐火の姫を特殊召喚する。そして、時計持ちの狐火を召喚すると、このカードの効果で狐火の姫を召喚するのに必要とした三枚に分解する。手札から生け贄の大蛇を通常召喚。これで場に大蛇を含む五枚のカードが揃った。
 直ちにカード五枚を墓地に送り八岐大蛇を上級デッキから召喚した。
「相手の玉藻前の攻撃力は一二五。私の八岐大蛇の攻撃力は一五〇」と陽子は猛禽類を思わせる笑みを浮かべた。「突破できるわね」
「陽子、本当に奇襲が好きよね」と加奈はあきれていた。「そろそろ、八岐大蛇から卒業して玉藻前に集中したら」
「私、大蛇が好きなの」と陽子は言った。
「私は複数のテーマを混ぜるのに賛成できないわ」と加奈は言った。「事故が起きて手札が噛みあわなくなっても知らないから」
「そのときは泣けばいいのよ」と笑うと、陽子は宣言した。「バトルよ」
 村長の孫娘は伏せていたカードを反転させた。幻惑の狐火だった。効果で八岐大蛇の攻撃力を三十ポイント下げようとした。しかし、その効果に誘発させて陽子も一ターン目に伏せていたカードを反転召喚させた。
 結界の狐火の効果発動。場にこのカード以外の「狐火」カードがある場合に、このカードを墓地に送り攻撃力の変化を無効にする。
 八岐大蛇で相手の玉藻前を突破した。相手妖怪をすべて破壊すると、相手のライフカードを二枚連続で破壊する。
 しかし、次のターンで長老の孫娘も勝負をかけてきた。
 狐火の巫女の効果を発動して墓地から玉藻前を蘇生させると、彼女の切り札である殺生石を召喚した。殺生石の攻撃力は一二五。効果は一ターンに一度だけ、手札を一枚捨てることで相手妖怪すべての攻撃力を一〇〇下げる。しかも、この妖怪は手札を二枚捨てることで効果破壊も防ぐことができた。
 陽子の八岐大蛇は攻撃力を五〇まで下げられて破壊されてしまった。しかし、陽子も負けてはいなかった。八岐大蛇をすぐに蘇生させてライフカードを守った。そして、次の自分のターンで殺生石を破壊すると、そのまま攻撃を続けて相手を追いつめた。
 とはいえ、村長の孫娘は強かった。
 勝負は一進一退で進んだものの、最後は加奈の忠告通り、手札がかみ合わなくなり陽子は負けてしまった。
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登場人物紹介

【二条陽子】淑景館の令嬢。勉強も運動も完璧で、中学時代は学園の女王として恐れられていた。高校一年生の時に謎の人工知能に軟禁されて、それが理由でアマテラスカードをはじめる。七福神の全員と出会うように星月紅から言われているが、彼女には何か秘密があるようだ。切り札は玉藻前。

【北原加奈】陽子の親友。幼い頃に淑景館に出入りしていたことで陽子と運命の出会いを果たす。陽子と同じ高校に進学してからも友情は続き、彼女から絶大な信頼を得ている。切り札はぬらりひょん。

【伊藤爽平】仮想世界アマテラスワールドで陽子が出会った少年。アマテラスカードに詳しくない陽子にいろいろなことを教えてくれる。天狗や火車、さまざまな妖怪を使いこなすが真の切り札は別にあるらしい。陽子のことが好き。

【大鳥勇也】財閥の御曹司で、陽子の幼馴染み。ユースランキング一位の実力者で、彼を慕う多くの取り巻きと行動している。伊藤爽平の好敵手だが、今のところ常に勇也が勝っているようだ。切り札は酒顚童子。

【ツララ】陽子の案内役の雪女。アマテラスワールドで生まれた原住民と呼ばれる人工知能で、陽子がアマテラスワールドで迷わないように助けてくれる。最高管理者である七福神に良い印象を持っていないようだが。

【Y・F】内裏にいる狐の面を着けた少女の人工知能。伊藤爽平と仲良しで、よく彼から遊んでもらっている。切り札は天照大神。

【伊藤舞子】爽平の妹。陽子に憧れてアマテラスカードをはじめたが、向いていないようだ。

【星月紅】八惑星連邦の指導者の一人で、太陽系の支配者。

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