第14話 殺生石

文字数 3,641文字

 陽子はすぐに狐火たちに受けいれられたが、加奈はそうではなかった。ぬらりひょんは仏教徒たちが好む切り札だったので、彼女は敵に思われたのだ。しかも、彼女は立て続けに狐火たちを負かしてしまったので恨みまで買ってしまった。子どもたちははしゃぎながら、悪魔のお姉ちゃんと加奈を呼んだ。
 とはいえ、どうやら悪魔のお姉ちゃんと呼んでいた子どもたちのほうが加奈のことが好きらしかった。彼らは無邪気にも敵が使っているカードに憧れを抱いているらしい。子どもは強者に憧れるものなのだ。
「どうやら、仏教徒たちが攻めてきたようね」
 陽子が部屋に入ると、ちょうど加奈が最後の攻撃宣言をして、長老の孫娘を対戦で倒してしまったときだった。
「それで、陽子は参戦するの?」と言うと、加奈はデッキを仕舞った。
「もちろん」と陽子は答えた。「十四時からだそうよ。土曜日に、しかも時間をきちんと守りながら攻めてくるなんて仏教徒たちはお利口ね」
 対戦の前に、二人は現実世界に戻ることにした。
 接続を解除すると、陽子と加奈は寮内の離れにある古風な西洋料理店へと向かった。そこは外国から来た教授や経営者をもてなすこともできるような本格的な食堂だった。年配の給仕は陽子と加奈の顔見知りで、二人に微笑むと奥の個室を案内してくれた。室内は照明が暗く、壁は煉瓦造りだった。
 陽子と加奈は気に入っていたが、この西洋料理店は天王星にあるマイケル・ファラデー工科大学から来る教授たちには評判が悪い。まるでオックスフォード大学のようだ日本人は学問の本質を分かっていないと顔をしかめるそうである。
 今でも、アメリカ人にとっては学問というのは自由で反権威主義なものなのだ。かつてのマルクス主義やキリスト教がそうであったように。
「そういえば、ずっと疑問だったのだけど」と加奈はサラダを食べながら訊ねた。「陽子はどうして工科附属に来ようと思ったの? そのまま高等科に進学すると思っていたけど」
「気質なのかなあ」と陽子は肩をすくめた。
「陽子は学習院が似合っていると思うけど」と加奈は首を傾けた。
「そうなのかもしれないわね」と陽子は同意した。「でも、私は品格よりも技術力に魅力を感じるような野蛮なところがあるから。ちょっと、こういう頭の回転の悪いやつは出ていけみたいな気風は嫌いではないの」
「確かに、陽子はそういうところもあるわね」
「逆に訊くけど」と陽子の声に僅かに不安が混じった。「どうして、加奈はこういうところに来ようと思ったの? 大変だったでしょう」
 加奈は笑った。「確かに大変だったわよ。でも、陽子が工科附属に行くと聞いたから、私もがんばってみようと思ったの。それに学習院ならお金がかかりすぎるけど、ここなら政府が奨学金を出してくれるしね」
「そういえば加奈は特待生だったわね」
「最近、陽子についていけている自分に驚いているわ」と加奈は言った。「私、今でも自分が夢を見ているような気持ちになるのよ」
 昼食を終えて仮想世界に戻ると、村の外が騒がしかった。村を侵略しに来た仏教徒たちが到着しているようである。
 対戦は村の外で行われる。ランクに応じて対戦相手が決まり、仏教徒陣営と狐火陣営で対戦の成績による点数を競うのだという。陽子も加奈もランク四なので、同じランク四の相手と戦うことになる。
 会場に着くと村長の孫娘が息を弾ませて駆けよってきた。
「二人には期待しています」
「期待してもらってもいいわよ」と陽子は笑った。「加奈は強いから」
「陽子も真剣に戦いなさいよ」と加奈はあきれて言った。
「今日こそは勝ちたいです」と言いながらも、村長の孫娘は不安そうだった。「最近、負けが続いていて子どもたちの元気がありません。勝てないので、玉藻前や狐火を使うことを嫌がる子どもたちも増えています。自分たちの村の誇りと伝統を守るためにも、今日こそは仏教徒に勝ちたいのです」
「伝統とかはいらないと思うけど」と陽子が言った。
「伝統は重要です。誇りのために」
 村長の孫娘は陽子の手を取り、期待していますと再び言った。対戦表が発表された。陽子は加奈と別れると、指定された自分の持ち場まで歩いた。
 椅子に座ると、用事で席を外していたツララが現れた。陽子が仏教徒たちと対戦すると聞いて慌てて来たようだ。
「遅くなって、申し訳ありません」とツララは謝った。
「いいわよ」と陽子は笑った。「困ったわ。緊張してきたみたい」
「デッキレシピを見せてもらってもいいですか?」
 陽子はウインドウ・パネルを開いて、対戦で使う予定のデッキを見せた。いつもとは異なり玉藻前を中心とした堅実な構築だった。玉藻前を素早く場に出して、九尾の狐と属性持ちの玉藻前で臨機応変に対応する。
 ツララは陽子のデッキに目を通すと意外そうな顔をした。
「ずいぶんと遊びのない構築ですね」
「私も時と場所くらいは弁えるわよ」と陽子は苦笑いを浮かべた。「ふざけて惨敗して村長の孫娘を悲しませるわけにはいかないもの。それに子どもたちからも応援されているのだから全力でやるしかないわね」
「しかし、これでは手堅すぎて逆に相手に動きが読まれやすいと思います」とツララは不安な顔をして言った。「いつものふざけて余裕がある陽子さんのほうが安心です」
「ふざけては余計よ」と陽子は微笑みながら言った。「それにアマテラスカードは動きを読まれて負けてしまうようなゲームではないわ。そもそも、構築の弱さをプレイヤーの技術で補うことはできない。運の要素が強いから見逃されがちだけどね」
「でも、陽子さんは強い構築のデッキをたくさん倒してきましたよね」
「それは相手に技術がなさすぎたのよ」
 仏教徒側は人工知能しかいないと陽子は思っていたが、高校生も混じっていた。指導者である玄翁和尚を若い人間と人工知能たちが囲んでいた。和尚は老人だった。彼は一段高いところに立つと演説をはじめた。
 陽子は日本思想に暗く、日本人でありながら仏教についてはほとんど知らない。興味を惹かれて耳を澄ませた。
「みな疑問に思っているだろう。間違いなく疑問に思っているはずだ。なぜ世界には豊かな者と貧しい者が存在するのか? なぜ貧富の差がなくなることはないのか?」
 大きな声で玄翁和尚は聴衆に語りかけた。あたりが静かになった。
「輪廻転生」と玄翁和尚の声が響き渡った。「それは前世が善人である者と悪人である者がいるからである。それ以外に理由はなく、この世界に貧富の差があることは正しいことなのだ。私はここで断言しよう。貧しい家に生まれた者、不幸を背負って生まれた者は前世が犯罪者だったのである。因果応報。狐たちが貧しいのは彼らが犯罪者であり悪人だからなのだ」
 陽子は驚いてしまった。
 玄翁和尚は七十を超えたくらいの男性だった。頭は剃りあげて輝いており、金色の袈裟は清貧という言葉とは無縁である。老人なのだが長身で活力があり、彼の声は長老の孫娘よりも若々しい感じがした。
「勧善懲悪。罪には罰が必要なのだ」と玄翁和尚は続けた。「狐に生まれた時点でやつらは犯罪者なのだ。そして、犯罪者が報われてはならない。やつらが二度と生まれ変わりたくなくなるまで徹底的に痛めつけて解脱させなければならない。繰りかえす。金持ちに生まれることができなかった時点でやつらは犯罪者なのであり、これは正義であり、犯罪者を許すことは罪を犯すことに等しいのだ」
 陽子という娘、実は今でも自分が日本人であることに自信がない。
 彼女は生まれも育ちも木星のインターナショナルであり、そこでは確かに日本人として育てられたのだが、インターナショナルの日本人は海王星で日本人ばかりに囲まれて育っている日本人とは毛色が異なる。
 インターナショナルには中国人やアメリカ人がたくさん街を歩いていたし、宗教も仏教や儒教よりもキリスト教やイスラム教、ユダヤ教などが強い。陽子も社交のために長老派教会に連れていかれたほどなのだ。
 陽子は教会での生活を思いだした。
 教会では不幸はアダムとエバの原罪に因ると教わった。罪を憎み人を憎まず、犯罪を憎むことは許されても犯罪者を憎むことは許されないとも教わってきた。貧困者や犯罪者を見たときに抱くべきは憐れみであり、敵を憎むのではなく愛せよというのはイエス・キリストが定めた絶対的な命令なのだ。
 そのため、貧困者は犯罪者の生まれ変わりなので排除しなければならないという思想に陽子は欠片も馴染みがないのだった。
「私には爽快なくらい邪悪な教えに聞こえるのだけど、あれが仏教なのかしら」と陽子は動揺してツララに訊ねた。
「さあ、私は無神論者なので分かりません」とツララはすまして答えた。「仏教にもさまざまな宗派がありますし、仏教徒にもさまざまな人たちがいます。しかし、現実世界の玄翁和尚が命乞いを許されずに石にされた玉藻前という女性に止めを刺したのは間違いないですね。少なくとも物語の世界では」
 陽子は目を丸くしてしまった。
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登場人物紹介

【二条陽子】淑景館の令嬢。勉強も運動も完璧で、中学時代は学園の女王として恐れられていた。高校一年生の時に謎の人工知能に軟禁されて、それが理由でアマテラスカードをはじめる。七福神の全員と出会うように星月紅から言われているが、彼女には何か秘密があるようだ。切り札は玉藻前。

【北原加奈】陽子の親友。幼い頃に淑景館に出入りしていたことで陽子と運命の出会いを果たす。陽子と同じ高校に進学してからも友情は続き、彼女から絶大な信頼を得ている。切り札はぬらりひょん。

【伊藤爽平】仮想世界アマテラスワールドで陽子が出会った少年。アマテラスカードに詳しくない陽子にいろいろなことを教えてくれる。天狗や火車、さまざまな妖怪を使いこなすが真の切り札は別にあるらしい。陽子のことが好き。

【大鳥勇也】財閥の御曹司で、陽子の幼馴染み。ユースランキング一位の実力者で、彼を慕う多くの取り巻きと行動している。伊藤爽平の好敵手だが、今のところ常に勇也が勝っているようだ。切り札は酒顚童子。

【ツララ】陽子の案内役の雪女。アマテラスワールドで生まれた原住民と呼ばれる人工知能で、陽子がアマテラスワールドで迷わないように助けてくれる。最高管理者である七福神に良い印象を持っていないようだが。

【Y・F】内裏にいる狐の面を着けた少女の人工知能。伊藤爽平と仲良しで、よく彼から遊んでもらっている。切り札は天照大神。

【伊藤舞子】爽平の妹。陽子に憧れてアマテラスカードをはじめたが、向いていないようだ。

【星月紅】八惑星連邦の指導者の一人で、太陽系の支配者。

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