第11話

文字数 2,219文字




 そのリハーサルスタジオは、入るとフロント兼休憩室があって、そこから四つの防音のブースがあり、そこに各バンドが入って、時間制限まで練習をすることができる、という仕組みになっていた。
 休憩室にはピックやギター弦の他に、駄菓子やカップラーメンが置いてあり、フロントで買って、休憩室で食べることができる。
 なので加奈子を呼んだ杏城琴美も、カップラーメンを食べていた。
 塩ラーメンだ。
 他のバンドメンバーはその場にいない。
 たぶん、練習を琴美が抜け出して食べているのだろう。
「はろー、加奈子ちーん」
「琴美、昼間から練習ご苦労様」
 向かいの席に座る加奈子。
「パック料金で今日はリハスタ借りてんのよ。メンバーが全員空いてる日が最近なかなか取れなくてねー」
 ラーメンを食べ終え、汁を飲む琴美。
 加奈子は黙ってそれを見ている。
「貧乏人は働けど働けど暮らしはいっこうによくならないし、金は諸々な事情で消し炭のように消えて黒いシミだけ残る。私が燃え尽きたカスになるのも、そう遠くはないかもね」
「琴美はバイタリティあるじゃん。カスにはならないわよ」
「いやいや。『徐々に色あせるより、燃え尽きた方がいい』って、カート・コバーンも言ってるわ。燃え尽きるのも一興。この街で活動するのは、とかく金がかかりすぎる。とはいえ、田舎に戻る気はないけどね」
「バンド、順調?」
「順調、順調。やっぱ生バンドはいいわ」
「VJだけで大変なのに、よくやるわね」
「うーん、でも私はまだマシな方かな。ファウンデーションなんていうコミュをやってるから、そのつてで色々活動の幅が広がってるからね。ただ、やってること全部をクロスオーバーさせるのは、今の私じゃ難しいわね。それこそ『ハイパーマーガリン』を、見習いたいところではあるわね。あのクソオヤジどもを」
「…………」
「VJは自宅作業で仕込みやるし、バンドはボーカルだから、どちらかというとフロントマン。パフォーマーみたいなもんよ。かなり性格が違うから、やっていけてる。そっちはどう? コンポーザー見習いさん」
「なんか、生活に追われた人間になりそう」
「ふふ。まだこっち来てそんなにも経ってないじゃん。これから慣れていくわ」
「そっかな?」
「そうよ。生活の基盤が大事。だって、私たちがやってるのは『消耗戦』だから。短期決戦とは違って、消耗しながら戦ってる。大量生産・大量消費しながら戦う、後期資本主義ファイターよ」
「ネーミング、ダッサい」
「ダサく沼の中で転がり溺れて戦うんだから、ダサイくらいが丁度良いのよ。それはそうと、さっきちらっと見たけど、真奈美ちゃんの弟子の凜々子ちゃん、来たみたいね」
「そうよ、それ、聞きたかった。ファウンデーション素材に小説書かせるって」
「人聞き悪いこと言わないの。書かせるんじゃなくて、依頼したの、お願いしたの。それにファウンデーションのことじゃなくて、『この街』のことを、ってね」
「渋谷」
「そう。この街の影の歴史のモニュメント、建てた方が良いんじゃないかってね。たぶん私たちの活動は、人知れず続くし、表には出ないわ。表に出ないまま終わる可能性が高い。だって、この都市のコミュニティはたくさんあるけど、それがメジャーになった話なんて、聞いたことがない。みんなだから、自分がその第一号になるってことしか考えてない。でも、私は今のこのエキサイティングな状況を、どうにかカタチにして残したいの。だから、大人気作家さんにお願いしたってわけ。ていうか、真奈美ちゃんの人気ってすごいのよ。知ってたかしら」
「わかんない。読んでないし」
「読んであげなよ。快刀乱麻な切れ味の小説で、あの子の本性が垣間見れて楽しいわよ」
「快刀乱麻、ねぇ」
 と、喋っていると、天井近くに設置されたケーブルテレビのスピーカーから、聞き覚えのある音楽が流れてきて、加奈子はテレビモニタを見た。
 琴美も顔を上げて、天井近くのモニタを見上げる。
 映っているのは、加奈子がよく知る人物だった。
 流れている音楽はその人物のプロモーションビデオだった。
 琴美はぽつりと呟く。
「志乃詩音……」
 加奈子の両手が震え出す。
 両足も震える。
 全身がわななく。
 いらだちを抑えきれない。
 それを察して、しかし琴美はニヤリと笑みを浮かべる。
「身体が震えてるじゃない、どうしたの、志乃加奈子」
「知らない」
「強がっても仕方ないじゃないの。彼女は、志乃詩音は、これからもっとビッグになるわ。CMソングに詩音の歌が起用されることも決まったみたいだし」
「私には関係ない」
「愛憎渦巻く気持ちで田舎から自分のお姉ちゃんを追って来たっていうのに?」
「あんな奴、姉じゃない!」
「コンポーザーになるのは、作曲家になるのは、復讐のためじゃない、と?」
「作曲は、やりたいからやってるだけよ!」
 椅子から立ち上がる加奈子。
「帰る」
「あらあら」
 重いガラス張りの扉を押して開けると、加奈子は外に出る。
 ゆっくりした動作で見送りに出てきた琴美は、
「週末のDJパーティ、期待してるわ。準備はどう」
「おかげさまで、全然よ」
「そ。お疲れ。悪かったわね、引き留めて話なんかしちゃって」
「いーえ」
 二人は片手を上げ、その場で別れた。
 加奈子は考える。志乃詩音に、自分の姉に、勝つ方法を。

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