第26話

文字数 957文字




 加奈子が帰ってこない。
 何日経っても、帰ってこない。
 真奈美は琴美の病室に見舞いに行き、加奈子のことを看護婦さんに尋ねるが、退院した、という。
 帰宅予定日に帰った。
 と、いうことは、もう五日が経過している。
 琴美は意識不明のまま、加奈子は行方不明。
 家には監禁している詩音。
 真奈美は、非日常と日常の交差点で、壊れゆく自分の精神を律してやり過ごす。
 凛々子が真奈美の部屋に来ると、縛られ、おむつをはいている詩音を、げらげらと笑った。
 トイレに行かせられるはずもなく、老人用のおむつをはかせているのだ。
 もちろんおしりは拭かないので、中は蒸れてただれているだろうが、そんなこと真奈美には知ったことではないのである。
 帰り際、凛々子は、
「私はなにも見ませんでした。でしょ? 師匠」
 と言って部屋を出る。
 真奈美はそんなことを平然と述べる凛々子が恐ろしくも感じたが、自分なんてれっきとした拉致犯罪者なのだ。
ここは頷くしかない。
 夜、晩酌をしようとテレビをつけると、ちょうどニュース番組が流れていた。
「五日前、歌手でモデルの志乃詩音さんが行方不明になり、警察に届けが出されました。行方がわからないままでしたが、今日午後、犯人と思わしき人物から、詩音さんがCMソングを歌って自身も出演しているCMの広告代理店に脅迫電話がありました。詩音さんの『看板』から志乃詩音の身体を奪ったのは私だ。詩音を返して欲しければ、身代金一億円を用意しろ。その人物はそう脅迫してきたとのことです。尚、『看板』というのは、渋谷区代官山の路上に設置してあった志乃詩音さんの写真を使用した宣伝広告用の看板から、詩音さんの身体部分がくっきりと切り抜かれ、持ち去られたことを指すとみられ、警察は聞き込み捜査を続けているとのことです」
 真奈美は、
「どういうこと?」
 と唸った。詩音はここにいる。
 偽装犯か。
 真奈美は混乱したが、落ち着きを取り戻す。
 どうにか、切り抜けるべきターニングポイントが来ているのかもしれないな、と。
 しかし、『看板』とはなんだろう。
 看板から身体部分を盗んだ、というのは。
 真奈美はキッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、飲み、どう動くべきか、しばし考えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み