第4話

文字数 3,907文字




 部屋のコタツ。
 加奈子と真奈美のルームシェアしている部屋の、リビングルーム。
 十一月になったので、コタツを使い始めたのだ。
 このコタツは、真奈美が実家から持ってきたものである。
 部屋にはエアコンもあるが、貧乏暮らしなので、光熱費節約。
 使わない。
 玄関で真奈美から三段警棒による攻撃で加奈子が襲われてから一時間後。
 二人は、さっきの三段警棒や腹パンチが嘘だったかのように、仲直りしていた。
 単純な奴らなのだ。
 太陽はまだのぼっていない、早朝である。
 加奈子は、バイトをし、公園通りの看板を真っ赤に染めて、それから徒歩で帰ってきて、玄関で眠り、真奈美からの攻撃で一気に覚醒、それからコタツに潜っていた。
 真奈美の方は、コタツのテーブルの上で、コンビニで買ってきたカットフルーツを食べている。二人はもう、パジャマだ。
 早朝だが、これから二人は、眠る時間。
 部屋には、下の階にあるリハーサルスタジオから聞こえるドラムの音が、かすかに聞こえている。
「真奈美、最近着てるその着ぐるみパジャマ、どこで買ったの」
「ドンキ。文化村んとこの」
「ふーん」
 真奈美はカットフルーツのパイナップルを囓り、「おいしー」と唸った。
「ドンキで売ってる服って大体、ノリがヤンキーだよね」
 加奈子がうとうとしながらそう言うと、
「でも安いし、デザインそんな悪くないよ」
「悪いか悪くないかは別にして、ヤンキーテイストはあんたにマッチしそう。いや、あんたのそのぺカチュウの着ぐるみパジャマはどうかと思うけど」
「可愛いっしょ」
「全然」
「むー」
 ふくれっ面をする真奈美だが、加奈子は半分眠りかけている。
 コタツに入りながら寝そべっていて、真奈美の方は向いていない。
「杏城サマから伝言」
「はいはい、わかってますって。この前のDJパーティーの時のセットリストのまんまのミックスのテープつくれってことでしょ」
「うん」
「起きたら作業する」
「私のぺカチュウパジャマ、結構良い線いってる気がするんだけどなー」
「そっかな。全然」
「なによー。絶対可愛いって。マークシティの横の路地あんじゃん。飲み屋と風俗のひしめきあってるどぶの匂いがたまにする区域。あそこらへんが特にそうなんだけど、ネズミが頻繁に路地を横切るんだよ。あれを駆除業者は『スーパーラット』って言うんだって」
「スーパーラットねぇ」
「どこらへんがスーパーかというと、毒素に耐性が出来ちゃって、普通は駆除できるクスリ蒔いたり駆除用毒団子食べても、このスーパーラットは、普通のネズミと違って死なないんだって。だから、スーパー」
「それは凄い」
「そんなネズミの住む街なら、やっぱそれっぽくみんなぺカチュウの着ぐるみ着るべきだよ、特に女子高生」
「なんで女子高生」
「この街への適応能力が高いから。毒団子食っても平気だよ、きっと。宇田川を徘徊する女子高生こそが、スーパーラットなんだよ。スーパーラット・ギャル」
「もう寝る。お休みなさい」
「もう! 話、終わってないよ!」
「そうなの?」
「うん。服によってさ、どこの街の住人だかカテゴライズされんじゃん。さっき話が出てたアキバなんて、ディスられてもオタク男どもはチェックシャツを手放さないし、奴らの最高のお洒落は全身黒一色で、逆に個性を失ってるというか。むしろそれをわかってても変えない。集団知。それがスタイルってなもんで。宇田川もギャル&ギャル男ファッション、あとBボーイとかそういうのが象徴してんじゃない。ガングロとか逆に美白とか、宇田川が発祥ってとこあるし」
「ですよねー」
「うっわ、テキトー」
「はいはい。ですよねー」
「で。今、ファッションがすごく変わろうとしてる最中だから、今後この街ごとのファッションによる棲み分けが、無効化するような気がするのよ」
「さっきの再開発の話と、まるで逆の話のように聞こえるけど」
「うん。ことファッションに関して言えば、棲み分けじゃなくなるって思ってて」
「というと?」
「この前、代官山に行ったのさ。それでなんか、それを察した」
「ほう」
「たぶん、今後、お洒落にお金をかけるっていうのが、今までとは違う様相を呈して来てるなって思ったの」
「どういうこと?」
「セールをやってるお店に入ったら、ワゴンセールでTシャツが売ってたんだけど、一枚が二万円なのね」
「うん」
「で、今、ここでTシャツに二万を出す人間が、昔、裏原宿で一着二万円のTシャツを買ってた層と重なるかどうかって考えた時に、それはないと思った。もうそういう時代じゃないって」
 加奈子はあくびをかみ殺しながら、コタツを出て、キッチンまで歩いて行き、冷蔵庫を開けて、缶ビールを一本取り出し、冷蔵庫を閉めた。
「飲む?」とビールをかざすと「飲むー」と真奈美が応える。
 加奈子は棚からコップを二つ取って、コタツに戻ってきた。
 コタツのテーブルで加奈子はビールをコップに注ぎ、真奈美の目の前にビールの入ったコップを置く。
 真奈美はビールを一気飲みして、「ぷはー」と、声を出した。
「数年前に裏原宿でTシャツ買ってた層は、もちろんエイプとか、ブランド力で購買意欲をブーストしてる側面はあったけど、それ以上に絶対無比の格好良さが、デザイン優先であったから、買って着たんじゃん。でも、今はことデザイン力に関して言えば、業界全体のデザイン力が底上げされちゃって、値段が高いからその分デザイン力もある、みたいな方程式は成り立たなくなっちゃってる。ユニクロが最近力を伸ばしてきたけど、かなりデザインは良い。GAPもね。GUも、そのうち来るでしょ。もしかしたら、それで安さがウリの服屋が乱立するかもしれない。服のデザインが均等に、フラットになったとき、ブランド力は別として、果たしてみんなが、無理して安いのとデザインがあまり変わらない高い服を買うかどうか。さっき言った昔の裏原宿の服屋、そこって、金持ちが一着何万円もする服を買ってたってわけじゃなくて、『貧乏でも格好いいデザインのを買いたいから、無理して買う』ような服だったの。だけど、もう貧乏でもデザインがばっちりの服を安値で買える時代が来ちゃったら、果たして、貧乏人が無理して一着二万円のTシャツをまとめ買いするのかってこと。たぶん、高い金では、ブランドものは別として、買わなくなると思う。自分の身の丈に合った値段のしか買わないと思う。自分の給料のグレードに合った服を、買う。でも、デザイン自体は高くても安くても同じ、みたいな。そうするとみんな高い安いは別として、ファッション自体は均質化するんじゃないかなーって」
「確かにねー。デザイナーにぶち殺されなさい」
「私たちのこの街でも、最近マンガ喫茶に寝泊まりして短期派遣の仕事で食いつないでる奴ら、男女ともに多くなってるみたいなのよ」
「ソースは?」
「杏城サマと加奈子ちゃんが出てる、あんたらのパーティ。『ファウンデーション』のイベ。そこがソース。情報源」
「……あ、そう」
「ひと呼んで『ネットカフェ難民』だってさ。ロストジェネレーションここに極まれりってね。加奈子ちゃんも私も貧乏暮らしじゃん。もう、音楽やったって、金なんてろくに稼げない。業界はう、それこそ金を落としまくる主体であるオタクって人種にターゲット絞りつつある」
「生活が安定してるからこそ、オタクやってるって奴が多いっぽいもんなぁ。それに、律儀に金使うんだよ、好きなことにはさ。としたら、おいしいのはオタクなのかぁ」
「そこでアキバ再開発ですよ」
「ふむ」
「ただ、アキバ系に焦点絞るとなると、都市に住むのは、いよいよ知的労働者メインの傾向が強まるじゃん。アキバなんてメディアの街だしさ。メディアの人間と、その周囲の人間、それに、コンテンツ産業の人間」
「今に始まったことじゃ、ないんじゃないの、それ」
「いや、でもきっと、それは加速するような気がする」
「別に、良いんじゃん?」
「この国はもう田舎が壊滅的なのに、メディア特有の『躁状態』、これが田舎の『鬱状態』と対になって、この国がおかしくなるのよ」
「都会の躁と田舎の鬱で、この国が双極性障害になるってわけね」
「自分が住んでる土地は商店街が全部、常時シャッター閉まってて、国道沿いに商店街を潰した店であるショッピングモールやロードサイドショップだけがあって、そこだけ賑わう。でも、夜八時を過ぎたら真っ暗で、家に帰る道には街灯がひとつもない。『なにもない町』。田舎はそうなりつつあるのに、テレビの中じゃ、都会から配信される『躁状態』が垂れ流しにされ、擬似的ハッピーな笑いが満ちあふれていて、この国の絶望を隠蔽する。田舎のにーちゃんねーちゃんたちは、それを観て、ハッピーな世界を自分は生きてると思い込む。実際都会に出るとメディアの『疑似ハッピー』であふれててね。地元は失業率がヤバいことになってそれがどんどん加速化していくのに。バブルなんて、たぶんもうやってこないのに。なのに虚構のハッピーを生きて勘違いする。こうして『絶望の国の、幸福な若者たち』が量産される」
「ディストピア論、お疲れ様」
「いえいえ」
「ところでもう、私は眠りたいんですけど。真奈美は、これからどーすんの」
「私は仮眠程度かな。昼頃、用事が」
「今の話だと、私たちは『躁状態の街』に住んでることになるんだけど」
「うん」
「でも、この街の絶望は、どこにも伝播しないとも限らないんじゃない?」
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