第22話
文字数 2,423文字
☆
ベッドの上には計器類を取り付けられ、意識不明の琴美が今も眠っている。
すーすーと息を吐くその姿は、暴徒たちに殴られ蹴られ、リンチを一方的に受けた後の姿とは思えないほどの穏やかさだ。
だが、体中の怪我はごまかせず、キレイで凛とした美人だったその顔も、今は包帯とガーゼだらけだ。
オーディエンスも、ファウンデーションに集う女性たちも、誰も琴美を救えなかった。
そこに消化器を撒いてどうにか状況を打破したのは、真奈美とも因縁のある、葉澄莉奈だった。
これは悔しいだろうな、と凜々子は真奈美を見る。
真奈美は琴美の姿を眺めている。
いつまでこうしている気なんだろうか。
こういうとき、私はなんて言えばいいのだろうか。
ひきこもり体質のコミュ障人間・凜々子には、言葉が浮かばない。
もし、このまま琴美が目覚めることなく、死んでいってしまったら。
「死んだとして、琴美の殺害は、果たして復讐劇を呼び起こし得るか?」
凜々子の頭に浮かんだのは、そんな不謹慎なことだった。
絶え間ない復讐の連鎖。
それがこの街を駆動するものだったのではないか。
いや、この街の住人は、琴美を襲った暴徒のように、ラフに、『カジュアルに殺す』のがお得意だ。
経験もろくになく、感覚でそう断じてしまったとしても、たぶん自分は不謹慎な発言だとおとがめを喰らうこともなく、みんな「そうだな」と頷いてくれるのでは?
凜々子の見たところ、志乃加奈子にも、師匠の真奈美にも、暗くてどろどろしたそういう側面がある。
どこか、復讐のために生きているような節がある。
反抗こそが美徳と言わんばかりに。
そしてそれは、田舎から絶えず流入してくる人間たちに、どこか共通する特性なのではないか。
凜々子はまた真奈美を見る。
真奈美はベッドで呼吸しているだけの琴美を、まだ飽きずに見つめている。
琴美の殺害は、果たして復讐劇を呼び起こし得るか?
凜々子は目をつむり、またそう心に問いかけた。
どのくらい経ったかわからないが、時間が止まったかのごときその病室の扉を開けて、タイトスカートでフォーマルな格好の女性が入ってきた。
その目は鋭く、凜々子は「また襲撃ですかぁ?」とさえ思った。
フォーマルなその女性はひとを射すくめる目で、凜々子を睨む。
暴徒とは違う種類のどう猛さだ。
入ってきた女性の鋭い目線に凜々子がたじろいでいると、女性は突如ヨーヨーを投げる。
ヨーヨーは凜々子の眉間の直前まで来て、前髪をかすめて女性の元へ戻った。
凜々子がびくついていると、ヨーヨーを持ってない方の手ですぐに警察手帳を、凜々子と真奈美に見せ、頭を下げた。
「警視庁組織犯罪対策第四課、園田乙女です」
実直な声音。
刑事だった。
それで、ヨーヨー使い。
つまり、その昔にいたという、スケバンと呼ばれた方たちをリスペクトしているか、ディスリスペクトしているか、なのだろう。
よくわからないけれども。
「杏城琴美はドラッグの売買に関与していた疑いがあるわ。そして、その売買の現場として、隔週に行われていたDJパーティが、疑われている」
「好い加減なことを言うな、ヨーヨー女ッ」
大きな声でがなる真奈美。
それはそうだろう。
これは侮辱と取れる。
ファウンデーションの正規メンバーである真奈美には。
「今、この街ではパーティドラッグの使用が問題視されはじめてきたわ。ドラッグというと抵抗があっても、パーティドラッグ、つまり、みんなで集まって楽しむ時に、その『楽しみ』の感情を増大化させるためのブースターとしての、ドラッグ使用には、抵抗がない」
女は吐き捨てるように言う。
「……あななたちも駅前のエキシビジョンの字幕で見て知ってるでしょ、パーティドラッグとして使うMDMAの乱用」
「杏城サマはそんなものとは関係ないッ」
「杏城サマ……ね。心酔してるようね、倉敷真奈美さん?」
語尾を上げて警視庁の園田乙女は真奈美を挑発する。
真奈美は短気なのだ。
喧嘩になったらどうしよう、と凜々子は思ったが、しかし、真奈美は拳を握りしめ、耐えているのだった。
ここで警察と喧嘩にでもなったら、状況的にズいのは、真奈美も知っているのだ。
傷害事件のその渦中なのだから、今は。
園田はヨーヨーの糸を伸ばしたり引っ込めたりして、遊んでいるかのようで。
「ドラッグの問題は、なにも捜査にとって重要なだけじゃないわ。さっそく、CLUBヨーロッパを運営しているアイレスグループが損害賠償請求をしているわ。そこで眠っている杏城のコミュニティに対してね。襲ってきた暴徒たちが去り際に、凶器で建物内で器物損害をしていったし、パーティドラッグ売買の疑い。そりゃ訴訟も起こすわ。それに」
ヨーヨーを真奈美の目の前に飛ばす園田。
戻ってきたヨーヨーの球体を胸元で受け止めて。
「コミュニティ『ファウンデーション』はもう、イベントを行うのは困難よ。もう新聞の朝刊でも騒がれはじめたわ」
園田は薄く微笑んだ。
「犯人は誰かしら。心当たりは?」
「知らないわよ! こっちが聞きたいくらいだわ! 杏城サマを陥れるなんてッ」
「知らない……ねぇ。杏城琴美は反感を買うくらい、肥大化した存在感を持っていたらしいけど、それは誰だかわからないくらいに様々な人間の恨みを買っていた、と見ていいのかしら」
警察の言い方とは思えないほどの、トゲを含んだ言い方。
むしろ、ここで真奈美が暴力をふるってきた方が都合が良いと言わんばかりに。凜々子は見守る。
自分の師匠が必死に耐えているところを。
「ところで」
園田は微笑んだままで、真奈美の目をまっすぐ見た。
「倉敷さん。あなたのルームシェアの相手が、今、喫煙所で腹部を刺されて運ばれてきたわよ。彼女のもとへ行ってあげなさい」
ベッドの上には計器類を取り付けられ、意識不明の琴美が今も眠っている。
すーすーと息を吐くその姿は、暴徒たちに殴られ蹴られ、リンチを一方的に受けた後の姿とは思えないほどの穏やかさだ。
だが、体中の怪我はごまかせず、キレイで凛とした美人だったその顔も、今は包帯とガーゼだらけだ。
オーディエンスも、ファウンデーションに集う女性たちも、誰も琴美を救えなかった。
そこに消化器を撒いてどうにか状況を打破したのは、真奈美とも因縁のある、葉澄莉奈だった。
これは悔しいだろうな、と凜々子は真奈美を見る。
真奈美は琴美の姿を眺めている。
いつまでこうしている気なんだろうか。
こういうとき、私はなんて言えばいいのだろうか。
ひきこもり体質のコミュ障人間・凜々子には、言葉が浮かばない。
もし、このまま琴美が目覚めることなく、死んでいってしまったら。
「死んだとして、琴美の殺害は、果たして復讐劇を呼び起こし得るか?」
凜々子の頭に浮かんだのは、そんな不謹慎なことだった。
絶え間ない復讐の連鎖。
それがこの街を駆動するものだったのではないか。
いや、この街の住人は、琴美を襲った暴徒のように、ラフに、『カジュアルに殺す』のがお得意だ。
経験もろくになく、感覚でそう断じてしまったとしても、たぶん自分は不謹慎な発言だとおとがめを喰らうこともなく、みんな「そうだな」と頷いてくれるのでは?
凜々子の見たところ、志乃加奈子にも、師匠の真奈美にも、暗くてどろどろしたそういう側面がある。
どこか、復讐のために生きているような節がある。
反抗こそが美徳と言わんばかりに。
そしてそれは、田舎から絶えず流入してくる人間たちに、どこか共通する特性なのではないか。
凜々子はまた真奈美を見る。
真奈美はベッドで呼吸しているだけの琴美を、まだ飽きずに見つめている。
琴美の殺害は、果たして復讐劇を呼び起こし得るか?
凜々子は目をつむり、またそう心に問いかけた。
どのくらい経ったかわからないが、時間が止まったかのごときその病室の扉を開けて、タイトスカートでフォーマルな格好の女性が入ってきた。
その目は鋭く、凜々子は「また襲撃ですかぁ?」とさえ思った。
フォーマルなその女性はひとを射すくめる目で、凜々子を睨む。
暴徒とは違う種類のどう猛さだ。
入ってきた女性の鋭い目線に凜々子がたじろいでいると、女性は突如ヨーヨーを投げる。
ヨーヨーは凜々子の眉間の直前まで来て、前髪をかすめて女性の元へ戻った。
凜々子がびくついていると、ヨーヨーを持ってない方の手ですぐに警察手帳を、凜々子と真奈美に見せ、頭を下げた。
「警視庁組織犯罪対策第四課、園田乙女です」
実直な声音。
刑事だった。
それで、ヨーヨー使い。
つまり、その昔にいたという、スケバンと呼ばれた方たちをリスペクトしているか、ディスリスペクトしているか、なのだろう。
よくわからないけれども。
「杏城琴美はドラッグの売買に関与していた疑いがあるわ。そして、その売買の現場として、隔週に行われていたDJパーティが、疑われている」
「好い加減なことを言うな、ヨーヨー女ッ」
大きな声でがなる真奈美。
それはそうだろう。
これは侮辱と取れる。
ファウンデーションの正規メンバーである真奈美には。
「今、この街ではパーティドラッグの使用が問題視されはじめてきたわ。ドラッグというと抵抗があっても、パーティドラッグ、つまり、みんなで集まって楽しむ時に、その『楽しみ』の感情を増大化させるためのブースターとしての、ドラッグ使用には、抵抗がない」
女は吐き捨てるように言う。
「……あななたちも駅前のエキシビジョンの字幕で見て知ってるでしょ、パーティドラッグとして使うMDMAの乱用」
「杏城サマはそんなものとは関係ないッ」
「杏城サマ……ね。心酔してるようね、倉敷真奈美さん?」
語尾を上げて警視庁の園田乙女は真奈美を挑発する。
真奈美は短気なのだ。
喧嘩になったらどうしよう、と凜々子は思ったが、しかし、真奈美は拳を握りしめ、耐えているのだった。
ここで警察と喧嘩にでもなったら、状況的にズいのは、真奈美も知っているのだ。
傷害事件のその渦中なのだから、今は。
園田はヨーヨーの糸を伸ばしたり引っ込めたりして、遊んでいるかのようで。
「ドラッグの問題は、なにも捜査にとって重要なだけじゃないわ。さっそく、CLUBヨーロッパを運営しているアイレスグループが損害賠償請求をしているわ。そこで眠っている杏城のコミュニティに対してね。襲ってきた暴徒たちが去り際に、凶器で建物内で器物損害をしていったし、パーティドラッグ売買の疑い。そりゃ訴訟も起こすわ。それに」
ヨーヨーを真奈美の目の前に飛ばす園田。
戻ってきたヨーヨーの球体を胸元で受け止めて。
「コミュニティ『ファウンデーション』はもう、イベントを行うのは困難よ。もう新聞の朝刊でも騒がれはじめたわ」
園田は薄く微笑んだ。
「犯人は誰かしら。心当たりは?」
「知らないわよ! こっちが聞きたいくらいだわ! 杏城サマを陥れるなんてッ」
「知らない……ねぇ。杏城琴美は反感を買うくらい、肥大化した存在感を持っていたらしいけど、それは誰だかわからないくらいに様々な人間の恨みを買っていた、と見ていいのかしら」
警察の言い方とは思えないほどの、トゲを含んだ言い方。
むしろ、ここで真奈美が暴力をふるってきた方が都合が良いと言わんばかりに。凜々子は見守る。
自分の師匠が必死に耐えているところを。
「ところで」
園田は微笑んだままで、真奈美の目をまっすぐ見た。
「倉敷さん。あなたのルームシェアの相手が、今、喫煙所で腹部を刺されて運ばれてきたわよ。彼女のもとへ行ってあげなさい」