第3話

文字数 2,586文字




 円山町の奥まったところにある『焼き肉屋』。
 その二階はリハーサルスタジオになっていて、ミュージシャンたちが昼夜問わずひっきりなしに演奏しに出入りしている。
 そして最上階の三階は、志乃加奈子と倉敷真奈美の住む部屋になっている。
 この建物の大家は加奈子の親の知り合いで、二階のリハスタの騒音で借り手がいなかったところを、加奈子が借りた。
 そして、同郷の友人であった真奈美と加奈子がこの街で再会、出会ってすぐ、ルームシェアをする運びとなったのであった。
 早朝。地階の焼き肉屋の脇の階段を登り、加奈子は三階まで行く。
 部屋の鍵を開け、ドアを閉め鍵をかけると、靴を脱がぬまま、玄関に倒れ込む。
 電気は付いたままだし、たぶん杏城琴美と一階の『焼き肉屋』で大酒を飲んだであろう真奈美が後で気づいてフラフラやってくるだろうが、そんなことはどうでも良かった。
 ただ、眠りたいのである。
 だから、寝るのだ、加奈子は玄関で。
「ぐぅ。締め切り近い……。ミックステープつくらな……い……とぉ」
 呻きながら、加奈子は玄関先で眠りについた。


 みしり、というフローリングを歩く音。
 その足音の主が「お命、頂戴!」と叫び、加奈子の顔面に警棒を振り落とす。
 刹那、加奈子は瞳をカッと見開き、倒れ込んだままの玄関の、自分の横にあった靴を掴み、それでガードした。
「あっぶねぇ」
 警棒は、収納型の三段警棒だった。
 持ち運ぶ時は小さくなって、使う時は三段階で大きくすることができる、というもの。
 それを、加奈子は掴んだバスケットシューズで防いだのだった。
「にひひ、やるわね、加奈子ちゃん。ていうか、起きてるならそんなとこで寝てないで寝室に行きなよ」
 三段警棒を振りかぶり、それから小さく収納し、その鉄の棒をしまう真奈美。
 加奈子は寝転んだ状態で手に持ったバスケットシューズを投擲する。
 真奈美はそれを避けた。
「あんたそれ、どこで買ったの、真奈美」
「アキバの『マッド』だよ」
 上半身を起こし、加奈子はため息を吐いた。
「アキバ、ねぇ」
 加奈子に手をさしのべる真奈美。差し出された手を掴み、加奈子は起き上がる。
「珈琲いれるよ」
 真奈美ははにかみながら言う。
 加奈子は「ありがと」と応えてから、あくびをした。その後さっき投げたバスケットシューズを拾って、足を入れるところを真奈美の鼻に押しつけた。
「くっさ!」
「あんたの靴よ、これ」


「アキバ、久しぶりに行ったら、都市開発が始まるらしいとか、そんな話題で持ちきりだったよ」
「ふーん。そういや下北も駅前再開発だもんね。今、反対運動とかしてんじゃん。アキバもそんな感じなの?」
 真奈美は手を左右に振って否定する。
「いやー、すんなり行きそう」
「へー」
「都市プランナーの構想通り、街を組み替えるんじゃないかな」
「宇田川も入り口にデカいレンタル屋のビル出来たばかりだし、ラッシュかけてんね、都市計画はどこも」
「でも宇田川のは、地下街と繋がってるじゃん。街に溶け込もうって感じでしょ。あっても悪くない感じ」
「アキバは違うの?」
 加奈子は首を傾げる。
 真奈美はその仕草に少し、ときめきそうになる。
 セクシーだ。
 が、会話は続行。
「下北も駅前のあのシャッターだらけのアーケード壊したりとかするから反対出てんじゃん。あと、特有の『貧乏くささ』を破壊するのがけしからんっていう。アキバも、たぶん破壊するのは、『マッド』も含む『けしからん景観』とか。でも、反対はしなさそう」
「どーして」
「にゃは。私の好きな『マッド』は模造刀売ってるし、ゲームの中にしか売っていないはずの『武器・防具』揃うでしょ。違法なもんもたくさん売ってるし、基本、アキバはそういう店で成り立ってるじゃん。わんさか盗撮カメラ売ってたり。でも、どうもそういうのを『脱臭』して、『オタクの街』にしたいみたい」
「電気街の危険グッズ消して、電気街を『安全な』脱臭したオタク性で、売り出す、ってことかな」
「そうそう。元々オタクの街だ、とは言われていたけれどねぇ。……最近、どこからだか知らないけど、ジュニア向けの小説を『ライトノベル』って呼ぼうって感じになってるらしいし、売り出すためのカテゴライズ計画が発動してるっぽい。そこらへん、上手く活用するんじゃないかな。オタクを前面的に押し出す気よ、この国」
「街の空気の脱臭。無害化ってことね」
「そうそう。……今、iモード流行ってるけど、たぶんインターネットがもっと普及する。この傾向、加速化するよ。そしたら」
「ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』か」
「そう。ニューロマンサーみたいな『サイバーパンク』の世界が出来る。その中心に構えてトポスにするのは、もちろんアキバ」
「うひー。つーことはガチで映画『ブレードランナー』の都市を、アキバって土地を使って再現するってことかな」
「そうなるでしょう」
「でも、だったら違法グッズ売ってた方がそれっぽくないかしら」
「いや、違法なのは地下に行くんだよ。インターネット使ってさ。で、ノードが張り巡らされる。で、現実の方で『聖地化』されるのが、現実にある『中核としての』アキバ。これがたぶん、開発の都市プランナーサマの構想じゃないかな」
「上手く行くのかな」
「行くでしょう。ホームページとか、あと掲示板、BBSみたいなの、あるじゃん。でも、現実でそれを具現化してダベる土地が欲しいじゃん。そしたら、今でもオタク集まってる、オタクグッズ揃うあの街が、一番都合いいもん」
「棲み分け、されていくね。どんどん」
「こっちもちょっとどん引きだよ」
「で、なんでさっき三段警棒で私をぶん殴ろうとしたの」
「ほら。最近、ここらも危ないじゃん。アルカなんとかいう団体が日本にも潜伏してるって情報が流れてるし。ギャングモドキもまだいるかも、でしょ。ふぅ。か弱い乙女が丸山に住むには、武器が必要なのです」
「それと私を攻撃するのにはどういう必然性が?」
「試し斬りを」
 言い終わる前に加奈子が真奈美の鳩尾に拳を打ち込んだのは、もちろん、言うまでもなかった。
「げふぅ。痛いぃぃぃ」
「便秘が治っていいじゃん」
「そういう問題かああぁぁ」


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