第6話

文字数 1,790文字




 言いたいコトを言い終えると、杏城琴美はおなかをいっぱいにして去っていった。
 加奈子はTRAKTORというソフトとミキサーが一体になった機材をMacに繋ぎ、ミックスをつくる。これはいわゆる『DJミックス』と呼ばれるもので、クラブのフロアでプレイしたDJのセットリストを再現したものだ。
 DJは曲間を開けないでつなげて『溶接』してプレイをするし、曲のBPMはタイムストレッチで同じにしているのがほとんどだ。
 そういったものを、再現したミックステープを、加奈子はつくった。
 これはもちろん、著作権の侵害であり、処罰の対象になることが多いが、加奈子が流している曲はすべて原曲ではなくリミックスなので、法律的にグレーゾーンといえばそうなのだった。
 かなり、微妙なラインのものではある。
 が、この街でそんな法律なんてものを今更持ち出すのは、お門違いにもほどがある。
 むしろ、この街自体がグレーゾーンなのだから。
 このミックステープは、欲しいという人間に安値で売って金にするのである。

 ミックスをつくってオーディオミックスダウンして、加奈子は一旦Macを閉じた。
 加奈子がこの街に来たのは、コンポーザーになるためだった。
 コンポーザーとは即ち作曲家のことだ。
 が、コネもなく、金もなく、この街に来たのは外国ではビルに飛行機が突っ込む直前の頃だった。
 世界は動いていく。
 この国だってどうなるかわからない状態なのに、コネも金もなく街をぶらぶらしたところで、自分が「何者になれるか」なんて、わかったもんじゃない。
 加奈子はリビングのコタツで琴美が残したピザを食べ、ビールで寿司を流しこみ、「うー、わさびキツいー」と唸った。
 置き時計で時間を見る。
 安物だが電波時計なので時間は正確なはずなので、加奈子はもうすぐ自分のバイトの時間だと知る。
 加奈子は、シャワーを浴びることにした。

 加奈子が今日つくったミックスは、『Jコア』と呼ばれるジャンルで、加奈子が杏城琴美から依頼を受けてつくるリミックスなども、基本的には全部、そのJコアというジャンルのものである。
 『Jコア』というのは、ハードコアテクノの一種である。
 曲はハードコアテクノという激しい曲調のテクノなのだが、そこにリミックスの『素材』として使われるのが『アニソン』、すなわち、アニメソングである。
 また、声優の歌う曲のリミックスも、このJコアに分類される。
 琴美が言うには「次はこれが『来る』のよ!」とのことだそうだ。
 つまり、次にブームになるのは、このJコアというジャンルなのだ、と。
 琴美はどうも、『オタクの時代』が近々到来すると予測しているらしい。
 加奈子は、朝、真奈美が言っていた、アキバの再開発のことを思い出す。
 確かに、『来る』かもしれない。好きだから選んでやってる。『来る』なんて関係ない、のだが。
 加奈子はシャワーを浴びながら、考える。
 今だってもう、宇田川の時代ってわけでもないし、この街のクラブイベントにしたって、アニメオタクとクロスオーバーしたパーティが多いのだ。
 あきらかに、吸引力は今、アニメにある。
 アニメオタク文化が、若者文化を主導する日は、近いのかもしれない。
 それこそ『渋谷系』ならぬ『アキバ系』なんて命名されちゃって。
 元々、オタクというのは、律儀に好きなアニメや声優のグッズを、買ってくれる。
 CDなんて、不景気だからレンタルで済ませる時代になっても、オタクという人種は、レンタルで済ませないで買ってくれるのだ。
 メディアや業界的にも、経済的に、オタクは『使える』。
 ちなみに、この街の入り口にはでかすぎるレンタル屋のビルがそびえている。
 そこまで考えて、加奈子はばかばかしくなった。
 髪の毛にシャンプーをかけまくって、ワシャワシャと手でかいた。
 だって、時代だのなんだのって、要するに私たちは、『業界に体よく利用されているだけ』だ、って結論にしかならないんだから。
「あー、ムカつく」
 音楽をやってるだのなんだの言っても、結局は業界のカモなんだから。
 カモで、しかも、人生を狂わされて、敗北感の中、笑われながら死んでいくだけで。
 許せない。
 加奈子はシャワーのお湯を浴びて、言葉にならない言葉を唸った。
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