第10話

文字数 2,505文字




 加奈子と真奈美がルームシェアしている建物に着くと凜々子は興奮しっぱなしだった。
 一階が『焼き肉屋』、二階がリハーサルスタジオ、そして三階が加奈子たちの部屋になっているのだ。
 この驚きの住居は、凜々子が目を輝かせても当然であろう。
 凜々子は部屋に三階に上がって、部屋に入っても、「うわ、うわ、これが師匠のお部屋なんですねー」と、興奮している。
 割って入っても興が殺がれるだけだろうし、と加奈子は思って、お茶くみやらコタツまでようかんを切って運んだりなど、雑用をして、真奈美と凜々子の二人に、自由に会話させておくことにした。
 真奈美と凜々子は、ジャニーズやイケメン俳優の話に花を咲かせている。
 加奈子はそれを、茶を飲みながら、黙って聞いている。
 この部屋では滅多にテレビなんてつけないのに、真奈美はよく知ってるなぁ、と感心しつつ。
 そして、話題はiモードのケータイサイト『まじかるアイランド』に移行する。
 真奈美は、同席している加奈子にもわかるように、なんとなく説明を交えた調子で、話し出す。

「今、この国のブンガクは変わろうとしているの。その最先端にあるのが、実はケータイサイトという、女子高生なんかが主にユーザーになってる現場から生まれている。女子高生でブンガクよ。この組み合わせ、ちょっと興奮しない? メディア主導というより、アングラの雰囲気がバリバリよ。……もっとも、仕掛けたのは大手出版社で、その出版社が作ったサイトなんだけど。でもさ、自発的・草の根的なネットワークで流行りだしてんのよ、これ」
 加奈子は話を聞きながら、口から離した湯飲みをテーブルに置く。
「そのケータイサイトで、真奈美は人気なのよね」
「いえすっ」
「ていうか、私はその小説、読んだことないんだけどね」
「まあ、アンダーグラウンドの産物だしさ、仕方ない。無理に読めとは言わないわ」
「で、なんでiモードのサイトなの?」
「『たまごちゃん』って知ってる?」
「知らないわけないでしょ。流行った時私もやったわよ」
「なんです? 私、勉強不足で知りません」
 首をかしげる凜々子。
「携帯ゲームよ。しかも安い奴。育成ゲームなんだけど、企画の発案者はOLで、ユーザー層は女子高生。それが流行った頃あたりはもう、完全に時代は女子高生ブームになってた。女子高生に売れれば儲かるし、できれば作る側も女子高生に近い方がいい。その理論を定着させた『たまごちゃん』は、援助交際でみんなバリバリ儲けながら、授業中、教師の目を盗んでやってたゲームなの」
「回りくどいな。私はバカなんだからちゃっちゃと話なさいよ」
「加奈子ちゃんはせっかちだな。そこがまたラブなんだけど。……で、ここで語られる『援交女子高生』が活躍する舞台となった場所こそがこの街、『渋谷』よ」
「マルキュー! 師匠! マルキューですねっ!」
「凜々子、あんたは田舎の小娘みたいなノリね、相変わらず。でも、そうね、マルキューで服買ってセンター街でプリクラ撮ってダベる、みたいなスタイルはマスメディア的にはそこらへんからね。この街は『テレクラ』の街でもあるしさ。で、その余波が残るゼロ年代初頭の今、私は見つけてしまったのさ、『ケータイ小説』とでも言うべき、新しいジャンルを。ブンガクと女子高生という、明らかにミスマッチな二つが融合している、この草の根空間を」
「おお! 師匠が輝いて見えます! なんか展開がすごく大げさです!」
「大げさ言うなっ」
「続けて続けて」
「師匠は援助交際してたんです?」
「してねーよ。……ゴホン。で、この『ケータイ小説』のすごさは、まず『ポエム的』であること、そして『ネットなので郊外や田舎の女子高生も巻き込める』って点にあると思うの」
「どゆこと」
「後者の方から説明すると、『女子高生』という『記号』それ自体が『渋谷』とイコールになっちゃってた部分があるのよ、いつの間にか。でも、もちろんこの都市以外の、田舎にだって女子高生はいるもの。そんな田舎と都会の女子高生をスーパーフラットに均質化させることが出来るツールが、ネットで、しかもケータイサイト。前者に説明を移すと、田舎と都会の垣根を取っ払うこのケータイ小説は、小説というより、エンタメ化された『ポエム』なの。小学生とか中学生の時とか、女の子はみんなポエムを書く。あのノリで書けるケータイ小説は、だからこそ起爆力があって、それが全国に回覧するように、サイトにアップロードされていく。『日本ゼロ年』の全国の均質化は、物語を変えるのよ!」
「あ、わかった。私、真奈美の書いたの読んでないけど、要するにポエムなのね」
「私はブンガク少女ですー。ポエマーじゃありませんー」
 真奈美は口をとがらせる。
 それを見て加奈子は笑った。
「あんたが言いたいことはわかったわ。要するに、このケータイ小説は『市場』が今までのブンガクと違うし、ポエムだから読むのも書くのも、敷居が低くて、全国区で盛り上がるし、おまけに『この街』がその原点にあるってことね」
「いえすっ」
「なるほど。だから、ファウンデーションの話をそこの人気作家であるあんたとその弟子が書き始めたら、それこそ『リアル』なものになるのね。この街が原点にあるから」
「そうなのよ。それを杏城サマと夜通し語っててねー」
「部屋も掃除して作戦会議もそりゃ開くぞ、と」
「なのよなのよ」
「師匠! 私、燃えてきました」
「弟子よ! これからプロットを作成するぞよ。二人の作品を互いにリンクさせて、二度おいしい作品つくりをするのじゃ」
「うぇーい」
 そこで加奈子は立ち上がる。
「お邪魔なようだし、私はまたちょっとでかけてくるわ」
「あいよー」
 加奈子は、そう言うと部屋を出て、階段を降りていく。
 二階のリハスタをちょっと覗くと、丁度休憩中の琴美がいた。『ファウンデーション』の、ボス的存在。加奈子の姿を見つけると、ガラスの扉の向こうから手招きしてくる。
 加奈子は、扉を開けて、琴美の座るスタジオの休憩所に、立ち寄ることにした。

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