第28話
文字数 1,909文字
☆
SF小説のサイボーグのような、計器類に繋がれたその身体はまさに渋谷という鋼鉄都市にぴったりで。
ひんやりとした室内は白塗りで目がくらむかに見える。
ここは病室。
琴美は目覚めてから、長い夢を見ていた頭の中の照準のピントを現実に合わせる。
意識を現実に戻すと無性に安堵する。
マンガなんかだと、長い夢からの目覚めでは頭は空白になって「私、生きてる」とかナルシズムに言っちゃうものだが、琴美は、起きてから比較的すぐに冷静に現実を認識したことに、非日常まみれの自分のサガを感じる。
「一度舞台の上に上がったら、沈黙は許されない。戦わなきゃ」
呟く。
人生を戦いに例えたり、勝つとか負けるとかでしか表現できないのは、心の有り様が貧しいことは承知してる。
でも。
生きていたからには、また戦わないといけない、と思った。
「この勝負に負けたら、生きていく資格も、私には、ない」
傷だらけの身体で、琴美は起動する。
☆
「黒江ズイゾウがミスったのね。そう、ありがと。わかったわ」
携帯電話を閉じ、葉澄莉奈はため息を吐いた。やれやれ、あのサイコ野郎は加奈子殺害に失敗した、……か。
黒江の期待外れに、軽蔑の念しか、莉奈には浮かばない。
加奈子を許さない、という詩音は、杏城琴美に刺客を送った。
それが、宇宙人とコンタクトを取ったとわめいている黒江スイゾウという刺客だった。
黒江の調教を担当したのが、莉奈だった。
莉奈は、ついでに加奈子も襲うように、黒江とその信者たちに、洗脳の種を植え込んだ。
だからもしかしたら、加奈子を今後も襲う奴がいるかもしれない。
それだと好都合なんだが。
「そう、上手くはいかないかな」
次の手を考えようと、莉奈はビーチチェアから立ち上がる。
莉奈の写真集のための撮影で今、莉奈はグアムに来て撮影をしている最中だ。
その、休み時間。この常夏のビーチの太陽は、心の奥底を照らし出すようだ。
私はまだまだこれからだ、という気分にさせるのに充分である。
加奈子を許さないという詩音はしかし、その制裁手段の運用を莉奈にゆだねた。
加奈子を許さないのは莉奈も同じだった。
だから、莉奈は加奈子自身も再起不能にしようとした。
加奈子がいなくなれば、詩音は心のよりどころを失い、失脚するだろう。
それでいい。
詩音の『憎しみ』は、加奈子にあるから。
それは、加奈子が詩音を『憎しむ』のと、同じ原理で存在して。
あの姉妹はどっちも同じ『憎しみ』で動いていたのだ。
合わせ鏡みたいに。
詩音が失脚すれば、自分こそが今度は詩音を『ペット』として扱うことすら、可能になるだろう。
主従の逆転?
いや、今だって詩音は莉奈の『ペット』で……。
里奈は笑みをこぼす。
「莉奈ちゃぁん、撮影始まるよー」
マネージャーが莉奈を呼ぶ。
日差しを浴びながら、莉奈は手を太陽にかざす。
暑い。
自分の戦いは、これからだと思う。
黒江スイゾウと、その仲間の犯行グループが起こした琴美への襲撃事件は、街の闇に葬り去られるだろう。
だが。
「来たのね」
莉奈は微笑んだ。
「飛行機のチケットまで手配して私をこんなところに呼んでどうするのです?」
太陽の熱でくたくたになっている、細波凜々子が、莉奈のそばまでやってきた。
ハンドタオルで汗を拭いている。
「あなたの師匠の倉敷真奈美が拉致監禁の罪で逮捕されたでしょう。だから、これからあなたが、一人で、あの街の『歴史』を記述するのよ。元からそういう依頼が来てたのでしょう? 協力するわ」
微笑む莉奈に、凜々子はそっぽを向いた。
莉奈は、自分のペットの候補に、この凜々子を、加えようと心の奥でほくそ笑む。
一番大切なことは目には見えない。
テグジュペリのそんな言葉が浮かぶ。
そう、だから私は、多くは語らない。
大切なことは全て、仕舞うのだ、この心臓の鼓動の中に。
「よろしくね、仲良くしましょうね、凜々子さん」
そっぽを向いてる凜々子は顔が赤くしている。
まんざらでもないらしい。
さあ、今日は撮影が終わったらこの新しいペット候補の女の子と食事をしましょう。
莉奈はそう思うと、この辛い仕事にもハリが出てくるのを感じ、あの『街』も自分が変革するのだ、という想いで心が満たされ、希望が湧くのだ。
そして、ここに杏城琴美と、葉澄莉奈の、長い、街の闇の歴史とその戦いが始まろうとしていたのであった。
その歴史は記述されないかもしれないかもしれないけれども。
〈了〉
SF小説のサイボーグのような、計器類に繋がれたその身体はまさに渋谷という鋼鉄都市にぴったりで。
ひんやりとした室内は白塗りで目がくらむかに見える。
ここは病室。
琴美は目覚めてから、長い夢を見ていた頭の中の照準のピントを現実に合わせる。
意識を現実に戻すと無性に安堵する。
マンガなんかだと、長い夢からの目覚めでは頭は空白になって「私、生きてる」とかナルシズムに言っちゃうものだが、琴美は、起きてから比較的すぐに冷静に現実を認識したことに、非日常まみれの自分のサガを感じる。
「一度舞台の上に上がったら、沈黙は許されない。戦わなきゃ」
呟く。
人生を戦いに例えたり、勝つとか負けるとかでしか表現できないのは、心の有り様が貧しいことは承知してる。
でも。
生きていたからには、また戦わないといけない、と思った。
「この勝負に負けたら、生きていく資格も、私には、ない」
傷だらけの身体で、琴美は起動する。
☆
「黒江ズイゾウがミスったのね。そう、ありがと。わかったわ」
携帯電話を閉じ、葉澄莉奈はため息を吐いた。やれやれ、あのサイコ野郎は加奈子殺害に失敗した、……か。
黒江の期待外れに、軽蔑の念しか、莉奈には浮かばない。
加奈子を許さない、という詩音は、杏城琴美に刺客を送った。
それが、宇宙人とコンタクトを取ったとわめいている黒江スイゾウという刺客だった。
黒江の調教を担当したのが、莉奈だった。
莉奈は、ついでに加奈子も襲うように、黒江とその信者たちに、洗脳の種を植え込んだ。
だからもしかしたら、加奈子を今後も襲う奴がいるかもしれない。
それだと好都合なんだが。
「そう、上手くはいかないかな」
次の手を考えようと、莉奈はビーチチェアから立ち上がる。
莉奈の写真集のための撮影で今、莉奈はグアムに来て撮影をしている最中だ。
その、休み時間。この常夏のビーチの太陽は、心の奥底を照らし出すようだ。
私はまだまだこれからだ、という気分にさせるのに充分である。
加奈子を許さないという詩音はしかし、その制裁手段の運用を莉奈にゆだねた。
加奈子を許さないのは莉奈も同じだった。
だから、莉奈は加奈子自身も再起不能にしようとした。
加奈子がいなくなれば、詩音は心のよりどころを失い、失脚するだろう。
それでいい。
詩音の『憎しみ』は、加奈子にあるから。
それは、加奈子が詩音を『憎しむ』のと、同じ原理で存在して。
あの姉妹はどっちも同じ『憎しみ』で動いていたのだ。
合わせ鏡みたいに。
詩音が失脚すれば、自分こそが今度は詩音を『ペット』として扱うことすら、可能になるだろう。
主従の逆転?
いや、今だって詩音は莉奈の『ペット』で……。
里奈は笑みをこぼす。
「莉奈ちゃぁん、撮影始まるよー」
マネージャーが莉奈を呼ぶ。
日差しを浴びながら、莉奈は手を太陽にかざす。
暑い。
自分の戦いは、これからだと思う。
黒江スイゾウと、その仲間の犯行グループが起こした琴美への襲撃事件は、街の闇に葬り去られるだろう。
だが。
「来たのね」
莉奈は微笑んだ。
「飛行機のチケットまで手配して私をこんなところに呼んでどうするのです?」
太陽の熱でくたくたになっている、細波凜々子が、莉奈のそばまでやってきた。
ハンドタオルで汗を拭いている。
「あなたの師匠の倉敷真奈美が拉致監禁の罪で逮捕されたでしょう。だから、これからあなたが、一人で、あの街の『歴史』を記述するのよ。元からそういう依頼が来てたのでしょう? 協力するわ」
微笑む莉奈に、凜々子はそっぽを向いた。
莉奈は、自分のペットの候補に、この凜々子を、加えようと心の奥でほくそ笑む。
一番大切なことは目には見えない。
テグジュペリのそんな言葉が浮かぶ。
そう、だから私は、多くは語らない。
大切なことは全て、仕舞うのだ、この心臓の鼓動の中に。
「よろしくね、仲良くしましょうね、凜々子さん」
そっぽを向いてる凜々子は顔が赤くしている。
まんざらでもないらしい。
さあ、今日は撮影が終わったらこの新しいペット候補の女の子と食事をしましょう。
莉奈はそう思うと、この辛い仕事にもハリが出てくるのを感じ、あの『街』も自分が変革するのだ、という想いで心が満たされ、希望が湧くのだ。
そして、ここに杏城琴美と、葉澄莉奈の、長い、街の闇の歴史とその戦いが始まろうとしていたのであった。
その歴史は記述されないかもしれないかもしれないけれども。
〈了〉