第14話

文字数 1,394文字




「ヒップホップのトラックは、基本的にはループものだ、って考えて間違いはない。としたら、どこで差異化を図るか。そこがポイントになる」
 MacのDAW、『ロジック』をいじりながら、ロースは加奈子に説明していく。
「例えば、そうね」
 プラグインシンセのトラックを追加し、そのシンセのつまみを指す。
「シグネイチャー・サウンドをつくる。これが出来れば、かなり良い。いや、有名になりたいなら、必須とも言える。自分だけの『音色』をつくる。そうすれば、マニアが歓ぶ」
 眼帯の奥の瞳を輝かすロースは、慣れた手つきでロジックを操作して、加奈子にその画面を見せる。
 DAWとは、デジタルオーディオワークステーションの略だ。
 簡単にいうと、パソコンで音楽を作る、作曲ソフトのことである。
 今、ロースはそのDAWの中でもユーザーの多い、Mac用の『ロジック』という名称のDAWを使って、加奈子に説明している。
 そして、今ロースが操作して見せているのがプラグインシンセ、というシンセサイザーだ。シンセサイザーには二種類あり、ハードシンセとソフトシンセがある。
 ハードシンセとは、鍵盤楽器の、電子ピアノのような外見の機械だ。
 それに対しソフトシンセというのは、パソコンで音を合成し、MIDIキーボードという、それ自体では音の出ない鍵盤で操作し、パソコンから音を出す、という仕組みのシンセサイザーである。
 その中でもプラグインシンセと呼ばれるものは、DAWのプラグインとして始めて動く代物で、DAWがなければスタンドアローンで動かすことが出来ないもののことを指す。
 ロースが加奈子に説明していると、ヒマそうにしているバター猫が椅子に座りながら、浮いた足をぶらぶらさせながら加奈子に話しかけてくる。
「ねーねー加奈子っち。加奈子っちはどこに住んでんの」
 ちらりとバター猫の方を向いて、
「円山町」
 と、加奈子は答える。
「うっそ。金持ちじゃん」
「大家さんが知り合いでね」
「ふーん。彼氏はぁ?」
「いない」
「美人なのにいないんだー。じゃ、一人暮らし寂しくない?」
「友だちとルームシェアしてる」
「男?」
「女」
「マジで。レズじゃん」
「違う」
「なんで看板にスプレーで真っ赤に染めるとかしてんの」
「なんとなく」
「うっそだぁ。アレはアートでしょぉ。看板広告っていうコマーシャリズム批判っしょ。資本主義に対する批判。ウォーホルだってヨーゼフ・ボイスだって、資本主義の国のまっただ中にいながら資本主義批判したんじゃん。奴らの仲間っしょ、加奈子ちんは」
「さぁ。わからないわ」
「次はどんなことすんの。これで終わりじゃないでしょ」
「次のことは、……考えてない」
「えー、えー。じゃあさぁ」
「ちょっとうるさいわよ」
 ロースがバター猫を叱る。
「いいじゃんかー。私ヒマだし加奈子には聞きたいことあるしさー。ケチー」
 ロースが手を伸ばして人差し指をバター猫に向ける。
「あんたは、闇の炎に抱かれて死ね!」
「怖いー、キモいー」
 自身のパワーの底上げをするために、加奈子はヒップホップのトラックつくりを学びに来た。
 そして、それは正解だった。
  テクノをフィールドとしている加奈子が、初めて触れる異種ジャンル。ヒップホップ。
 加奈子は、頭の中に言われたことを、刻み込む。

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