第24話 不快
文字数 1,652文字
ナナクサとファニュが城塞都市 の城門前で一夜を明かし終えた頃、ジョウシとタンゴを乗せた橇は早くも城塞都市 のある海退山 の麓まで到達していた。異例の早さだった。それは一週間というもの休息もほとんど取らずに雪走り烏賊 の体力限界まで急いだ結果でもあった。そして引き返すと決断してから彼らの間に無駄な会話はなくなっていた。だがそれは彼らの亀裂が埋まらなかったからではなく、むしろ引き返す前に抱いていた、わだかまりが解消し、互を気遣う仲間としての絆がより一層強くなった証拠でもあった。会話がなくても彼らは互の心の機微が以前にも増して、よくわかるようになっていた。もしかすると、仲間以上に関係が発展しかけた者を、同じように喪った喪失感が無意識のうちに今まで以上の連帯を希求したためだったかもしれない。二人の若いヴァンパイアはこれ以上、大切な者を喪うわけにはいかなかった。それにもまして故郷を失う可能性を見過ごすわけにはいかなかった。遅まきながらそれに気付いたのだ。
橇を止めるとタンゴは絵地図を鞄にしまいこみ、馭者台の横に座る小柄なジョウシに視線を向けた。
「あと少しだ」
「うむ。そうじゃな」
「じゃぁ、あとひと頑張りするか」
そう言って、雪走り烏賊 に鞭をくれようとしたタンゴをジョウシが片手で制した。
「どうしたんだい?」
久しぶりに疑問を口にしたタンゴを尻目にジョウシは自分の荷物をごそごそやりだし、中から食事容器を取り出すと、タンゴにも自分のそれを出すように促した。
「食事なら、三日前にしたはずだよ」
「『腹が減っては、喧嘩は出来ぬ』と亡き父上が、よう言うておった。我れも経験上、そうであると痛感しておる」
「でも」と、遮光ゴーグルの中から山の頂を見やるタンゴにジョウシは食器容器を掲げてみせた。
「強がんなよ。本当は腹が減ってんだろ、兄さん?」
チョウヨウの口調を大袈裟に真似たジョウシの顔を見つめていたタンゴの顔は、やがてニヤリと崩れた。彼は右手で顎を掻くと大きく伸びをした。
「そうだな。そいじゃぁ、俺もちょっくら食っとくとするかぁ」と、彼もまた少しおどけたようにジンジツの口調を真似てみせた。
遠い雲の切れ目から数本の太陽光線が刺す空の下で二人の若いヴァンパイアは黙々と食事の用意を終えると、寒さを感じてでもいるかのように仲良く肩を寄せ合って精進水の食事を摂 った。ゆっくりと時間をかけた食事だった。さっきの冗談口調とは、うって変わった静かで、どこかもの寂しい食事だった。
*
食事を終えたジョウシが食事容器から、ふと中空に視線を転じた。雪を詰めて既に食事容器をなおし始めていたタンゴも手を止めて彼女が目をやった何もない一点を凝視していた。
「何であろうか?」
「確かに何か変な感じだな。いや、変な感じというより……」
「不快じゃな。何となく我れはそう感ずる」ジョウシは、その感覚を言葉にした。
「そうだ。不快で嫌な感じ。でも、おかしいな。もう感じない」
「うむ」
「気のせいだったのかな?」
「そうであってほしいがな」
「じゃぁ何だったと思う、今の?」
「わからぬな……」
二人は先程まで不快さを醸し出していた中空の一点を暫く凝視していたが、諦めて食事容器の片付けを再開すると、出発の準備に取り掛かった。
*
空気分子の間に薄く溶け広がった黒煙は曇り空とはいえ朝目が効かない子孫が自分の存在を察知した事実に驚きを禁じ得なかった。決して注意を怠ったわけではない。だが子孫どもは黒煙の気配をはっきりとはわからないまでも敏感に察知したのだ。恐らく旅の中でヴァンパイアの感覚が数段に成長したためだろう。そう考えると、これはもっと慎重に事を運ばねばならないなと黒煙は自分を戒めた。そう、いずれ手にするであろう得難い報酬のために。
橇を止めるとタンゴは絵地図を鞄にしまいこみ、馭者台の横に座る小柄なジョウシに視線を向けた。
「あと少しだ」
「うむ。そうじゃな」
「じゃぁ、あとひと頑張りするか」
そう言って、
「どうしたんだい?」
久しぶりに疑問を口にしたタンゴを尻目にジョウシは自分の荷物をごそごそやりだし、中から食事容器を取り出すと、タンゴにも自分のそれを出すように促した。
「食事なら、三日前にしたはずだよ」
「『腹が減っては、喧嘩は出来ぬ』と亡き父上が、よう言うておった。我れも経験上、そうであると痛感しておる」
「でも」と、遮光ゴーグルの中から山の頂を見やるタンゴにジョウシは食器容器を掲げてみせた。
「強がんなよ。本当は腹が減ってんだろ、兄さん?」
チョウヨウの口調を大袈裟に真似たジョウシの顔を見つめていたタンゴの顔は、やがてニヤリと崩れた。彼は右手で顎を掻くと大きく伸びをした。
「そうだな。そいじゃぁ、俺もちょっくら食っとくとするかぁ」と、彼もまた少しおどけたようにジンジツの口調を真似てみせた。
遠い雲の切れ目から数本の太陽光線が刺す空の下で二人の若いヴァンパイアは黙々と食事の用意を終えると、寒さを感じてでもいるかのように仲良く肩を寄せ合って精進水の食事を
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食事を終えたジョウシが食事容器から、ふと中空に視線を転じた。雪を詰めて既に食事容器をなおし始めていたタンゴも手を止めて彼女が目をやった何もない一点を凝視していた。
「何であろうか?」
「確かに何か変な感じだな。いや、変な感じというより……」
「不快じゃな。何となく我れはそう感ずる」ジョウシは、その感覚を言葉にした。
「そうだ。不快で嫌な感じ。でも、おかしいな。もう感じない」
「うむ」
「気のせいだったのかな?」
「そうであってほしいがな」
「じゃぁ何だったと思う、今の?」
「わからぬな……」
二人は先程まで不快さを醸し出していた中空の一点を暫く凝視していたが、諦めて食事容器の片付けを再開すると、出発の準備に取り掛かった。
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空気分子の間に薄く溶け広がった黒煙は曇り空とはいえ朝目が効かない子孫が自分の存在を察知した事実に驚きを禁じ得なかった。決して注意を怠ったわけではない。だが子孫どもは黒煙の気配をはっきりとはわからないまでも敏感に察知したのだ。恐らく旅の中でヴァンパイアの感覚が数段に成長したためだろう。そう考えると、これはもっと慎重に事を運ばねばならないなと黒煙は自分を戒めた。そう、いずれ手にするであろう得難い報酬のために。