第22話 残酷なショー
文字数 2,408文字
六名の敗残者たちを前にした第一指導者 は激しい怒りを隠そうともしなかった。近隣一帯の辺塞からも掻き集めた戦士の打撃部隊は合計五百六名。人類史上空前の大部隊だった。だが今、彼の身体を支配している怒りはその大集団が当初の目的を果たさぬ間に、きれいさっぱりと地上から消え去ったことではなく、また数名のヴァンパイアに惨敗したという注目すべき事実でもなかった。むしろ怒りの矛先は屈強とされる戦士階級が尻尾を巻いておめおめと逃げ帰ってきたことに向けられていた。そして、その惨めな姿を労働階級どもだけでなく他の戦士にも晒してしまったことにあったのだ。戦士の務めは戦いに勝って雄々しく死ぬか、負けて骸 を戦場に横たえるかの二つに一つしか存在しない。いや、存在してはならないのだ。その意味において彼の怒りは至極真っ当なものではあった。但し、人間的にという要件を無視すればではあったが。
「なぜ黙っている?!」
雷鳴にも似た第一指導者 の声が巨大な闘技場に響き渡った。その声に要塞に残った戦士や準戦士たちは自分たちのことのように身をすくませた。
「言葉を忘れ去ったか、この愚か者どもが!」
罵倒された戦士たちは第一指導者 の前に跪き、口を真一文字に引き結んだまま暴風が過ぎ去るのを、ただひたすらに耐え偲んでいた。もし彼らに少しでも気の利いた言い訳を考えるくらいの知恵があれば、同じように撤退した二人の卒長に倣って身体一つでさっさと逃げ出し、盗賊にでもなる道を選んでいたことだろう。その意味において彼らは甚だ不幸であった。飢えた巨獣の餌食になるとわかっていても、骨の髄まで刷り込まれた絶対服従の教育に左右されるしかなかったのだから。
「黙っているなら、死人と同じだ。ずっと黙っているがいい!」
第一指導者 は、その灰色熊のような巨腕で一人の戦士を遠くまで弾き飛ばし、驚いて立ち上がった二人の戦士の首を、それぞれ左右の手でがっちり掴むと渾身の力を込めて、頸骨もろとも喉を握り潰した。闘技場内にどよめきが走ったが、その一瞬に指導者が見せた恍惚とした表情を視界に捉えた者はいなかった。第一指導者 の暴力を好む性癖は、彼らが逃げ帰った腹立たしさ以上に、目の前の破壊からもたらされる喜びを抑えきれなかったのだ。
「さぁ、戦士たち」指導者は内面の興奮を押さえ込むと、上気した顔を聴衆に振り向けた。「目の前の臆病者どもを平らげて、真の戦士の空席を埋めるのだ!」
闘技場は既に指導者の巨大な劇場と化していた。そして一人芝居の役者に闘技場のすべての視線が集中した。
「そして生き残りどもよ。もし最後までそこに立っていられたら。もし再び戦士の勇気を示せたら。その時は寛大な措置を約束しようではないか」
役者の台詞が終わった直後の静寂。一瞬後、拍手の代わりに極限まで張り詰めた戦士たちの感情が風船のように弾けた。怒号と雄叫びが広い闘技場を満たし、やがて肉体がぶつかり合って、悲鳴の中に骨が砕ける鈍い音が何度も谺した。
素手での殺し合いの最中、その狂気の渦から身をもぎ離した一人の若い準戦士がいた。隊商から五ヶ月前に挑発されたエイブ・Hだった。彼は第一指導者 の血にまみれた満足げな顔に一瞥をくれると、その後方に控える無表情なレン補佐長を苦々しく睨みつけた。人工子宮 の培養戦士ではないエイブは、隊商で培った鋭い観察眼で目の前の惨劇がレン補佐長の演出であることを看破していた。おそらく補佐長は戦士たちの闘争心を鼓舞するため、生き残りを彼らの練習台として有効利用するように第一指導者 を誘導したに違いない。そうでなければ、逃げ帰った戦士は、この闘技場に入るはるか以前の段階で、第一指導者 の手に掛かって雪の上の赤黒い染みになっていた筈だからだ。
エイブは血祭りの輪の外で大きな溜息をついた。最近やって来た隊商が持ち運んだ証拠で、いま未曾有のヴァンパイア危機 であることは十分に理解している。だが、そうかといって人間同士が、しかも守りの要である戦士階級同士が殺し合っている場合ではないはずだ。その上、つい先だって強行された労働者階級の都市外待機命令―――実質の追放―――の意図もわからない。彼ら年老いた者たちが闘いの足手まといになるというなら、この城塞都市 内に閉じ込めておけばいい。その場所なら有り余るほどある。敢えて追い出す理由を探すなら、ヴァンパイア用の生贄に供される以外に考えられない。「彼らを差し出す代わりに城塞都市 に手を出さないでくれ」ということだろうか。それなら目の前に繰り広げられている戦士階級の無益な戦力の消耗も納得がいく。だがもしその通りなら、とても正気の沙汰であるとも思えない。隊商では問題が起こったときには仲の良い悪いに関係なく人間同士が協力し合うのが常識だったからだ。それはこの城塞都市 でも同じではないのか。暮らしや社会は人間あってのものなのだ。階級はどうあれ、生き残るためには、ここに住む多くの人々が協力しあってこそ、今回のヴァンパイア危機 にも対処できるのではないのだろうか。たとえ、それで甚大な被害を受け、多くの者が命を落とすことがあろうとも、自分で考えた末の結果なのだ。人間として心残りはないはずだ。しかし、目の前の惨状はどうだろう。人間の結束という長所を弱体化させているのは明白だ。レン補佐長はそんなこともわからないのだろうか。それとも補佐長にはエイブには思いもよらない考えでもあるのだろうか。若いエイブにはレン補佐長がヴァンパイア以上に不可解で恐ろしい存在に思えてならなかった。
「なぜ黙っている?!」
雷鳴にも似た
「言葉を忘れ去ったか、この愚か者どもが!」
罵倒された戦士たちは
「黙っているなら、死人と同じだ。ずっと黙っているがいい!」
「さぁ、戦士たち」指導者は内面の興奮を押さえ込むと、上気した顔を聴衆に振り向けた。「目の前の臆病者どもを平らげて、真の戦士の空席を埋めるのだ!」
闘技場は既に指導者の巨大な劇場と化していた。そして一人芝居の役者に闘技場のすべての視線が集中した。
「そして生き残りどもよ。もし最後までそこに立っていられたら。もし再び戦士の勇気を示せたら。その時は寛大な措置を約束しようではないか」
役者の台詞が終わった直後の静寂。一瞬後、拍手の代わりに極限まで張り詰めた戦士たちの感情が風船のように弾けた。怒号と雄叫びが広い闘技場を満たし、やがて肉体がぶつかり合って、悲鳴の中に骨が砕ける鈍い音が何度も谺した。
素手での殺し合いの最中、その狂気の渦から身をもぎ離した一人の若い準戦士がいた。隊商から五ヶ月前に挑発されたエイブ・Hだった。彼は
エイブは血祭りの輪の外で大きな溜息をついた。最近やって来た隊商が持ち運んだ証拠で、いま未曾有のヴァンパイア