第147話 九五‐3 返歌がすさまじい

文字数 1,026文字

さて、中宮の所へ参りますと、その時の有様などがどうだったのかなど、お問いになった。一緒に行けなかった女房達も、恨みごとを言いながらも、藤侍従が一条の中を大勢で走って追いかけてくる話などしていると、皆で大笑いしてくれた。(宮)「さて、それでは歌の方はどうなったの」と問わせ賜うので、これこれの事情でと啓上すると、(宮)「それは残念なことですね。殿上人などが、そのことを聞いたならば、きっとおかしなことになるでしょうに。そのホトトギスを聞いた場所で、さっと詠めばよかったのに。あまりに儀式ばってばかりいてはいけない。ここですぐに歌を詠んでみなさい。そうでないと言う甲斐もない」とのたまわれので、まことに中宮の仰る通りだと思い侘しく思う。同行の女房と言いあわせなどしていると、藤侍従の使いが、持って行った花に付けて、卯の花の薄様の紙に書いて寄こした。この歌は分からなかった。この歌の返しをまづしようということで、硯などを局に取りに行かせると、(宮)「直ちにこれを使って返歌を作りなさい」と、御硯の蓋の上に紙などを置かれ賜った。(清少)「宰相の君、あなたが何か書きなさい」と言うと、(宰相君)「いいえ、貴女からお先に」などと言っているうちに、俄かに空暗くなり雨が降り出し、雷まで恐ろし気になり始めた、ものも覚えず、ただ恐ろしくて、御格子を降ろし惑いなどしているうちに、この返歌のことも忘れてしまった。
長いこと雷鳴が続き、少し止みだすと暗くなってきた。ただいま早速、なおこの返事を仕上げてしまおうと、とりかかったのであるが、人々や上達部などが、雷のことを心配して参るので、西表の部屋で対応しているうちに、まぎれて、返歌も途中止みになってしまった。他の女房達は、名指しで来たひとが返歌をしなければと、書こうとしない。なおさらのこと、今回は宿命でこういうことのなったのだろうと,嫌になってしまい(清少)「今は、こうまでなってしまったから、そんな所へ行ってなかったということして、人々に聞かせましよう」など言い笑ってごまかす。(宮)「今でも、そこへ行った人だけで歌を詠むこともできるのに。されど、それはしたくないと思うのね」と、もの悲しく仰る中宮の御様子もとてもかわいらしく思える。(清少)「されども、今では、タイミングとしてはすさまじいことになっておりますので」と申し上げた。(宮)「その場に合わず興ざめなことだろうか」などの賜われたが、歌のことは沙汰止みになった。
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