デート

文字数 2,452文字

 約束の木曜日が来た。ケンジは友子が来るか心配だったが、定刻どおりきっちりと友子は現れた。
 表情が若干曇りがちなのは気になったが、予定通り映画を観て、食事をした。
 正直、映画の内容は全く覚えていない。緊張してそれどころではなかった。
 食事はネットで調べてケンジが予約したが、店がどうこうというより、自分がこんな店で女性と食事をしていること自体が、不思議な、感じだった。
 食事をしながらケンジが改めて気付いたのは、ケンジと友子は全く共通点がないということだった。もちろん楽しませるような話術などない。どうしても会話が途切れがちになった。友子も時々、考え事をしているような、心ここにあらずのような時があって、前のビアガーデンの時とは少し違っていた。
 それでもケンジは、友子を見ていると心が暖かくなった。友子と二人でいるというこの時間は、ケンジにとって今まで味わったことのない幸せな時間だった。友子が何を考えているか分からないが、というよりおそらく自分のことなど何とも思っていないだろうが、それでも構わなかった。ケンジは改めて、自分が友子を本当に好きだということが分かった。こんな気持ちになったのは初めてだった。
 食事を終えて、駅までの帰り道、二人は押し黙ったままだったが、ケンジはずっと、母の言葉「主にある勇気」を思い出していた。いよいよ駅が見えてきた。ケンジは立ち止まった。
「あの・・・、きょ、今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。ごめんなさい。あんまり話せなくて。楽しくなかったでしょ?」
「いえ、楽しかったっス。」
 友子は歩き出そうとした。ケンジは慌てて声を掛けた。
「あの・・・。」
「何ですか?」
「あ・・・、あ・・・、あの・・・、その・・・、あ・・・、あ・・・。」
 友子に見つめられると、もう何も言わずにやり過ごしたい思いに駆られたが、ケンジはがんばって続けた。
「あ・・・、あ・・・、あの・・・、また、あ・・・、会って、もらえますか・・・。」
 友子は下を向いた。
「あの、少し忙しくなるので、難しいかな。」
「あ・・・、べ・・・、別に・・・、ずっと先でも・・・、いいんでスが・・・。」
「あ・・・、でも、ちょっと無理かな。」
「そ・・・、そうスか。」
 友子はケンジの目をまっすぐに見た。
「ごめんなさい。」
 友子は、きっぱりと頭を下げた。
 ケンジは言葉が出なかった。友子はそのまま振り返って歩き出した。
「待ってください。」
 ケンジは拳を握りしめ、下を向いたまま話し出した。
「あの・・・、実は、今日、初めて・・・、なんです。お・・・、女の人と二人で、で・・・出かけるの。俺、こんな顔だし、口ベタだし、あの・・・、だ、誰にも相手にされなくて・・・。それに、この間、仕事のことで、俺、夢があるって・・・、言いました、よね。あれ・・・、その、う・・・、嘘だったんです。本当は就活しまくったんですけど、ぜ・・・、全部、ダメだったんス。
で・・・、でも、あの・・・、こんな、俺、ですけど・・・、と・・・、友子さんを見ていると、あの・・・、ホッとするんです。ああ・・・、がんばらなきゃって、お、思えるんス。それに、き、今日、あまり、話、できなくても、あの・・・、い、一緒にいるだけで・・・、俺・・・、俺・・・、めちゃくちゃ、幸せだったんです。友子さん。俺・・・、俺・・・、と・・・、友子さんのことが・・・、す、好きです。ほ・・・、本気で、好き・・・、なんです。どうか・・・、も、もう一度だけ、チャ・・・、チャンスを、くれませんか。お・・・、お願いです。」
 ケンジは体がカーッと熱くなり、ブルブル震えながらも最後まで言い切った。友子はずっとケンジを見つめていた。
「ごめんなさい、ケンジさん。私、ケンジさんがどうこうじゃなくて、今はとても、誰かとお付き合いする気持ちになれないんです。別に彼氏がいる訳じゃありません。でも、今は誰とも付き合うことはできないんです。せっかくですけど、ケンジさんの気持ちには応えられません。ごめんなさい。本当にごめんなさい。」
「ど・・・、どうしても・・・、もう、い、一回だけでも・・・、ダ・・・、ダメっス・・・か。」
 友子はうつむきながら、小さくうなずいた。
 ケンジはもうそれ以上何も言えなかった。友子は振り返って、小走りに駅に向かった。友子の後ろ姿がどんどん遠ざかる。ああ、これでもう終わりだ・・・。そう思ったとき、突然、ケンジの中で何かが起こった。
「待ってください!」
 ケンジは渾身の力をこめて叫んだ。友子はびっくりして立ち止まった。ケンジは友子に走りよった。
「あ・・・、あの、友子さん。分かりました。すみません。こ・・・、困るようなこと、言って。俺、もう、何も、言いません。友子さんのこと、スッパリ、あきらめます。」
「ケンジさん、ごめんなさい。」
「はい。ただ・・・、その、こ・・・、これを渡したくて。」
 ケンジはポケットからトラクトを取り出した。
「あの、ぼ・・・、僕、クリスチャンなんです。そして、これ、あの・・・、トラクトっていって、神様のことが書いてある、あの、チラシみたいなもんスけど、最近、これを道で配ってるんです。最初は嫌々だったんスけどね。勇気を持って差し出すと、結構受け取ってもらえたりして・・・。中には、真剣に読んでくれる人もいるし・・・。き・・・、今日、こうして、友子さんに、気持ちを打ち明けられたのも、か・・・、神様から勇気をいただいたからかもなんて・・・、ハハ、ハハハ。まあ、もし興味があれば、一度教会に来てください。大歓迎スから。それじゃ、失礼します。」
 ケンジは頭を下げて、もう一度友子の顔を見た。友子も顔を上げた。初めて目と目が合った。ケンジは精一杯の笑顔を作って、そのまま駅の方に走り去っていった。友子はトラクトを丁寧に折りたたんでカバンに入れ、ゆっくりと駅の向かって歩き出した。
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