殴打

文字数 1,365文字

 友子は、モウロウとしながら、足元もふらつきながら、何かに背中を押されるように教会に向かって歩いていた。
 夜の十一時。電車から降りると人通りも少なく、道も暗かったが怖くはなかった。何かに手を引かれるように、フラフラと友子は教会を目指した。
 ほどなく、夜空に黒光りする十字架が見えた。あそこだ。友子は小走りで角を曲がった。「!」
 友子は急に立ち止まった。この深夜に、教会の前の交差点に立って何かを配っている人がいる。ケンジだった。理沙も道路の向こう側でトラクトを配っていた。
「・・・、ケンジさん・・・。」
「あ、友子さん!」
 ケンジは駆け寄った。理沙も道路を渡ってきた。
「村川さん、どうしたんですか?」
 理沙が尋ねた。
「あの・・・、いや、その・・・、ふ、二人とも・・・、どうして・・・。」
 ケンジが笑顔で答えた。
「いやー、あの・・・、今日は始めるのが遅かったんで、終わるタイミングを逃しちゃって、それでもう終電までやっちゃえってことにしたんです。」
 友子は下を向いた。
「友子さん・・・。ひょっとして、教会に来てくれたんスか?」
 友子はハッと我に帰った。自分は何をしているんだ。何を期待して、教会になんか来たんだ。しかも自分の前にいるのは、自分が深く傷つけた相手じゃないか。友子は自分が恥ずかしくてたまらなかった。さっと振り返ると、今来た道を駆け出した。
「バカ!何をしているの・・・。何かにすがろうなんて・・・、この弱虫!」
 何度もつぶやきながら友子は駅に向かって走った。
 ケンジはぼう然と立ち尽くしていた。それを見て理沙は思い切りケンジの尻を蹴り上げた。
「イテッ!」
 蹴られた勢いでトトトと二歩、三歩と前に進んだ。その勢いをかりて、ケンジは走って友子の後を追いかけた。理沙はヤレヤレと思いつつ、祈りながらつぶやいた。
「がんばって!お兄ちゃん!」
 友子は自分を責めながら駅に向かって走っていた。もうすぐ駅というところに来て、突然、誰かが後ろから友子の腕を掴んだ。ケンジだ。ハアハアと息を切らしていた。
「ハア、友子さん。ど・・・どこへ行くんですか。」
「は・・・、離して!」
「友子さん・・・」
 友子はもがいたが、ケンジは離さなかった。
「離してって言ってるでしょ!」
 友子は力ずくでケンジの腕を振り切ると、思い切りその頬を打った。
「何するのよ!人を呼ぶわよ!」
 パアンという音と大きな声に、周りにいた人たちは一斉に二人を見た。
 ケンジはしばらく頬を押さえた後、友子を見て鷹のようにカッと目を見開いた。
「逃げたらダメだ!」
 ・・・。
 時が止まった。ケンジの一喝が夜の町に響いて消えた。友子は頭が真っ白になったまま、ぼう然とケンジの顔を見つめた。
 ケンジはすぐに優しい目になり、ニッコリと笑って言った。
「友子さん。誰だって、居たい所にいる権利ぐらいあるでしょう。友子さんは教会に来たんですよね。さあ、僕が案内してあげますよ。」
 ケンジは手を差し出した。友子は少しためらいながらも、ゆっくりとその手を取った。二人はそのまま教会に向かって歩き出した。教会の入口は理沙が開けてくれていた。二人は教会に入ると、礼拝堂の十字架の前に座り、静寂の中、どちらからともなく静かに祈り始めた。
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