祈り

文字数 667文字

 その日、理沙は珍しく仕事が早く片付いたので、久しぶりに母の夕食の支度でも手伝おうと思って、定時に退社した。
 夏の六時はまだ真昼のようだ。遊んでいる子供達の声が遠くから聞こえてくる。
 理沙はワーシップソング、軽やかに神様を賛美する曲を口ずさみながら歩いた。幼い頃から教会に通っている理沙にとって、ワーシップソングは他のどんな曲よりも心を軽やかにしてくれた。
「ただいまー!」
 元気良く声を上げたが、返事がない。
 そろりと家に入ってみると、母の佐知子が台所で熱心に祈っていた。
「ただいま。」
「あ、お帰り。」
 佐知子は少し驚いたようだった。
「早かったわね。」
「聞こえなかった?」
「何が?」
「・・・。またお兄ちゃんのこと祈ってたの?」
 佐知子は微笑みながら下を向いた。
「そんなに気にしなくてもいいわよ。もう一年頑張って就活すれば、きっとどこかに決まるって。」
「・・・。仕事のことだけじゃなくてね。」
「え?他に何かあるの?」
「ま、いいわ。食事の支度、するわね。」
 佐知子は立ち上がりかけた。
「母さん。」
「何?」
「私も一緒に祈ってあげる。」
「え?」
 驚く佐知子の隣にサッと座り、理沙はニッコリと微笑んだ。
 優しい理沙の視線に、佐知子は胸が熱くなった。
 座りなおして二人は静かに目を閉じた。しばらくの沈黙の後、佐知子は搾り出すように祈りだした。
「恵み深い天の父なる神様。どうか、どうかケンジを導いてください。あなたの力強い御手で、あなたの御心の方へ・・・。主よ・・・、主よ・・・、どうか・・・。」
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