面接

文字数 2,135文字

 一週間後。ケンジは今日も四時に起き、早朝のバイトに汗を流した後、ハローワークに出かけた。相変わらず大勢の人でごった返している。ケンジはようやくその雰囲気に慣れ、圧倒されなくなったが、就活の進展は何もなかった。
 求人を探している時、携帯が鳴った。出てみると、この間書類を送った企業から、面接に来て欲しいとのことだった。今まで二十社以上に書類を送っていたが、ようやく一社目の面接にこぎつけた。面接時間は今日の昼過ぎ。急な話だが、もちろんケンジはそれに対して文句を言える立場にない。すぐに家に帰って、会社の場所や業務内容を確認し、スーツに着替えて出掛けた。
 会社に到着すると、広めの小ぎれいな部屋に通された。すでに三人の先客がいた。皆、見るからに若く、賢そうで、背筋をピンと伸ばして座っていた。なぜこんな人がと思うほどの若者達だ。
 ケンジの鼓動は高まった。面接がなかなか始まらなかったこともあり、ケンジは緊張のあまりお腹が痛くなってきた。
 二十分程遅れて人事担当者らしき人が二名入ってきて、面接が始まった。集団面接だった。
 ケンジは、四人の中で一番端に座らされた関係上、どの質問も答えるのが一番最後になった。他の人がスラスラ流暢に答えていく。それを聞きているとあせりが出てきて、緊張が極限に達し、え?いや・・・、あの・・・、その・・・が始まってしまった。どの質問もまともに答えられない。頭が真っ白になり、質問の意味も良く分からなくなっていった。
 そのうち、ケンジには質問が来なくなった。最後は優秀な二人に質問が集中して、面接は終わった。ケンジが正気に戻ったのは、会社のビルを出たときだった。ケンジは振り返ってビルを見上げた。それが大きな壁に見えた。「ダメだ。俺は・・・。」
 やっとこぎつけた面接でこの有様とは・・・。ケンジはしたたかに打ちのめされた。
 駅に着いてもケンジはそのまま帰る気になれず、ファーストフード店にでも入ろうかと思ったが、一人になりたくて、結局缶ジュースを買って公園のベンチに座った。ケンジは祈った。
「神様。俺はこんなどうしようもない奴です。でも、あなたはこんな私をも愛してくださっていると聖書に書いてあります。主よ。それが本当なら、私に働き口をお与えください。とにかく就職したいのです。お願いです。神様・・・。」
 祈りの中で、またもや母の言葉を思い出した。そうだ。勇気だ。俺も亡き父のように、主にある勇気を持たなければ・・・。
 ケンジは目を開け、空を見上げてからジュースを一口飲み、
「よし!」
と声を上げてきっぱりと立ち上がった。

 その夜もケンジはトラクト配りをした。今日の失敗を教訓に、渡す時にできるだけその人の目を見て、声を掛けるように心掛けた。それによって度胸をつけるためだ。
「どうぞ。一度教会にいらっしゃいませんか。」
「どうぞ。教会はどなたでも歓迎します。ぜひ来てください。」
 そうしたからといって受取る人が増えたわけでもないが、ケンジは頑張って続けた。
 そこに、トコトコと理沙がやってきた。
「お兄ちゃん。」
「おう理沙。珍しいな。この道を通るなんて。」
「一人?」
「うん。」
「へ~。いつも隅っこでボ~っとしてたお兄ちゃんが、一人でトラクト配りとはね。」
「ほっとけ!邪魔するなら帰れよ。」
「その逆よ。手伝おうと思って来てあげたのよ。」
「え?」
「ほら、貸して。」
理沙はケンジの手からトラクトの束をぶんどった。
「どうぞ~、教会案内で~す。」
 一体どういうつもりかさっぱり分からなかったが、まあ一人でやるより心強い。ケンジはそこを理沙に任せて、道路を渡った向こう側の歩道に移った。
 その日は結局四十分程度でトラクト配りを終えて、理沙と家に帰った。途中、理沙が話しかけてきた。
「お兄ちゃん、なかなか受取ってもらえないものねえ。」
「まだマシだよ。初めてなのにあんなに配れるなんて信じらんねえよ。やっぱし女の子の方がいいのかなぁ。」
「トラクトに小さなチョコでもつけて、ビニールに入れて配ればどうかな。」
「そりゃいい。けど、そのチョコ代、お前が出せよ。」
「セコっ!」
「俺、金ねえから!知ってんだろ。」
 理沙は少し膨れた顔をして、その話はそれで終わった。しばらくして、また理沙が話しかけてきた。
「ねえ、村川さん、今、大変みたいよ。」
「ん?」
「いきなり営業に異動になって、それだけでも大変なのに、何か大きなプロジェクトのリーダーにさせられたみたい。それでいつも夜遅くまで残業しているわ。」
「ふーん。」
「何か、凄く疲れてるみたいで、最近元気がないの。」
「でも・・・、俺に言っても、どうすることもできねえよ。もう会うこともないし・・・。」
「そうね。でも、お祈りすることはできるでしょ。」
「お祈り?うん・・・、まあ、そうだな。」
「ね、今、お祈りしようよ。」
「うん。」
 二人は立ち止まって目を閉じた。ケンジは封印してきた友子の顔を久しぶりに思い出しながら、詰まり詰まりしながら、ポツポツとお祈りした。友子のことは忘れようと思ってきたが、ケンジは引き続き祈っていくことに決めた。
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