さまよう

文字数 1,037文字

 加地は、地下街をフラフラとさまよい歩いた。昼前だったから人通りは少なかったが、飲食店では常連らしき人達がゆったり新聞を読んだり、楽しそうに話したりしている。加地は一番客の少ない喫茶店に入った。
 椅子に座ると、ドッと疲れを感じた。部長や人事係長の顔が頭から離れない。
 ふと、喫茶店のテレビに目をやった。昼前のニュースをやっている。こんな時間にテレビを見るのは何年ぶりだろう。そう言えば、随分休みを取っていない。休むといえば病気で寝込んだときくらいだが、それももう何年もない。思えば、懸命に会社のために尽くしてきた。それがいとも簡単にこんなことになるとは・・・。しかも理由も告げられず・・・。  
 次のことが全く考えられない。今までも困難なことは数々あったが、その度に過去を振り切って次に集中することで、ここまで乗り越えてきた。それが今回はできない。それがつらい。体から力が抜けきったような疲労感。誰にも相談できない息苦しさ。青森に行くか、会社を辞めるか、どちらかしかない。しかし、どちらも選べない。ダメだ。もうどうしようもない。完全に道が絶たれた。もうこれ以上、前に進むことはできない・・・。いたたまれなくなって、注文をキャンセルし、階段を上がって地上に出た。フラフラさまよい歩く。公園のベンチにでも座ろうかと思ったが、子供連れの若いお母さんが楽しそうに話しているのを見ると、とても入れなかった。
 フラフラ、フラフラと歩く。このまま夕方まで時間を潰さなければならないのか。インターネットカフェやマンガ喫茶。そんな所には入ったこともない。本屋で立ち読みしても、そうそう時間は潰れない。さらにフラフラと歩き続けて、やっと人のいない、草ぼうぼうの小さな公園を見つけてベンチに腰掛けた。
 しばらくボ~っと遊具を眺める。あと何時間、時間を潰さなければならないのか、それが何日続くのか・・・。
 突然、『死』という言葉が頭に浮かんできた。それはとても甘美な響きであった。すべての苦しみがそれで終わる。それに、部長も人事も自分が死ねば、責任を問われるだろう。自分のやったことの大きさに、後悔するはずだ。そうだ、死のう。それしかない。どこか遠いところに行って、誰にも迷惑をかけずに死のう。加地はそう決めた。
 所持金を確認するために、加地はカバンを開けて財布を取り出した。その拍子に、カバンの中から、クシャクシャになった紙が一枚ポトリと落ちた。ケンジが渡した教会のトラクトだった。
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