爆発

文字数 1,334文字

 その日の夜、十一時前、友子は帰宅した。駅から十分程度の道のりが、一時間にも二時間にも感じられた。
 家に入ると、母がビールを飲みながらテレビを見ていた。空き缶が四、五本転がっていた。
 上着も脱がずに友子はそのままソファにドット座り込んだ。
「遅かったわね。」
 母がボソリとつぶやくように言った。
「・・・。」
「最近遅いじゃない。おかげで母さん、ろくなもの食べてないんだけど。」
「買ってきて、適当に食べてって言ってるじゃない。」
「嫌よそんなの。いつも言ってるでしょ。」
「・・・。じゃあ、何も食べずにお酒飲んでるの?」
「そうよ・・・。別にいいでしょ。」
「あのね、私しばらく早く帰れないから、夕食は自分で用意して食べて!」
「あ・・・、そう。そうよね。私のためにご飯を作るなんて、バカらしくてやってられないわよね。」
「本当に忙しいんだってば!」
 友子はうつむいた顔を手で覆いながら話した。
「ごめんよ。でもね、母さんはもういいんだよ。まあ、あんまり食欲もないしね。どうせ、生きていてもいいことなんてないし、早く死んでしまったほうがいいのよ。」
「・・・。そんなこと言わないで。」
「ふん。あんただって、そう思っているんでしょ。母さんが死ねば、ようやく自由になって、誰かと結婚でもできるのにって。」
「そんなこと思ってないわ。」
「いーや、思ってる。フ・・・、当然よね。ああ・・・、父さんが生きていてくれたら・・・、あんたにもこんな苦労させることはなかったのに・・・、ああ・・・。」
 母の目から涙が溢れてきた。友子は手で覆っていた顔を少し傾け、横目でその顔を見た。
「う・・・、うう・・・、お父さん、ああ・・・、私もお父さんの所に行きたい・・・。もう、生きていても仕方ない・・・、うう・・・、お父さん、うっ・・・、うう・・・。」
 嗚咽しながら泣く母を、友子は横目でずっと見ていた。身動きひとつせず、じっと見つめていた。
「うー、うう・・・、お父さん、ううう、あ、ああ・・・、お父さん・・・、う、うう・・・、早く死にたい・・・、死んで、お父さんの所に行きたい・・・、う、うう・・・。」
 突然、友子は鬼のような形相で立ち上がり、キッチンへ向かうと、包丁を取り出して母の目の前のテーブルへ叩きつけた。
「じゃあ死ねば!死んでみなさいよ!死になさいよ!本当に死ねるんだったら、今、ここで、死ねばいいでしょ!」
「友子!」
 初めて見る友子の凄まじい形相に、母は驚いた。そして、その鬼のような形相のまま、友子の目から涙が溢れ出してきた。
「死にたいんでしょ!死んでみなさいよ!そんな・・・、そんな簡単に死ねるんだったら、死んでみなさいよ!死んで・・・、楽になれるんだったら・・・、本当は・・・、死ぬことなんかできないくせに・・・、死にたいなんて言わないでよ!」
 狂ったように叫んで、友子はそのまま自分の部屋に入り、鍵をかけた。母はその後、友子、友子と呼びながら何度もノックしたが、友子は決してドアを開けなかった。友子は泣いた。声を上げて泣いた。涙がとめどなく溢れた。しかし、泣いても、泣いても、どれだけ泣いても、友子の胸の痛みが癒えることは決してなかった。
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