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文字数 1,092文字

 会議が終わって、他のメンバーが席に戻っても、友子は一人会議室の席から立てずにいた。今の悪夢のような会議にショックを受けていたのだ。プロジェクトは全く進まない。当然である。友子しかまともに取り組んでいないからだ。ところが突然明日、取締役に状況をレクチャーしなければならないことになった。それを告げられ、どう対応すべきか話し合うために集まったにも関わらず、ほとんど誰も口を開かなかった。ここずっと、残業残業で頑張ってきたにも関わらず、その努力を認め、ともに頑張ろうというメンバーはついに現れてくれなかった。
 しかし友子は、ここで負けたくはなかった。こんなことでくじけてはいけない、そう自分に言い聞かせて、必死で対応策を考えた。
 友子は必死でパソコンに向かった。しかし、財務面での数字がどうしても必要であり、それは友子には作れなかった。その担当者は長めの休暇を取って海外旅行中だ。友子はサーバー内を必死で探した。三十分以上もかかったが、なんとか目当てのファイルを探し当てることができた。
「村川さん。どうだ。できそうか?」
「はい。大丈夫です!」
 心配になった課長に、友子はきっぱりと答えた。

 午後十時。もはやオフィスに誰もいない。友子は何とか書類を仕上げることができた。後は例のファイルの数字を入れるだけだ。友子はファイルを開こうとした。
「!」
 ファイルが開けない。パスワードが設定されている。まさか!課内の共有ファイルにパスワードが設定されているなんて・・・。
 友子は思いつく限りのパスワードを試した。これもダメ。あれもダメ。これも、あれも・・・。必死でキーを叩いたがダメだった。
 友子はそれでも必死でキーを叩きながら、ひとりつぶやいていた。何やってるの!ファイルを見つけたとき、なぜ開いて確認しなかったの?バカ!なにやってるのよ!課長にどう言うつもりなのよ!
 誰もいないオフィスで、友子はつぶやきつづけた。情けない。自分ひとりでがんばって、いい気になって、課長にできますなんて言って、なんてバカなの?なんて愚かなの・・・。
 友子の目から涙が溢れた。
 泣き出すと、また母親のこと、父親のこと、今まで溜め込んできた思いが一気に噴出してきた。唯一、友子の拠り所だった仕事でも、こんなことをしでかしてしまった。ああ、もうダメだ。友子の体から、すべての力が抜けていくようだった。
 午後十一時。なんとか泣き止んだ友子は、とりあえず課長に伝えなければと思い、携帯を取り出すためカバンをあけた。すると、カバンの中にきれいに折りたたまれたトラクトが友子の目に飛び込んできた。
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