第12話 カセットテープA面【6】

文字数 1,152文字

【6】

 ――デッキの再生のボタンを押すと、テープの中の祖父はズズッとお茶を啜って、聞き覚えのある咳ばらいの後でおもむろに話し出した。

『一式陸攻の搭乗員の構成は作戦や年代によって若干の変動がありますが、本来は主操縦、副操縦、主偵察、副偵察、主電信、副電信、搭乗整備の七名体制が正式でした。
 前方機銃、上部機銃、側方機銃、尾部機銃は、偵察員、搭乗整備員、電信員が兼任します。
 この搭乗員の他に分隊長や分隊士の士官が機長として乗り込むこともありました。
 一式陸攻の搭乗員仲間を我々はペアと言っとりました。
 昭和十九年当時私は二十七歳、飛行曹長でありまして偵察員を受け持っておりました。
 飛行曹長は陸軍では准尉に当たりますので士官の端くれであります。
 偵察員は、航法と爆撃照準が主任務ですが、敵戦闘機との空戦となれば、前方機銃の射撃もやりました。偵察員は、機首のこの全面ガラスのところにおるのです。
 このドーム型の風防は歯車仕掛けで回転するようになってましてね、機銃は三百六十度に向けることができるのですわ』

 ――祖父はもう、聞き手が理解できるかどうかは念頭にないようで、当時の専門用語でまくし立てていた。どうやら祖父は一式陸攻の模型を見せながら説明しているらしい。

 太い葉巻に翼をつけたような国防色の飛行機模型が大層なガラスケースの中に収まって、会長室にドンと鎮座していたことを覚えている。
 なんでもそれは、はじめは自宅の床の間にあったのだが、幼児の頃の私が、そのガラスケースから模型を取り出そうとガサゴソしているところを祖父が見つけて間一髪で破壊から免れたらしく、それ以来その模型飛行機は会社の会長室に置くようになったと父から聞かされたことがある――。

『海軍機は、目標物のない海面上を何百浬と飛ばねばなりません。
 ましてや一式陸攻は、往復一〇〇〇浬を超える作戦にも出撃できるように開発された飛行機です。
 機には磁気コンパスという方位計が装備されておりますがね、あれは一度や二度の誤差は平気で出るんですわ。
 ですから洋上の長距離飛行ではあまり頼りにならんのです。
 そこで我々偵察員の正確な航法と職人技が必要不可欠なわけです。
 方角や距離、風向きを誤って洋上で機位を失えば、燃料がなくなり次第、機は海の藻屑となってしまいますからなぁ。
 パイロットがいなければ機は上がりませんが、偵察員がいなければ機は目的地に着かんのですわ。
 私は十九で予科練に入ったので、歳の割りに出世は遅かったですが、航法と照準の腕は良かったのです』 

『はぁ、なるほど……。
 ところで当時は、英語は敵性語で使ってはいけなかったそうですが、ペアという言葉はよかったんですか?』

 ――話の内容についていけないのか、記者はまた頓珍漢な質問を発した。
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