第25話 カセットテープA面【19】

文字数 1,145文字

【19】

 ――祖父はひとつ大きな咳払いをした。長話になる前兆だ。

『その夜間攻撃を終えテニアンに帰投した翌日、私は「トラックに赴任し、残存部隊と合流して索敵任務に当たれ」との命令を受け、テニアンから高速偵察機 彩雲(さいうん)に乗せられ、一人焦土となったトラックの春島へ送られました。
 トラック空襲の翌日から、敵機動部隊は、日本が飛行場建設を進めていたエニウェトク環礁に上陸戦をしかけましてね、それが既に敵に占領されたという情報が入ったのです。
 そこで、エニウェトクに近いトラックから敵機動部隊への索敵がどうしても必要になったわけです。
 索敵ってのは航法がなにより重要でしてね、正しい索敵ルートを飛ぶためにはもちろん、索敵目標を発見した場合にも、我が機位が正確でなければ、正確な敵の位置を基地に連絡できんわけです。
 それで古参の偵察員である私が派遣されたのですな。
 しかし、私は内心不満でした。今や海軍航空隊の重要拠点となったテニアンを離れ、既に壊滅したトラックに行って残存部隊に合流しろというのですから、まるで左遷だと思いましたよ。
 しかし、そのことが、その後の私の人生を大きく変えるのですから、まことに人生とは皮肉というか不思議なものです』

『と、いいますと?……』

『敵は、間髪を置かず、トラック空襲から一週間足らずの二月二十三日、サイパン・テニアンを中心としたマリアナ諸島一帯の我が方の基地を軒並み大空襲し、テニアンのハゴイ飛行場は壊滅的な被害を受けたのですよ。
 私がテニアンを離れトラックに着任してからわずか五日後のことですから、私はすんでのところで命拾いしたのですわ……。
 着任したトラックの春島では、空襲を受けた第一飛行場も応急処置でなんとか飛べるようになっていましたので、修理を終えたばかりの一式に乗機し索敵任務にあたったのです。
 そしてその際、マリアナ方面に向かう敵機動部隊を発見しましてね、その旨テニアンの基地に打電したのですがね……。
 結局、その情報は生かされなかったのでしょうなぁ。
 後々知ったんですがね、その空襲によって、我が方は一方的に壊滅的な損害を受け、マリアナ諸島に展開していた艦艇と飛行機はほぼ全滅したそうです。
 もちろん、私の原隊の攻撃飛行隊も全滅したでしょうが、トラックに取り残された私に、原隊のペアたちがその後どうなったかを知る術はありませんでした。
 そしてその後、昭和十九年の二月十九日から十月三十一日まで、私はトラックの春島に閉じ込められていたのですわ。
 その八ヶ月間は、アメリカ軍との戦いではなくもっぱら飢えとの戦いでしてね、自分の命を繋ぐことに必死だったのです……』

『ええっ! 八ヶ月間もですか? でも、アメリカ軍はその後トラックには上陸しなかったのですか?』
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