第106話 三沢【23】

文字数 995文字

【23】        

 エントランス脇のこじんまりとした売店に入って、さっき係員に教えられた『ミサワ航空史』という書籍を探してみたが、戦闘機や戦史のムック本が並ぶ棚に、それらしい書名は無かった。
 ただ、棚下の平積みに、終戦直後のものとおぼしきセピア色の写真が装丁されたパンフレットのような雑誌が目についたので、『ミサワの昭和』という題名に興味を惹かれ、私はその冊子を手に取ってみた。
 表紙をめくると、「昭和20年7月14日 米軍が撮影した旧海軍三澤航空基地」というキャプションがつけられた航空写真がまず目に飛び込んだ。

〈七月十四日っていったら、空襲当日じゃないか……〉

 よく見ると、その米軍の航空写真の縁には、
"CONFIDENTIAL"(極秘)
"14JULY1945"
"AOMORI AREA.NORTHERN HONSHU"
"MISAWA A/F" 
 というワードが並んでおり撮影時期には間違いがないようだった。
 写真の基地施設には、
"BARRACKS"(兵舎)
"FUEL STORES"(燃料貯蔵庫)
"7HANGARS"(七つの格納庫)
などの注釈がつけられていた。

〈爆撃直前に、こんなに鮮明な精密撮影をして、詳細に分析までしていたとはな……〉

 当時の米軍が日本本土進攻は不可避とみなしていたことを、その一枚の写真が表しているような気がした。

〈これは思わぬ掘り出し物だぞ!〉

 小躍りしたいような気持ちでページをめくると、そこには、展示パネルに掲示されていた「大日本帝国海軍 三澤航空基地」の配置図が見開きで掲載されていた。

〈やった! これだよ、これ!〉

 しかしよく見ると、その配置図はトリミングされており、図中の施設名の文字も不鮮明だった。

〈まあ、これでも仕方ないか……〉

 その配置図がレイアウトされたページには、「大日本帝国海軍航空隊がやってきた」という大きなキャプションがあって、その設立の概略が書かれていた。
 逸る心を抑えつつページを繰っていくと、当時の三澤航空基地に勤務していた兵士や動員学徒による、七月十四日の空襲の体験談が並んでいた。
 どうやら、自分がもっとも知りたいと思っていたものに予期せず出会えたようだ――。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み