第93話 三沢【10】
文字数 1,319文字
【10】
「ジュン、あとな、三沢基地に資材や燃料を運んでいた基地引込み線が、今は廃線になって線路だけ残っているんだがな、けっこう近所の住人が道路代わりに歩いているんだ。
海軍が引いた線路を米軍がそのまま接収して十年ほど前まで使ってたんだ。
三沢駅の近くにある三沢公園のあたりから線路に入れるから、興味があったら歩いてみたらいい。
片道二キロもないはずだ。女房の実家の酒屋はアーケード街にあるんだがな、線路はその真裏を通ってるんだ」
〈基地までの引き込み線があったんなら、進駐軍はわざわざ古間木駅で降りたりしなかったんじゃないか? 山猫部隊のあの話は寺山一流の虚構だったんじゃないのか?……〉
私は青地の話を聞きながら、ふとそんなことを思った。
「へぇー、そりゃ、興味津々だな。
三沢駅にも行ってみたいと思ってたから、歩いてみるかな。
アオのコンビニは郊外なんだろ? 住まいは、アーケード街の酒屋なのか?」
「ああ、もと酒屋な。今じゃ仕舞屋 さ。
基地ゲートの門前のアーケード街は、最近そろって化粧直ししたんだがな、俺の家の方は昔のまんまで見事なシャッター街だ……。
新しくした方も旧いままの方も、まるでちゃちな映画の書割みたいで面白いぞ。
その中心街もな、昔は海軍基地のなかの工廠跡だったらしい。
今、手元に資料がないんだが、海軍が造った三澤航空基地ってのはな、町のなかに基地があったんじゃなく、当時は、広大な基地の敷地に小さな集落が点在していた、っていうくらいの大規模な基地だったそうだ。
三沢ってのは、当時から北部方面航空隊の一大拠点だったようだな……」
「ほう……、なかなか興味深い話だが、いかんせん着いたばかりでピンとこない」
「うん、だから、まず航空科学館に行ってみろ。
で、おまえ、今ペンとか持ってるか?」
そう言われて、ショルダーバックのポケットに差していた赤いサインペンを青地に手渡すと、青地はさっき見せた単行本の裏表紙に素早く何かを書きつけてから、私に差し出した。
「この本、おまえにやるよ。
一式陸攻のことも少し書いてあるから読んでみろ、少しは参考になるかもしれない」
「いいのか?」
「いいさ、俺はもう何度か読んだんだ。次はおまえが読む番だ」
手渡された単行本の裏表紙を開くと、青地の金釘流が並んでいた。
【再会を記念して 竹馬の友へ 2015年 8月】
普段の私なら、「著者のサインでもあるまいし」と軽口を叩くところだが、そのときは青地の気持ちが素直に嬉しかった。
そして、わざわざそんな書付をした青地の心情が分かるような気がして胸が詰まった。
「アオ、ありがたく頂戴するよ……。ありがとうな」
「ジュン、そんな殊勝な顔すんなよ。別に形見のつもりじゃないからな」
青地は、中学生の頃のような悪戯っぽい笑顔を見せた。
幼馴染とは、何年会わなくてもお互いに考えていることが分かるものらしい。
「アオ、おまえ、じいさんのインタビュー聞く気あるか?」
「大ありだ! 聞く聞く、ぜひ聞かせてくれよ。今、テープ持ってるのか?」
「ああ、かなり古いテープだったから、業者に頼んでCDに焼いてもらった。
おまえにも聞いて欲しいと思ったしな……。豪華二枚組みだぞ」
「ジュン、あとな、三沢基地に資材や燃料を運んでいた基地引込み線が、今は廃線になって線路だけ残っているんだがな、けっこう近所の住人が道路代わりに歩いているんだ。
海軍が引いた線路を米軍がそのまま接収して十年ほど前まで使ってたんだ。
三沢駅の近くにある三沢公園のあたりから線路に入れるから、興味があったら歩いてみたらいい。
片道二キロもないはずだ。女房の実家の酒屋はアーケード街にあるんだがな、線路はその真裏を通ってるんだ」
〈基地までの引き込み線があったんなら、進駐軍はわざわざ古間木駅で降りたりしなかったんじゃないか? 山猫部隊のあの話は寺山一流の虚構だったんじゃないのか?……〉
私は青地の話を聞きながら、ふとそんなことを思った。
「へぇー、そりゃ、興味津々だな。
三沢駅にも行ってみたいと思ってたから、歩いてみるかな。
アオのコンビニは郊外なんだろ? 住まいは、アーケード街の酒屋なのか?」
「ああ、もと酒屋な。今じゃ
基地ゲートの門前のアーケード街は、最近そろって化粧直ししたんだがな、俺の家の方は昔のまんまで見事なシャッター街だ……。
新しくした方も旧いままの方も、まるでちゃちな映画の書割みたいで面白いぞ。
その中心街もな、昔は海軍基地のなかの工廠跡だったらしい。
今、手元に資料がないんだが、海軍が造った三澤航空基地ってのはな、町のなかに基地があったんじゃなく、当時は、広大な基地の敷地に小さな集落が点在していた、っていうくらいの大規模な基地だったそうだ。
三沢ってのは、当時から北部方面航空隊の一大拠点だったようだな……」
「ほう……、なかなか興味深い話だが、いかんせん着いたばかりでピンとこない」
「うん、だから、まず航空科学館に行ってみろ。
で、おまえ、今ペンとか持ってるか?」
そう言われて、ショルダーバックのポケットに差していた赤いサインペンを青地に手渡すと、青地はさっき見せた単行本の裏表紙に素早く何かを書きつけてから、私に差し出した。
「この本、おまえにやるよ。
一式陸攻のことも少し書いてあるから読んでみろ、少しは参考になるかもしれない」
「いいのか?」
「いいさ、俺はもう何度か読んだんだ。次はおまえが読む番だ」
手渡された単行本の裏表紙を開くと、青地の金釘流が並んでいた。
【再会を記念して 竹馬の友へ 2015年 8月】
普段の私なら、「著者のサインでもあるまいし」と軽口を叩くところだが、そのときは青地の気持ちが素直に嬉しかった。
そして、わざわざそんな書付をした青地の心情が分かるような気がして胸が詰まった。
「アオ、ありがたく頂戴するよ……。ありがとうな」
「ジュン、そんな殊勝な顔すんなよ。別に形見のつもりじゃないからな」
青地は、中学生の頃のような悪戯っぽい笑顔を見せた。
幼馴染とは、何年会わなくてもお互いに考えていることが分かるものらしい。
「アオ、おまえ、じいさんのインタビュー聞く気あるか?」
「大ありだ! 聞く聞く、ぜひ聞かせてくれよ。今、テープ持ってるのか?」
「ああ、かなり古いテープだったから、業者に頼んでCDに焼いてもらった。
おまえにも聞いて欲しいと思ったしな……。豪華二枚組みだぞ」