塩の姫君①(グリム童話)

文字数 4,001文字

塩の大切さを教える物語というのは、世界の各地に伝わっています。

今日は、グリム童話の「泉のそばのがちょう番の女」を読んでみましょう!

グリム童話は、19世紀にグリム兄弟が編さんしたドイツの民話集ですね。
ああ、そのおとぎ話知ってます!

父親である王さまへの愛を塩にたとえて追放されたお姫さまが主人公なんですよね!

お、追放もの!? 帰ってこいと言われても、もう遅い! 辺境でスローライフすることにしました的な話?
そんなざまあ系小説じゃないよ! メルヘンなんだからね!
まずはあらすじをおさらいしましょう!
「泉のそばのがちょう番の女」(グリム童話)


【あらすじ】

ある日、伯爵の息子である若者が森の中でおばあさんに出会い、重い荷物を運ぶのを手伝う。なぜか背負った荷物がだんだん重くなっていき、おばあさんも背中にのってくる。

若者はがまんして歩き通し、おばあさんの家までたどり着くと、そこには年かさのみにくい女がいて、ガチョウの群れの番をしていた。

おばあさんはお礼として、若者にエメラルドの小箱を贈った。


若者はお城に行って、王妃さまにエメラルドの小箱を献上すると、王妃さまはある話を始める。

国王夫妻には三人の娘がおり、末の娘は真珠の涙をこぼす美しい娘だった。

あるとき、王さまが自分のことをどれだけ愛しているか娘たちにたずねると、上の娘は「いちばん甘いお砂糖のように愛している」と答え、次の娘は「いちばんきれいな服のように愛している」と答え、末の娘は「塩のように愛している」と答えた。

王さまは末の娘の答えに腹を立て、塩の袋を背負わせて末の娘を森に追放してしまった。

あとから王さまは自分がしたことを後悔し、娘を探させたが見つけることができなかった。

王妃さまはエメラルドの小箱に娘の目から流れ落ちたのと同じ真珠が入っていることに気づいたのである。


そのころ、おばあさんはガチョウ番の女に「もう一緒にいるわけにはいかない」と言って、三年前に家に来た時と同じ格好に戻るよう指示していた。

若者の案内で国王夫妻がおばあさんの家をたずねると、おばあさんは「あなたたちを待っていた」と言い、三人を招き入れる。

みにくいガチョウ番の女は、顔にかぶっていた姥皮をぬぐと、とても美しい娘だった。末の娘と両親は泣きながら再会を喜びあった。


おばあさんは末の娘に、三年間で流した真珠をすべてあたえ、「この家をあげる」と言い、そのまま消えてしまった。

荒野の小さな家はとたんに宮殿へと変わり、末の娘は若者と結婚し、そこで暮らした。

おばあさんに飼われていたガチョウは、人間の姿を取り戻し、宮殿の女中となったのだった。


参考:『完訳 グリム童話集 5』(金田鬼一訳、岩波文庫)

めでたしめでたし!

なんつーか、つっこみどころ満載の話だな……
だーかーらー、メルヘンなんだってば!
追放された姫君は心優しい老女に保護され、その老女の家で居候しながら、王宮から迎えが来るのを待っていたわね。
追放された姫が、通りすがりの親切なおばあさんの家に保護されたとして、3年も居候し続けるのは長すぎると思います。

厚かましいですよ!

お姫さまはガチョウの世話をしたり、糸紡ぎの仕事をしたり、ちゃんと家庭内で働いてたよ。

たしかに、召し使いにちやほやされて育った姫にとって、家畜の世話はつらい仕事だったろうな。

姫君は、老女に対して「かあさま」と呼んでいました。

だから姫君は居候やお客さまではなくて、養女として扱われていたと言えるわね。

「いやだわ、いやだわ! かあさまってば! かあさま、あたくしを追いだすおつもり? あたくし、どこへまいったらよろしいの? お友だちなんか、一人もなし、かえって行くお故郷はなし。あたくし、かあさまのしろっておっしゃることはなんでもいたしましたし、かあさまだって、いつでも、あたくしのすることを、それで好い好いって言ってらしったくせに! ねえ、かあさま! おんだしちゃあ、いやぁよう!」

 ばあさまは、むすめのこれからさきのことは、当人には、なんにも言うつもりはなく、

「かあさんがここにいるのは、もうこれぎりなのよ」とだけ言いました。

(『完訳 グリム童話集 5』金田鬼一訳より)

末の姫は砂糖よりもドレスよりも塩が大切であると理解している聡明な女性なんですよね?
そう、塩は生きていく上で欠かせない大切なものだから、父親への愛情を塩でたとえたのね。
追放後の姫はただ涙するばかりで、都合よく親切なおばあさんに保護され、おばあさんの言いなりになって暮らしています。

追放前と追放後で、姫の性格に一貫性が無いように思えるんですが……

たしかに、父王の問いかけに対して「塩」というひねった答えをした姫君の機知が、追放後に見られないわね。
それから、姫は涙が真珠や宝石になるという特殊能力の持ち主というのが、不思議でならないです。
このファンタジー設定が、いかにもおとぎ話って感じできれいだと思うけどなぁ……

当時の真珠はダイヤモンドよりもずっと価値が高かったんだから、おばあさんの世話にならずとも、真珠を売れば、自分で土地や屋敷を買うことが出来たのでは?

でも、若い女性が突然ひとりで、そんな高価なものを売りに行ったとして、商人は正当な対価を支払うかなぁ?

買いたたかれちゃうか、サイアク、真珠だけ奪われちゃうんじゃない?

たしかに盗品だろうと難癖をつけられて、逮捕されるかもな。

そうなると、真珠の売却代金はもらえず、モノだけ奪われて終わり。

姫が身元を明かしても信じてもらえず、姫を騙る詐欺師と思われるだけだろう。

この特殊能力が悪意ある人物に知られたら、一生幽閉されて、真珠を生み出し続けるだけの奴隷にされる可能性もあるわね。

おばあさんは、姫の特殊能力を利用してもうけようという考えはなかったですよね。

姫は、おばあさんのことを「親切だけど真珠の価値が分からない無知な女」だとみなしていたのでは?

そう考えた上で、下手に真珠を売りに行くよりも、おばあさんの家で暮らす方が、自分の身の安全のために得策だと考えていたのかもしれないな。

そう読み解くと、姫君が老女の保護下でじっと耐えるだけなのも納得できるわね。
末の姫は、追放前も後も一貫して聡明な女性だと思えてきました!
おばあさん自身は、真実を見通す神通力を持っていて、真珠の価値はもちろん、お姫さまが追放された事情も何もかもぜんぶ分かっていたんだけどね。
この老女は、不遇な立場にある主人公を魔法を使って助け、人生を良い方向に導いてくれるフェアリーゴッドマザーと言えるわね。
ひとは、あのばあさまを魔女とおもっていますが、そうではなく、あれは、人のためをはかってくれる神通力をもった女であったということ、これだけはたしかです。おひめさまの御誕生のそのとき早くも、泣けば涙のかわりに真珠のこぼれるという賜物をさずけたのも、やっぱりこのばあさまだったのだろうと思います。

(『完訳 グリム童話集 5』金田鬼一訳より)

おばあさんが姫に「姥皮」をかぶせて、年老いたみにくい姿にしていたのは、姫の美しさを隠すためだったのかな?
うん、お姫さまの身を守るためだと思うよ。
ふさわしい結婚相手が現れるまで、主人公の美しさを隠しておくというモチーフは、『御伽草子』の「鉢かづき姫」と似たところがあるわね。
やっぱり、涙が真珠になる異能力って、姫の設定つめこみすぎな気が……
「真珠」は聖書の多くの箇所で、知恵や信仰と関係しているのよ。

さんごや水晶は言うに及ばず、真珠よりも知恵は得がたい。

(ヨブ記28章18節)

神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。

(マタイによる福音書7章6節)

天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。

(マタイによる福音書13章45-46節)

なるほど、「涙が真珠になる賜物をさずけられた」というのは、お姫さまの賢さや心のきれいさを表現していたのかも!
おばあさんがなぜ少女たちを魔法でガチョウの姿に変えていたのか、よく分からないな。
わけありの女の子たちを保護してたんじゃない?
老女が少女たちを無理やりどこかからさらってきたのだとしたら、人間の姿に戻ったとき、それぞれの家に帰るはずよね?
親元や故郷へ帰らず、その場所にとどまったということは、もともと行き場のない子たちだったのかも……
若者が背負った荷物がどんどん重くなっていって、おばあさんの体重も小柄でやせた老人とは思えないほど重いというエピソード、似たような話をどっかで聞いたことある気がする。
あ、そういう妖怪いたよね!?

「子泣き爺」とか、幽霊から赤ん坊を預かる話とか。

これはドイツの民話だからね、背負った存在がどんどん重くなるというモチーフは、クリストフォルスの聖人伝説を下敷きにしていると思うわ。
クリストフォルス(伝説的な聖人)

大男が川の渡し守をしていた。ある夜、小さな男の子を渡すことになり、男の子を背負って川を渡るうち、男の子は異様な重さになっていった。男の子に名前をたずねると、イエス・キリストであると明かした。全世界の人々の罪を背負っているために、イエスは重かったのである。川を渡りきった大男は、「キリストを背負う者」を意味するクリストフォルスと名乗ることをゆるされた。

じゃあ、おばあさんが魔法で自分の体重や荷物を重くしていたのは、お姫さまのお相手としてふさわしいかどうか、若者を試すためだったんですね!
クリストフォルスの伝説については、芥川龍之介が『きりしとほろ上人伝』を書いているわよ。
次回へつづく!
2024/5/17


参考・引用:『完訳 グリム童話集 5』(金田鬼一訳、岩波文庫)

『旧約聖書』『新約聖書』新共同訳

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