第1話 映画『テネット』(ソ連時代の閉鎖都市とは?)

文字数 3,920文字

クリストファー・ノーラン監督の映画『テネット』(2020年)を一緒に観よう!!

クリストファー・エドワード・ノーラン監督

1970年生まれ。イギリス系アメリカ人の映画監督。『ダークナイト』3部作(2005~2012年)、『インセプション』(2010年)、『インターステラー』(2014年)、『ダンケルク』(2017年)など複雑なストーリーを持つハリウッド大作映画で知られ、21世紀を代表する映画監督と言われている。彼の作品は、全世界で50億ドルの興行収入を記録。アカデミー賞5回、BAFTA賞5回、ゴールデングローブ賞6回にノミネートされている。2015年には『タイム』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出され、2019年には映画への貢献が認められ、大英帝国勲章コマンダーに任命された。

ノーラン監督の映画と言えば、これまでに『メメント』、『インセプション』、『インターステラー』を観たよね。
僕はそのほかに『ダークナイト』と『ダークナイト・ライジング』、『ダンケルク』も観たよ!
ストーリーは『インターステラー』が一番良かったかな。

宇宙旅行する話だと思っていたら、実は親子愛の話で、すごく感動した!

映像の面白さは『インセプション』がダントツ!
あら、ノーラン監督の大ファンだったのね!?
いやー、『メメント』は胸くそすぎてダメでした。
ちょっと、言い方!!

『メメント』は、まあ、そうね……

ベストオブザベスト胸くそ映画は『ミスト』だと思うけど。
それ100回くらい聞いたから!

悪夢のようなエンドと言えば、わたしだったらやっぱ『セブン』かな。

さあ、雑談はこれくらいにして、『テネット』を観るわよ。

映画『テネット』あらすじ

テロリストがキエフ(現・キーウ)のオペラハウスを襲撃し、CIA工作員である主人公が現地警察の特殊部隊に偽装して、劇場に突入する場面から映画が始まる。

劇場内で、主人公は見知らぬ傭兵から命を救わるが、そこで初めて逆行する銃弾を目撃する。

その後、主人公は現在世界の人類を守るために、未来世界の人類との戦争に巻き込まれていく。

物語は『インターステラー』の方が面白かったですが、映像は『インセプション』と同じかそれ以上の芸術性ですね!
順行世界と逆行世界が融合したマジックリアリズムな映像が楽しめるわね!
この映像を観るだけでも2500円の価値はあるかもですね!

冒頭のオペラハウス突入場面で、中に観客がいるにもかかわらず、躊躇なく無力化ガスを使用したの、すごい衝撃的でした。

あの場面は、2002年に起きたモスクワ劇場占拠事件をモデルにしていると思うわ。

事件当時、人質となった922人の観客のうち、129人が無力化ガスによって中毒死した痛ましい事件です。

以下、若干ネタバレ注意!
【世代間倫理の物語】
映像表現は複雑だけど、物語はいたってシンプルで、未来の人類と現在の人類の戦争を描いているんだね。

現在世代の環境破壊のせいで、未来は生存に適さない環境になっていて、未来の人々は絶望と怒りを過去の世代、つまり僕たちに向けている。

過去の全人類を絶滅させ、自分たちが未来から過去世界(=主人公の生きる現在世界)に移住するというのが、未来人たちの計画。

この世界を憎んでいるロシア人の大富豪が、未来の人々の計画に乗っかって、現在の全人類を滅ぼそうとする。

彼らの企みを食い止めようとする主人公チームと敵サイドとの攻防戦は、スパイアクション映画としても楽しめるね!

ロシア人大富豪の奥さんがボンドガールポジションで、主人公は彼女の命を救うために戦う!
これは、世代間倫理をテーマとする物語と言えるわね。
環境破壊で荒廃した未来って、映画じゃよくある設定だけどな。

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』とか『ウォーリー』とか。

複雑な映像に複雑な物語だったら観客がついていけないから、物語はシンプルにしたのかも。

とにかく映像がすごいから!

【ソ連時代の閉鎖都市とは?】
敵役であるロシア人実業家は、ソ連時代の閉鎖都市出身という設定です。

廃墟のまま砂漠に埋もれた閉鎖都市に主人公の特殊部隊が突入する場面が、映画のクライマックスですけど、ロシアに砂漠はないのでは? と思いました。

たしかに。

旧ソ連のカザフスタンにあった都市、という設定なら砂漠化もありえるのかな。

いや、映画の中でシベリアにある閉鎖都市って言ってたよ。
ええと、この場面の撮影場所は、カリフォルニアの砂漠だそうです。

ロシア国内には、ソ連時代の軍事基地や兵器貯蔵施設、採掘場などが放棄されて、荒廃した場所が実際にあるそうです。

産業ツーリズムとして、写真家や観光客を惹きつけている廃墟もあるそうよ。

そもそも「閉鎖都市」って何ですか?
閉鎖都市(closed city)は、立ち入りに厳しい制限があって、訪問したり、居住するためには国家の承認が必要とされる居住地のこと。

そういう場所は、軍事機密施設や秘密研究施設がある場合が多いわ。

世界一有名な閉鎖都市と言えば、アメリカが原爆の研究開発をしていた場所ですよね。

そう、マンハッタン計画のロスアラモス国立研究所があった場所は、当時は地図に載らない秘密都市で、広大な敷地で働く全研究員の公式な住所は「サンタフェ私書箱1663」だけだったそうです。

ノーラン監督の新作映画、タイトルが『オッペンハイマー』なんですよ!

2023年公開予定なんですけど、原爆開発を美化してたらやだな……

あ、キリアン・マーフィーがオッペンハイマー博士役なんだね!

『テネット』に描かれる「スタルスク12」は架空の閉鎖都市だけどね、ソ連時代の本物の閉鎖都市の一つである「40番の町」(現在のオジョルスク)を取材した『City40』(2016年)というドキュメンタリー映画があります。

City 40(ロシア語タイトル:Сороковка

Samira Goetschel監督による2016年のロシアのドキュメンタリー映画。

隠しカメラやソ連時代の記録映像、現代のインタビューなどから構成される。

2017年、エミー賞のニュース&ドキュメンタリー部門にノミネートされた。


ロシア語タイトルの 「ソロコフカ」は、「40番の町」を意味する俗称。

チェリャビンスク地方にある「40番の町」は、もともとはアメリカの原爆開発都市をモデルに建設されたそうです。
ソ連時代は、実際に数多くの閉鎖都市が存在して、そこで核科学技術の研究開発が行われていたんですね。
閉鎖都市はその存在自体が機密だから、公式の地図には名前が無く、鉄道時刻表やバス路線からも省略されていて、案内の道路標識も無かった。

閉鎖都市に暮らす住民は、自分の本当の居住地を外部に漏らしてはいけなかった。

当時は、選ばれたエリート科学者やその関係者が住んでいて、豊富な研究資金で思う存分研究でき、国内のほかの都市と比べて豊かで、生活や教育の水準が高い研究都市だったそうです。
自由がない代わりに、特権的な生活が保障されていたのか……
閉鎖都市には、路上生活者も犯罪者も元受刑者も絶対にいない。

そういう人たちには居住許可が下りないから、そもそも都市に入ることすらできない……

最近のゲーテッド・コミュニティは、閉鎖都市と似ている気がする。

入り口を国家が管理するか、民間が管理するかの違いだけで。

ドキュメンタリーの映像を見ると、かつて「40番の町」だったオジョルスクは、今でも住民が暮らしていて、『テネット』で描かれたような廃墟じゃないね。
架空の閉鎖都市「スタルスク12」を荒廃した場所として表現しているのには、ノーラン監督の意図があるかもしれないわよ!
「スタルスク12」が立ち入り禁止の廃墟となっていたのは、放射能汚染のせいですよね。
生まれ故郷を「放射能汚染で荒廃した場所」と描くことで、彼がこの世界を憎悪する理由に説得力を与えていると思う。
未来の人々の計画に協力しようと思うほどだから、よっぽど憎んでたんだな。
『City40』でも、オジョルスクの住民が放射能汚染による健康被害で今も苦しんでいる実態が取材されていましたね。
同じチェリャビンスク地方に位置する「65番の町」では、高レベルの放射性廃棄物による汚染事故が何度も起こっていて、十万人を超える住民が被ばくを受けましたが、長年にわたって隠ぺいされてきた歴史があります。
高レベルの放射能汚染事故って……え、しかも何度も……!?
チェルノブイリ原発事故だけじゃなかったんですね!?
「65番の町」は公式には存在しないことになっているから、放射能汚染事故なんて起きてないし、その事故による被ばく者も存在しないってリクツなの。
放射能汚染事故そのものがなかったことにされちゃってたなんて、ひどすぎます!!

「65番の町」で発生した放射能汚染のうち、最も被害が大きかった事件はキシュテム事故(ウラル核惨事)と呼ばれていて、1957年の事故発生から30年以上経った1989年にようやく公表されました。

危険な放射能汚染事故が起きていて、実際に健康被害が出ているのに、全部なかったことにされてきた歴史を知ると、ノーラン監督が「スタルスク12」を廃墟として描いた意図も見えてきますね。
うん、そんな町で生まれ育った若者が歪んでしまったのも、分かる気がする。
だからって、全人類を滅ぼそうと企てるのはどうかと思うけども……
環境汚染というテーマについては、引き続き考えていきましょう!
初出:2020/12/27

2023/4/13 チャット版にリライトしました。

アイコンのイラストはAdobe Stockからヨモヨリさまの作品を使用させていただきました(ライセンス取得済み)。

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