第23話 Coldplay 来日公演 in 東京ドーム(後編)

文字数 5,703文字

◎2023年11月6日◎

【Coldplayの演奏曲目(前半)】


<Act.1 Planets>

Higher Power

Adventure of a Lifetime

Paradise

The Scientist


<Act.2 Moons>

Viva la Vida

Hymn for the Weekend

Everglow

Charlie Brown

Yellow

"Hymn for the Weekend"の後、クリスが会場をぐるっと見回し、客席で掲げられた国旗やメッセージボードを紹介していったのよね。

中国やアジア諸国からのファンが多かったし、ブラジルから飛んできたファンもいたみたいで、「そんな遠くから!?」と驚いていたわね。

そのときクリスが、あるボードに書かれたメッセージに目を留めて、ひと組のファンを客席からステージに上げたのよ。

あれは、めちゃくちゃびっくりしたわ!

ステージに上げられたのは、お母さんとその息子さんらしき二人組で……

「天国にいる夫のために"Everglow"を演奏してくれますか?と書かれたメッセージに、クリスが気づいたのよね。

そして、ボードのリクエスト通り、クリスが"Everglow"をピアノ弾き語りで歌い始めて、涙を流すお母さんの姿を見て、思わずもらい泣きしそうになったわ……

Everglow(2016年)

7枚目のアルバム"A Head Full of Dreams"に収録されている楽曲。

最初は、クリスがこの二人をステージに上げた理由がよく分からなかったから、なんて幸運なファンだろうかとうらやましく思ったけど、あとから意味がわかって……

クリスのやさしさに本当に感動したわ。

クリスは歌い始める前、この女性に亡くなった夫の名前を尋ねて、夫が「宇宙から見ているよ」と声をかけたのよね。

There’s a light that you give me

When I’m in shadow

There’s a feeling within me, an everglow

("Everglow"より)

「あなたが私にくれた光がそこにある。たとえ私が暗闇の中にいても。私の中には永遠に消えない輝きがあると感じてる」

タイトルでもある"everglow"という言葉は、「永遠の輝き」を意味する造語なのよね。

Aメロの歌詞では、「ダイヤモンド」にたとえられているわ。

Oh they say people come

They say people go

This particular diamond was extra special

「ひとには出会いもあれば、別れもある」けど、あなたとの出会いはまさに「ダイヤモンド」のように、永遠に輝きつづける光だ、と語っているわね。

この楽曲は、クリスの妻であったグウィネス・パルトローがゲスト・ヴォーカルとして参加しているの。

制作当時、クリスとグウィネスはすでに別居状態で、2016年に正式に離婚したのよ。


だから、愛する人と別れてしまった後に、相手との思い出を今でも大切にしているよ、と語る歌だと思っていたわけ。

でも、今日のライブ演奏を聴いて、離別ではなく死別を語ったものだと考えたら、よりしみじみと味わい深い歌だと思えるようになったわね……
聴き手の人生の数だけ、歌の解釈があるということを教えてもらったわ……

◎2023年11月6日◎

【Coldplayの演奏曲目(後半)】


<Act.3 Stars>

Human Heart

People of the Pride

Clocks

Infinity Sign

Something Just Like This

Midnight

My Universe

A Sky Full of Stars


<Act.4 Home>

Sparks

The Astronaut

Fix You

Biutyful

初期の名曲"Yellow"で会場全体が黄色の光に包まれた後は、"Human Heart""People of the Pride"と、最新のアルバムの歌がつづいたわね。
そうそう、"Infinity Sign""My Universe""Biutyful"も最新のアルバムからだし。
後半は今回のツアーのコンセプトがよく伝わる演出で、アルバム"Music of the Spheres"で描かれた架空の宇宙に没入する感覚がすごかったわね。
そのなかでも、独裁国家によって虐げられた人々が立ち上がる歌、"People of the Pride"が格好良かったわ!
"People of the Pride"(2021年)

9枚目のアルバム"Music of the Spheres "(副題 "Vol I. From Earth with Love")に収録されている。

シアトルで行われたライブ映像とジョージ・オーウェル的な世界観のアニメを織り交ぜたミュージックビデオは、ポール・ダグデールが監督を務めた。

この曲がリリースされたとき、イントロの低音の刻みを耳にして、十代の頃に聴いたマリリン・マンソンの"Disposable Teens"と重なったのよね。

え、これホントにコールドプレイの歌!? って思ったわ。

たしかにコールドプレイは、"Viva la Vida"をはじめ、メロディが美しい歌をたくさん生み出してるから、こういうハード・ロックな楽曲は久しぶりに聴いた気がするわね。

それで正直、録音で聴いたときはあまりコールドプレイっぽくない曲だなと思ってたんだけど……

ライブでイントロが流れ出した時、身体の芯まで響くような低音の迫力に、圧倒されたのよ!!
ライブで真価を発揮する曲と言うのかしら……

ああ、コールドプレイはロック・バンドだったんだ、って当たり前のことを、改めて思い出したわね。

歌のメッセージもロックよ!

There’s a turning of the tide

We’re no longer gonna fight for

Some old crook and all his crimes

There’s a sewing up of rags

Into revolution flags

Got to stand up to be counted

Be an anthem for your times

("People of the Pride"より)

「潮目が変わってきた。

俺たちはもう戦うつもりはない、

おいぼれのペテン師とやつの全ての犯罪のために。

ボロ布を縫いあげて革命の旗にするんだ。

数えられるためには立ち上がらなければならない。

時代の讃歌になれ」

あの低音で刻まれる4拍子のリズムが、まるで近づいてくる軍靴の響きのように感じたし、命がけの抵抗を決意した人々の鼓動の音のようにも聴こえたわね。

it’s not easy

And we could all be blown apart

And heaven is the fire escape

You try to cling to in the dark

「それはたやすいことじゃない。

俺たち皆、吹き飛ばされるかもしれない。

天国は逃げ場だ」

独裁者が「戦え」と命令した時、いち兵士が「戦わない」と意思表示することは、文字通り命がけの抵抗だってことを、ここではっきり語っているのよね……
そう、今のロシア国内でも、若者や知識人を中心にウクライナ侵攻に反対する人々はいるけど、公の場でその考えを表明したとたんに逮捕され、政治犯として有罪の判決を受けているわ……

曲調はまったく違うけど、独裁者の視点から描いた"Viva la Vida"と、革命を決起する人々の視点から描いた"People of the Pride"はリンクしている気がするわ。

じつは、"Viva la Vida"のデモ曲として2008年に書かれた"The Man Who Swears"という歌があったの。

その未発表曲を再構成した作品が、この"People of the Pride"なのよ。

There’s a man who swears he’s God

Unbelievers will be shot

なるほど、"The Man Who Swears"というタイトルは、"People of the Pride"でも語られている「自分が神だと言い張る男がいる」というフレーズからきているのね。

Got a lion inside

People of the pride

そう、タイトルで示しているように、2008年の未発表曲では独裁者を主人公にしていたけど、"People of the Pride"「心の内側に獅子を宿した、誇り高き人々」をテーマとしているのよね。

"Viva la Vida""People of the Pride"は、まさに表裏一体の作品と言えるわね。

2022年にクリス自身がインタビューで、"People of the Pride"「ブラック・ライヴズ・マターやゲイ・プライドのデモ行進から生まれた」歌だと答えていて、「きみが老いたロック・スターだろうと、まだ生意気な若造だろうと、地球上の誰もが自分らしく生きる権利があると信じることが許されると思う」と語っているのよ。
クリスはこの歌を通して、「地球上のすべての人々が自分らしく生きる権利がある」ことを一緒に信じよう、とわたしたち聴き手に呼びかけてくれているわね。
こうしたクリスの思いは、今日のライブの終盤でもはっきりと語られていたわね。
クリスが「みんな、10秒間だけ静かにして、東京から愛を送ろう」とわたしたちに呼びかけて、手でハートをつくってみせたのよね。
クリスは「どこに愛を送るかは、それぞれの自由だ」と語って、ガザとイスラエル、ウクライナとロシア、アルメニアとアゼルバイジャンなど、いま対立している国や地域の名前をあげていったわ。
パレスチナとイスラエルのどちらを支持するかによって、すでに世界中で分断が起こっているけど……

どちらか片方ではなく、両方の名前をあげたところが、クリスらしいと思うの。

クリスの呼びかけに応じて、ざわざわしていた会場が静かになっていき、観客全員が手でハートをつくって、目を閉じて愛を送ったのよね……
そう、年齢も性別も国籍も多様な5万人の人々が、あの10秒間だけは心を合わせて、静かに愛をささげていたわね……
なんと表現すればいいのかしら、あれはとても不思議な瞬間だったわね……
わたしはあれは、一種の礼拝に近いものだと感じたわ。

クリスが言う「愛を送る」こととは、言い換えれば「祈る」ことなのよ。

平和を願う祈りであったり、戦火で犠牲となった人々の安息を願う祈りであったり……

クリスは、2019年に『タイムズ』紙のインタビューで「神とは愛だと思う」と語っているのよ。

そしてその「愛」は、「あらゆる存在の中に、たとえきみが嫌っている相手の中にさえある、魔法なんだ」と説明しているの。


クリス自身はクリスチャンの家庭で育っているけど、自分の言う「神」が「キリスト教の神」であるとは、決して言わないのよね。

たしかに、「祈る」と言ってしまうと、何を祈るかだけでなく、誰に祈るかという問題がでてくるわ。

だから誰もが受け入れやすいように、クリスはあえて「愛を送る」という言葉を使ったのかもしれないわね。

会場の全員で愛を送った後、クリスはBTSのメンバーが兵役に就いていることを語ってから、BTSののジンのソロ曲である"The Astronaut"を歌ったのよね。

わたし、この歌は知らなかったのだけど、カバー曲だったのね!?

しっとりしたアコースティックギターの弾き語りに、キラキラした光の粒のようなメロディが聴こえてきて、すぐに好きになったわ!

"The Astronaut"はBTSのジンのソロデビュー曲として、2022年にリリースされたの。

この曲はコールドプレイとジンが共作した作品でね、コールドプレイのメンバー全員の名前が作曲者と演奏者としてクレジットされているわ。

なるほど、コールドプレイがジンに楽曲提供した歌を、今回、セルフカバーしたということなのね。
そう、ジンは韓国語の歌詞で歌っているけど、クリスは英語の歌詞でカバーしていたわね。
今、BTSのメンバー全員が兵役に就いているという事実も、クリスの説明で初めて知って、とても驚いたわ。
韓国では、約2年間の兵役義務があるからね。

ジンは2022年12月から兵役に就いているそうで、メンバー全員が兵役義務を終えて、BTSが活動再開できるのは2025年あたりになるらしいわ。

今日、クリスがわたしたちに語りかけてくれたのは、本当に大切なことだったわ。

「抑圧や占領やテロリズムや虐殺なんてものを信じるのではなく、互いに愛し合うこと、互いにやさしくすること、互いに支え合うことを信じたい」ものよね。

残念だけど、愛で戦争が終わったためしはないわ……

対話で紛争解決できないから、武力衝突しているわけなんだから。

それはそうだけど、無力だと分かっていても、愛を言い続けるのは大事なことなのよ。

言い続けないと、暴力が正義だと認めることになっちゃうもの。

たしかに、愛を信じるのは大切かもしれないわね……

コールドプレイの皆から分けてもらった愛をエネルギーにして、明日も仕事に行くわよ!

すっごく行きたくないけど……

明日も仕事だから、早く寝なきゃ……

最後にコールドプレイとBTSのコラボ曲"My Universe"を聴いて終わりにしましょう。

My Universe(2021年)

BTSとコラボした楽曲で、9枚目のアルバム"Music of the Spheres"に収録されている。アメリカのビルボードチャート初登場1位獲得。

2021年にMTVの音楽番組でBTSがコールドプレイの"Fix You"を公式にカバーしたことがきっかけで、両グループの交流に発展した。

↑ライブTシャツ、プログラム、入場者全員配布の「LOVE」缶バッジ
2023/11/23
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登場人物紹介

南津海(なつみ)ちゃん


社会科研究部の部員。好奇心旺盛。

寿太郎(じゅたろう)くん


社会科研究部の部員。南津海ちゃんとは幼なじみ。

せとか先生


社会科研究部の顧問。専門は世界史。

みはや先生


専門は音楽。せとか先生と仲良し。

考えるカエル


『バイブル・スタディ・コーヒー』から出張

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