第4話 ソビエト映画『チェブラーシカ』①(レオニード・シュワルツマンを偲んで)
文字数 2,865文字
2022年7月2日に、レオニード・シュワルツマンさんが亡くなりました。
レオニード・シュワルツマンさんは、ソビエト映画「チェブラーシカ」シリーズの美術監督です。
写真:Владимир Родионов / РИА Новостиより
レオニード・アロノヴィチ・シュワルツマンは、1920年にベラルーシのミンスクで生まれました。彼の出生時の本名は「イスラエル」。
そう、彼の両親はユダヤ人で、家庭ではイディッシュ語を話していたそうです。
イディッシュ語とは、かつてドイツ語圏や東欧に暮らしていたユダヤ人の主要言語でした。20世紀の初めには、約1100万人ものイディッシュ語話者がいたそうです。
第二次世界大戦中に多くのユダヤ人が殺されたせいで、イディッシュ語話者も激減したんですよね。
そう、ナチス・ドイツによって殺害された約600万人のユダヤ人のうち、85パーセントがイディッシュ語を話す人々だったそうよ。2021年現在では、世界のイディッシュ語話者は約60万人と推定されているわ。
ええ、600万人!?じゃあ、レオニードと家族のいのちも危ういですよね!?
レオニードの父親はレンガ工場で会計士として働いていましたが、彼が13歳のときに交通事故で亡くなりました。
すでに働いていた姉を頼って、一家はレニングラードへ移住したそうよ。
レニングラード……現在のサンクトペテルブルクですね。
1941年にレオニードはロシア美術アカデミー(現・サンクトペテルブルク美術大学)を卒業し、軍隊に徴兵されました。
1941年にドイツ軍がソビエトに侵攻し、レニングラードも包囲されたんですよね。
そうなの、レオニードの母親はレニングラード包囲戦のせいで、1942年に餓死したそうよ。
レニングラードの包囲は1941年から1944年まで872日間もつづいたんだ。包囲戦の犠牲者は150万人と推定されていて、歴史上最も長く、最も犠牲の多い包囲と言われてるよ。
1945年、レオニードはモスクワの全ソ国立映画大学(現・全ロシア映画大学)に入学します。
ソユーズムリトフィルムで働きながら、1951年に学位を取得して卒業し、レオニードのアニメーターとしてのキャリアが始まりました。
レフ・アタマーノフ監督の映画『雪の女王』(1957年)
レオニードは、レフ・アタマーノフ監督の『雪の女王』(1957年)の美術監督を務めました。
この作品はソビエトアニメの傑作として名高く、宮崎駿監督が影響を受けた映画として知られています。
1953年にスターリンが死去して、いわゆる「雪解け」の時代が始まったんですね。
ロマン・カチャーノフ監督の映画『ミトン』(1967年)
アタマーノフ監督のもとで経験を積んできた、ロマン・カチャーノフ監督とレオニードはタッグを組み、映画『ミトン』(1967年)の美術監督を務め、大きな成功をおさめました。
ロマン・カチャーノフ監督の指揮と美術監督を務めるレオニードのコンビが、「チェブラーシカ」シリーズへとつながったんですね!
そう、ついに「チェブラーシカ」シリーズの第1作である『ワニのゲーナ』(1969年)が発表されました。
パペットアニメ映画『ワニのゲーナ』(1969年)ロマン・カチャーノフ監督、レオニード・シュワルツマン美術監督
ワニのゲーナは動物園で「ワニ」として働いています。
毎晩、孤独な部屋に帰りますが、ひとりでチェスをするのにも飽きて、友達募集の広告を出しました。
オレンジの木箱から見つかった正体不明の動物、チェブラーシカがゲーナのもとを訪ねます。
映画『ワニのゲーナ』の原作は、エドゥアルド・ウスペンスキーの児童文学『ワニのゲーナとその仲間たち』(1966年)です。
あれ??この子グマかタヌキみたいなのが、本当にチェブラーシカなんですか?
この原作の挿絵は、モスクワ生まれのソビエトの画家、Валерий Алфеевский(ヴァレリー・アルフィーフスキー)が描きました。
原作のチェブは、ぼくらがよく知るビジュアルとはまったく違っていたんですね。
大きな耳と真ん丸の目、ふさふさの茶色い毛という標準的なチェブラーシカのイメージは、レオニード・シュワルツマンがデザインしたもので、1969年の映画で初めて登場したものなのです。
レオニードはチェブラーシカのイメージの生みの親と言えるんですね!
映画『ワニのゲーナ』(1969年)の続編として、『チェブラーシカ』(1971年)、『シャパクリャーク』(1974年)、『チェブラーシカ学校へ行く』(1983年)が発表されました。
レオニードがデザインしたチェブラーシカは、いまや世界中で愛されるキャラクターとなってますね!
近年、日本でも公式ライセンスのチェブラーシカ映画が制作されましたよね。
そうそう、工藤進監督のテレビアニメ『チェブラーシカ あれれ?』(2009年)が放映されたのよ。
日本で制作されたアニメも、レオニード・シュワルツマンが生み出したチェブラーシカのデザインを引き継いでいますね。
映画『チェブラーシカ 動物園へ行く』(2016年)より
テレビシリーズ放映後、中村誠監督のパペットアニメ映画『チェブラーシカ』(2010年)、『チェブラーシカ 動物園へ行く』(2016年)も公開されました。
チェブがこれほど長く親しまれるキャラクターとなったのは、レオニードのデザインのおかげですね!
2002年、レオニードは82歳でロシア連邦人民芸術家の称号を授与されたの。
2016年には「子供と若者のための文章と芸術のための大統領賞」を授与され、2020年にアレクサンドル・ネフスキー勲章まで授与されたそうよ。
そして今年7月2日に、101歳で亡くなられたんですね。
7月5日に、モスクワにあるノヴァヤ・スロボダのミラ・リキヤの大主教奇蹟者聖ニコライ教会で、レオニード・シュワルツマンの葬儀が行われたそうです。
この教会は16世紀の創建なんだけど、革命後の反宗教政策で1934年に閉鎖され、モダンな外観に建て直されて、1945年から2017年までソユーズムリトフィルムのスタジオとして使われていたのよ!
ロシア正教の教会として正式に返還されたのは、2018年のことなの。
ソユーズムリトフィルム!『雪の女王』も『ミトン』も『チェブラーシカ』も、その場所で作られたわけですね!!
そう、レオニードはこのスタジオで、70本の映画の制作に参加しました。
彼が長年勤めたゆかりの場所で、天国へ見送られたのでした。
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