第18話 台湾に行きたいわん!①(台北101&故宮博物院)
文字数 3,923文字
このあいだ、スカイツリータウンで台湾祭やってたね!天気がよくて、にぎわってた!
押上駅のスカイツリータウン入口前でも、台湾観光PRのどでかい看板があったよ。
ああ、あの巨大看板に「ただいま! 台湾」って書いてあったね!
「ただいま」って言いたくなるぐらい、リピーターの旅行者が多いんだな。
というわけで、今日はGWに行ってきた台湾の話をするわね!
久しぶりにパスポートを見たら、最後の出入国スタンプの日付が2019年5月でね……
今回の空の旅は往復、台湾のエバー航空で飛んだの。
これはちょうど、桃園国際空港に着いたところ!
3時間半くらいかしらね。こんなに短いフライトなのに、機内食が出てきておどろいたわ!
台湾との時差は1時間で、日本の方が時間が進んでいるんですね。
機内アナウンスがとても親切で、同じ内容を英語、中国語、日本語で話してくれたの。おかげで、中国語で「ハンコン」と言えば、エアライン(航空会社)の意味だって、耳で覚えたわよ。
新型コロナウィルス対策の水際措置はどうなったんですか?
ワクチン接種証明書や陰性証明書なしで入国できるようになったのよ。入国後の隔離やPCR検査なども必要ないわ。
コロナ前みたく、自由に行き来できるようになったんですね!
今回の旅でもう一つ、真っ先に覚えた言葉があってね。ホテルのことを「酒店」と言うのよ!
そう、今回泊まったホテルが台北君悦酒店という名前だったの。
同じ漢字を使っていても、日本語とは違う意味になるって面白いですね!
台北君悦酒店の目の前にそびえ立っていたのが台北のランドマーク、台北101!!
わあ、ライトアップされた頂上がキャンドルみたい!竹の形のようにも見えますね!
台北101(タイペイイーリンイー)は高さ509メートル、101階建ての台湾で最も高いビルなの。
2004年の完成当時は、世界一高いビルだったんですね!
2007年にドバイのブルジュ・ハリーファが完成して、高さを抜かれちゃったんだって。
あら、ブルジュ・ハリーファも実物を見たことあるわよ!
台北101は地階にフードコート、下層階にショッピングモール、中層階から高層階にオフィス、超高層階にレストランと展望台があるんですね。
フードコートをぐるぐるまわって、牡蠣オムレツや豆花などを食べてみたわ。
台北101のスーパーは、成城石井のような品揃えのスーパーでね。見慣れない果物のカットを買ってみて、ホテルで夜食に食べたのよ。
台湾パイナップルは、とびっきり甘くて、芯まで食べられるから大好きです!
おお、台北101にはニューヨーク・タイムズの「世界十大レストラン」に選ばれた鼎泰豐(ディンタイフォン)があるじゃないですか!?
鼎泰豐は超人気店でね、お腹をすかせて1時間半待ったわよ!
かにみそ小籠包がうまみたっぷりでおいしかったわ!塩味だけのシンプルな鶏湯も絶品で!
これも日本とは違う意味で使われている言葉で、中国語で「湯」はスープを指すみたいなの!
ラーメンのスープでよく見かける白湯(パイタン)は、白いスープって意味だったんですね。
「鴨血湯」と言って、鴨の血を固めたレバーのようなものが入ったスープをフードコートで食べたわよ。
ああ、ドイツやイギリスでも血のソーセージを食べますよね?
ドイツではブルートヴルスト、イギリスではブラックプディングと呼ばれているわね。
中国語では「猪」はイノシシではなく、豚のことなの。「猪」という漢字を見て、最初はジビエ料理のことだと思ってたわ。
台北101は東京スカイツリーと友好を結んでいるんですね!
そうそう、5月10日に友好10周年を記念してスカイツリーが台湾国旗色にライトアップされたのよ!
スカイツリーでやってた「台湾祭」は、台北101とスカイツリーの友好10周年をお祝いするイベントだったんですね!
そうね、明と清の時代に皇宮として使われていた紫禁城が、王朝滅亡後に「故宮」と呼ばれるようになったの。
ベルナルド・ベルトルッチ監督の映画『ラストエンペラー』のテーマ、名曲ですよね!あの坂本龍一さんが作曲したやつ!
1924年に紫禁城から清朝最後の皇帝溥儀が追放されます。紫禁城に残された歴代宮廷のコレクションが一般公開されることになり、1925年10月10日に故宮博物院が設立されました。
1931年に満州事変が起こって、故宮博物院の宝物を守るためのさすらいの旅が始まったのよ……
故宮博物院の所蔵品の疎開
1931年 満州事変1933年 北京から上海へ疎開
1937年 盧溝橋事件、日中戦争勃発
三つのルートで疎開 ①南京→峨嵋、②南京→楽山、③南京→巴県
1945年 日本が無条件降伏
1946年 巴県・峨嵋・楽山から重慶へ戻る
1947年 重慶から南京へ戻る
1948年 国共内戦で情勢が混乱
南京から台湾へ疎開
1965年 台北故宮博物院が一般公開
戦火を逃れるために、海を渡って台湾まで運ばれてきたんですね!?
疎開に疎開を重ねて、最後まであきらめずに所蔵品を守りきったんだ!
約60万点もの文物が台湾に運ばれたそうなの。貴重な文化遺産を守るために尽力した当時の人々の熱意に感動したわね!
わあ、かわいい!!背中からお酒を入れて、牛さんの口から注ぐ仕組みなんですね!
戦国時代と言えば、原泰久の漫画『キングダム』ですよね。古代の英雄たちは、こんなゆかいな酒器でお酒を飲んでいたのかぁ……
こわ、額に第三の目がある! すっごい牙!邪神の像ですか!?
大黒天は、もともとヒンドゥー教のシヴァ神の化身なのよ。シヴァ神の異名のひとつである「マハーカーラ」は大いなる暗黒の神を意味するの。
恐ろしい顔を持った護法神(仏法を守護する神々)像は、チベット仏教芸術の特徴なのだそうよ。
7世紀前後にインドからチベットに仏教が伝わり、現地の文化と融合してチベット仏教に発展しました。15世紀以降、チベット仏教が中国内地に伝えられて、中国の様式も採り入れたチベット仏教芸術が花開いたそうです。
中国やチベットの仏教では、大黒天は福の神じゃないんですね。
大黒天は八大護法の一柱となって、遊牧商人たちが天幕の中に大黒天の像を置いたことから「天幕の守護神」とも呼ばれたそうよ。
日本に伝わった大黒天は、『古事記』の大国主命(おおくにぬしのみこと)と習合したから、大袋をかついで打ち出の小槌を持った福々しい神さまになったんですね。
これも、同じ漢字を使っていて、日本とは違う意味になるって例ですね!
日本は大昔から中国文化の影響をとても受けていて、同じ漢字文化圏で仏教受容国なんだけど、よく見ると違いがいっぱいあるのよね。
玉髄(カルセドニー)の一種である碧玉(ジャスパー)で作られているそうよ!
「お師匠さま、すごく良い石が採れました!」「なになに、この色……うーむ、よし! 角煮を彫ろう!」
とはならないよね、ふつう。
皇帝に献上するお品だったら、ブレスレットとかネックレスとか、ジュエリーに加工するんじゃないの?
ほら見て、これは清の時代に翡翠(ジェダイ)で作られたバングルなの。
「肉形石」はふつうの感性では作ることができない……つまり、芸術ってことよ!
まったく実用的ではない、無駄なものに時間とお金をかけることができるって、じつはすごく贅沢なことなのかもしれないですね。
そうそう、この「肉形石」は、清王朝の文化の成熟度を教えてくれるわね!
「肉形石」は皇帝の寝宮である養心殿に飾られていたそうです。雍正帝や乾隆帝が寝る前に眺めて楽しんでいたのかなぁ……
故宮博物院のコレクションでは、この「肉形石」と並んで「翠玉白菜」が有名だそうですけど……
残念ながら、「翠玉白菜」は見られなかったのよ!3月14日から8月6日まで、故宮博物院の南部院に展示されているらしいわ。
故宮博物院の分館である南部院は嘉義県にあって、台北市内からは高速鉄道で片道1時間半かかるみたいなの。
また行きましょう、台湾!「翆玉白菜」を見るために!!
コレクションを鑑賞した後は、故宮博物院にある「至徳園」という庭園を散策したの。この子は、園内で出会った鳥さん!
うーん、ツートンカラーを見るに、アマサギっぽいですけど……
参考:国立故宮博物院監修『新故宮との出会い』(編:林美珠、翻訳:小栗山幸枝・遠藤寿美子)
2023/06/07
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