第9話 読書感想文にどうぞ! 『111本の木』

文字数 5,091文字

みんな、夏休みの読書感想文はもう書いたかな?


 課題図書のなかから、

『111本の木』という絵本を紹介するね!

第68回青少年読書感想文全国コンクール 

小学校中学年の部(3,4年生) 課題図書


 『111本の木』

原著:111 Trees : How One Village Celebrates the Birth of Every Girl

文:リナ・シン、絵:マリアンヌ・フェラー、光村教育図書、2021年

【あらすじ】

これは、インドの小さな村に住むスンダル・パリワルさんの物語です。


その村では昔から、男の子が生まれると盛大にお祝いしますが、女の子が生まれるとがっかりして静まりかえっていました。

女の子が結婚するとき、両親は結婚相手の家族に渡すために、たくさんのお金を用意しなければならないからです。


大理石の採掘のせいで、村はどんどん乾いて、荒れ地になっていきました。

村長に選ばれたスンダルさんは、豊かな自然を取り戻さなければと、決意しました。


翌年、スンダルさんの娘が病気で亡くなりました。悲しんだスンダルさんは、娘の思い出のために若木を植えました。

それからスンダルさんは、女の子も男の子と同じように大切な存在であることを分かってもらおうと、活動を始めました。


スンダルさんは、村に女の子が生まれるたびに、111本の木を植えてお祝いしました。

女の子がいるすべての家庭に、娘を学校に行かせること、18歳になるまで結婚させないよう説得しました。

村の人たちに反対されても、スンダルさんはあきらめませんでした。


そして現在、村には25万本以上の木があり、食料と水が十分にあります。

女の子たちは学校で学び、村の女性たちは生計を立てることができるようになりました。

この絵本の主人公、

シャム・スンダル・パリワルさんは実在の人物です!

インドのラジャスタン州にあるピプラントリ村で生まれ育ったんですね。

シャム・スンダル・パリワルさん

"Piplantri: The Indian village where girls rule". BBC News. Retrieved 9 January 2022.

インドの英字新聞、The New Indian Expressの記事によれば、

ピプラントリ村は、大理石の採掘のせいで一時は砂漠のようになっていましたが、地元の人たちのがんばりで、今では緑のオアシスに変身しました。

スンダルさんの娘キランちゃんは、16歳のときに脱水症状で亡くなったんですね。

インドでは何世紀も前から、多くの家庭で女の子は家計の負担とみなされ、親を経済的に支える男の子に比べて軽んじられていました。

数多くの女の子が、生まれてすぐに、世話をしてもらえなかったり、じゅうぶんな栄養が与えられなかったりしたせいで亡くなっていました。誕生することすらできなかった女の子も大勢いました。医学の発達によって、生まれる前に性別がわかるようになったため、生まれてくるのが女の子だとわかると、そこで妊娠を中絶してしまうことがよくあるのです。

(『111本の木』より)

もし女の人がいなかったら、子どもだって生まれないのに、どうして女の子を大事にできないの!?

スンダルさんは娘さんを大切にしていたけど、

十分な教育を受けられない女の子や、子どものうちに結婚させられる女の子がたくさんいました。


想像してみて!

あなたがまだ中学生なのに、学校をやめて結婚しなさいと親から言われるの。

なぜ親たちは、自分の娘を学校に行かせず、のぞまない結婚をさせるんですか?

歴史的に、結婚とは財産の交換を意味していました。


結婚によって、メンバーを失った家族と新しいメンバーを引き受ける家族がいます。

この新しいメンバーの価値をどう考えるかによって、結婚時の財産の移動の方向が決まるのです。

インドでは、年若い花嫁の方が価値が高いとみなされ、持参金が少なくてすむと信じられています。


女の子に十分な教育を受けさせると、その間に婚期が遅れるため、家族はより高い持参金を支払わなければいけなくなるの。

だから貧しい家庭ほど、娘に学校に行かせず、早く結婚させるんですね。

そこで村のリーダーだったスンダルさんは、

女の子のエンパワーメントと植林を結びつけた画期的な計画を始めました。

スンダルさんは、村人たちに女の子が生まれるたびに111本の木を植えるよう説得しました。


女の子が生まれた両親には、その子を養育し、教育を与え、18歳になるまで結婚させないことを約束する文書にサインさせました。


さらに、生まれた女の子の名前で3万ルピーの定期預金口座を開設し、18歳になったら教育費や結婚の費用として利用できるようにしました。

女の子を大切にすることを約束をする文書は、スンダルさんの娘さんの名前をとって、キラン・ニディと呼ばれています。
女の子が生まれるたびに植えた木々は、だれがお世話しているんですか?
生まれた女の子の名前で植樹された木は、女の子がお母さんと一緒にお世話しています。

人口5,500人のピプラントリ村では、毎年約60人の女の子が誕生します。

村の人たちは一年中、女の子が生まれるたびに111本の木を植えています。


女の子たちは、自分の名前で植樹された木を「自分の兄弟」だと考えます。


毎年8月のラクシャ・バンダン祭では、女の子たちは「兄弟の木」にラキと呼ばれる聖なるひもを結んでお祝いします。

「兄弟の木」にラキを結ぶ女の子たち

"Piplantri plants 111 trees for birth of every girl child". Village Square, Feb 20, 2021.

ヒンドゥー教の伝統的なラクシャ・バンダン祭では、姉妹が兄弟の右手首にラキと呼ばれるブレスレットを結びつけて、兄弟姉妹の愛ときずなをたしかめるの。


血のつながった兄弟でなくても、ラキを結ばれることで兄弟とみなされるそうです。

わあ、『111本の木』の表紙絵は、このお祭りを描いたものだったんですね!
ピプラントリ村では、女の子の「兄弟の木」たちが成長するにつれ、

地下水位が上昇して水不足が改善され、女性の地位が向上しました。

サンゲータさんは、12年前に結婚してピプラントリ村に引っ越してきました。

生まれ故郷の村では、女性たちは古い習慣に従ってグーンガットとよばれるベールで顔を隠していましたが、ピプラントリでは顔を隠す必要がありません


サンゲータさんは、少女時代にはほとんど教育を受けることができませんでしたが、ピプラントリに引っ越してから、通信教育で大学を卒業し、車を運転し、仕事を始めました。


娘ヤナちゃんの名前で植樹をしたサンゲータさんは、娘は結婚をあとからにして、まず勉強をしてほしいと願っています。


"Piplantri: The Indian village where girls rule". BBC News. Retrieved 9 January 2022.より

スンダルさんの取り組みが、ピプラントリ村だけでなくインド全体に広がってほしいです!
2018年、州政府は「ピプラントリ・モデル」について教育する、トレーニングセンターを設立しました。


トレーニングセンターには、国内の他の場所でピプラントリの集水・植林モデルを実現したいと願う、たくさんの人たちが集まっています。

技術者や公務員など、毎日50〜60人の人びとがピプラントリ村を訪れ、トレーニングセンターで学んでいます。

スンダルさんは社会貢献が認められ、2021年にインド政府からパドマ・シュリー勲章を授与されました。

パドマ・シュリー勲章は、国民栄誉賞にあたります。

シャム・スンダル・パリワルさんは、ピプラントリ村を生まれかわらせたエコフェミニストとして、現在も活動をつづけており、世界じゅうのエコフェミニズムの活動をする人たちと手をたずさえています。エコフェミニズムとは、男性と女性の権利と機会の平等をめざすフェミニズムの考え方と、人間と自然がうまく共存していくことをめざすエコロジーの考え方を結びつけて活動する人たちのことです。

(『111本の木』より)

エコフェミニストって言葉、はじめて聞きました。

エコロジーとフェミニズムは違う考え方だけど、反公害運動や反核平和運動など、かさなる取り組みもあるの。

1789年のフランス革命で「人は生まれつき自由で平等」とする『フランス人権宣言』が採択されました。

でも、ここでいう「人」とは男性だけを指していて、女性はふくまれてなかったの。

ええー、わたしだって「人」ですよ!?

フランス革命の影響を受け、メアリ・ウルストンクラフトが『女性の権利の擁護』(1792年)を書いて、ヨーロッパでベストセラーになります。


こうして、女性が教育を受ける権利、財産を持つ権利、政治に参加する権利、労働する権利などを求めて、フェミニズム運動が始まりました。

メアリさんは『少女の教育についての論考』(1787年)を書いて、姉妹とともに女学校を設立したけど、うまくいかなかったの。

スンダルさんは、すべての女の子が学校に行けるよう取り組みました。

すべてのこどもが平等に教育を受ける権利は、フェミニズムが最初のころからめざしていた目標だったんですね。

フェミニズムはひと言で言うと、社会的公正をめざすものです。


自由と平等をめざす場所がどこなのか、政治や経済なのか、家庭内なのかで考え方の違いがあるの。

その目標達成の進ちょく状況は、国や地域によって違います。

もしスンダルさんの活動が植林だけだったら、水不足は解消したと思うけど、女の子を大切にしない習慣はそのままだったんですね。
エコロジー運動には、自然環境の価値をどう考えるかによって、

「保全」なのか、「保存」なのか、めざしているゴールの違いがあります。


「保全」とは、人が生きやすい環境を維持するために、自然を守ることです。

ピプラントリ村は、大理石採掘のせいで木も草も生えない荒れ地になって、水不足に苦しんでいました。

スンダルさんは、みんなのいのちと健康を守るために、木を植えて地下水保全に取り組んだんですね。

「保存」とは、自然環境それ自体に固有の価値があると考えて、自然を守る活動です。

人の手が入らない、手つかずの原生自然を守ることをめざしています。

世界自然遺産に登録された地域で、観光客だけじゃなく、地元の人たちの伝統的な狩猟や漁まで禁止されてしまうのは、そもそも人のために自然を守る活動ではないからなんですね。

エコフェミニズムは自然環境保全と社会的公正を両立させて、環境的公正を目指すものです。

スンダルさんは、地下水保全と女の子を大切にすること、どっちも取り組んだからエコフェミニストとよばれるんですね。

スンダルさんの取り組みは、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に貢献しています。


目標4「教育」

目標5「ジェンダー平等」

目標6「水・衛生」

目標15「陸上資源」

SDGsとは、2015年の国連サミットで全ての加盟国が合意した世界共通の目標です。

17のゴールと169のターゲットからなり、2030年までに達成することをめざしています。

みんなも、絵本『111本の木』を図書館で借りて、スンダルさんの物語を読んでみてね!

2022/08/16 書き下ろし


参考

"Padma awardee Shyam Sunder Paliwal turned Rajasthan village into oasis". Hindustan Times. 26

"Girl empowerment, afforestation tied in unbreakable bond". The New Indian Express. Retrieved 22 May 2022.

"Piplantri: The Indian village where girls rule". BBC News. Retrieved 9 January 2022.

"Piplantri plants 111 trees for birth of every girl child". Village Square, Feb 20, 2021.


エコフェミニズムの流れを示したチャート図は、イネストラ・キングによるエコフェミニズム分類と鬼頭秀一氏によるエコロジー分類を参考にして、筆者が作成しました。


イラストはAdobe Stockからヨモヨリさま、REIさまの作品を使用させていただきました。

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登場人物紹介

南津海(なつみ)ちゃん


社会科研究部の部員。好奇心旺盛。

寿太郎(じゅたろう)くん


社会科研究部の部員。南津海ちゃんとは幼なじみ。

せとか先生


社会科研究部の顧問。専門は世界史。

みはや先生


専門は音楽。せとか先生と仲良し。

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