第13話 巨大猫の民話①(魔法の声をもつバユン猫)
文字数 3,292文字
Christmas Cat Illuminates Lækjartorg Square, Tue 24 Nov 2020, Iceland Monitor.
今回のお話は、ロシア民話に登場するКот Баюн(コット・バユン)です。
ロシア語でкот(コット)は「猫」のこと、特に「牡猫」を意味します。
このバユン猫も、恐ろしい人食いの巨大な猫なのです!!
再話:アレクセイ・ニコラエヴィチ・トルストイ
絵:コンスタンティン・ワシリエヴィチ・クズネツォフ
出版:1948年、ソビエト連邦教育省児童文学出版局
≪Пойди туда — не знаю куда, принеси то — не знаю что≫
(あそこへ行け— どこか分からない、あれを持ってこい— 何か分からない)
の中に、バユン猫が登場します。
さっそく、コンスタンティン・ワシリエヴィチ・クズネツォフ(1886-1943)が描いた素晴らしい挿絵を見てみましょう!
第二次世界大戦中の1943年に亡くなりましたが、彼は生涯で200作以上のロシアの民話やおとぎ話の絵を描き、その多くは死後に再版されています。
三日月の明かりの下で、バユン猫が眼光鋭くこちらをにらみつけていますね。
バユン猫は森に住んでいて、魔法の声で旅人を眠らせ、かぎ爪で殺して食べてしまうと言われています。
魔法の声で人を惑わせる怪物と言えば、ギリシャ神話のセイレーンと似ていますね。
スラブ語の語源辞典によると、「баюн」(バユン)という名前は「говорун(おしゃべりな人)、рассказчик(語り部)、краснобай(口の上手い人)」という意味があるのだそうです。
バユン猫は、人食い怪猫として恐れられる一方で、その魔法の声にはあらゆる病気から救われる治癒の力があるとされていました。
そのため、おとぎ話の中では王が主人公にバユン猫を捕まえてくるよう命じ、命がけの戦いに行くというストーリーが定番なのです。
余談ですが、民話やおとぎ話に登場する王さまって、無茶ぶりがひどいと言いますか、危険かつ困難な任務を与えて、主人公を平気で死地に送り出しますよね。
こちらがおとぎ話の主人公、王に仕える射手アンドレイです。
よく日焼けした、たくましい青年として描かれていますね。
射手アンドレイの手にのっている山鳩が、ヒロインです(え!?)
なんとこの山鳩さん、マリアという名前の美しい女性の姿に変身し、アンドレイと結ばれて、魔法の力で夫を手助けします。
バユン猫は魔女バーバ・ヤガーの友人または手下とされています。
鶏の足の上に立つ小屋に住んでいる魔女バーバ・ヤガーと言えば、ムソルグスキーの名曲『展覧会の絵』のおかげで日本でもよく知られていますね。
魔女と巨大な怪猫がセットで語られるところは、女巨人グリーラのペットであるユール猫のお話と似ています。
それでは、おとぎ話のあらすじをダイジェストでご紹介しますね。
≪Пойди туда — не знаю куда, принеси то — не знаю что≫
(あそこへ行け— どこか分からない、あれを持ってこい— 何か分からない)
【あらすじ】
王に仕える忠実な射手であるアンドレイは、ある日、狩りをしていると、人間の言葉を話す山鳩を見つけ、家へ連れて帰りました。
その山鳩は美しい人間の女性の姿に変わり、アンドレイと結婚しました。
アンドレイの妻となったマリアは、素晴らしい絨毯を織り上げて、家計を助けました。
しかし、マリアの美しさに魅了された王は、アンドレイから妻を奪い取るため、危険で困難な任務を与えて、彼を殺そうと画策します。
王はアンドレイにバユン猫を手に入れるよう命じ、そうでなければ処刑すると言いました。
マリアは鍛冶屋に行き、鉄の兜(とんがり帽子)を三つ、鉄の火ばさみ、鉄の棒と銅の棒と錫の棒をつくらせて、夫に持たせました。
バユン猫は強い眠気を誘う魔法を使うため、決して眠ってはいけない、眠っている間に殺されるとマリアは夫に助言します。
アンドレイは遠い異国の地に旅しました。
目的の場所に近づくと、歩いているうちに急な眠気がやってきますが、なんとか抜け出し、高い柱の上にいるバユン猫を見つけました。
怪猫のかぎ爪がアンドレイを襲いました。一つ目の兜を壊され、二つ目の兜も壊されますが、アンドレイは兜を三重にかぶっていたので命が助かりました。
アンドレイは鉄の火ばさみで怪猫をつかみ、鉄の棒で殴りました。怪猫は恐ろしい力で鉄の棒を砕き、胴の棒も砕きましたが、アンドレイには錫の棒がまだ残っていました。
怪猫は魔法の声でおとぎ話を語り始めましたが、アンドレイは惑わされませんでした。
壮絶な戦いの末、ついにバユン猫は負けを認めて、アンドレイは怪猫を故郷の国へ連れて帰り、宮殿に行って王に見せたのでした。
ちなみに、王が美しい人妻を奪うために、夫をわざと戦死させようとする筋書きは、旧約聖書のダビデ王の逸話を下敷きにしているではないかと思います。
ダビデ王が、忠実な軍人ウリヤの妻バト・シェバにひとめぼれし、ウリヤをペリシテ人との戦争の最前線に送り出して、戦死させたという有名なエピソードです。
このおとぎ話にはまだ続きがあり、見事に任務を果たして帰還したアンドレイをいまいましく思う王は、遂行するのが全く不可能な任務を命じます。
それが物語のタイトルである「どこへ行けばいいか分からず、何を持ってくればいいか分からない」というやつです。
事実上の追放と言える命令ですよね。
ここまでくると、いくら忠実なアンドレイでも王の真意に気づいてしまい、家に帰って妻の前で男泣きします。
それでも、明るく賢明な妻マリアはあきらめたりせず、夫婦二人で幸せに暮らすために、魔法の力を使って乗り越えていくのです。
その後のあらすじは省略しますが、最終的にはハッピーエンドとなります。
王にとっては「ざまぁ」エンドですね。
余談の余談ですが、近年の日本のライトノベルでは「理不尽な追放からの成り上がりを果たし、自分を追放した相手を見返す」というテーマがとても人気がありますよね。
こういう因果応報譚というのは、昔ながらの民話やおとぎ話に非常に多いのです。
「追放ざまぁ系」のライトノベルというのは、類話(筋書きが共通する話)が多く見られますし、現代の民話(おとぎ話)と言えるかもしれませんね。
≪Пойди туда — не знаю куда, принеси то — не знаю что≫(あそこへ行け— どこか分からない、あれを持ってこい— 何か分からない)の話題に戻ると、このおとぎ話はロシア、ウクライナ、ベラルーシで類話が伝わっているそうです。
ロシア民話によく登場する主人公、イワン王子がバユン猫と戦って、生け捕りに成功するバージョンのおとぎ話もあります。
このイワン王子は、火の鳥を捕まえたり、金のリンゴを見つけたり、さらわれた美しい姫君を救出したりする、あのイワン王子と同一人物です。
誰からも期待されない第三王子で、兄たちから虐げられている不憫属性キャラが共感をよぶのか、彼を主人公とする英雄冒険譚は多いですね。
ストラヴィンスキーが『イワン王子と火の鳥と灰色狼』などを基にして、バレエ音楽『火の鳥』を作曲しています。
次回へつづきます!