功利主義(哲学的急進主義の道)
文字数 4,305文字
17世紀から18世紀の哲学者たちは、社会(国家)が成立する時に、皆で合意があったと考えました。この合意のことを「社会契約」と呼びます。
「社会契約説」ですね!ロック、ホッブズ、ルソーの名前を授業で習いました。
しかし植民地時代になると、社会契約説の説得力がなくなっていきます。
アフリカなどの未開社会において、その社会の成立時に「社会契約」と言えるような合意が行われた、という事実が見つからなかったためです。
じゃあ、社会契約説は市民革命を論理的に説明するためのフィクションでしかなったわけですね!
産業革命期になると、社会契約説にかわって、「功利主義」という新しい考え方が生まれ、社会の成り立ちを説明しました。
功利主義と言えば、ベンサムとジョン・スチュアート・ミルですね!
ジェレミ・ベンサム(1748年 - 1832年)
イギリスの哲学者で、功利主義の創始者。
主著『道徳および立法の諸原理序説』(1789年)
まず、ベンサムの功利主義は、次のような前提に基づいているの。
【ベンサムの仮説】①すべての人間は自分の快楽を追求し、苦痛を避けるようにのみ行為する。
②いかなる行為も、それが社会全体の幸福を増進するかさまたげるかに応じて、正しいか正しくないか判定される。
自然は人類を苦痛と快楽という、二人の主権者の支配のもとにおいてきた。われわれが何をしなければならないかということを指示し、またわれわれが何をするであろうかということを決定するのは、ただ苦痛と快楽だけである。一方においては善悪の基準が、他方においては原因と結果の連鎖が、この二つの玉座につながれている。(ベンサム『道徳および立法の諸原理序説』より)
実際の人間が自分勝手に追求する幸福と、人間が追求すべき社会全体の幸福は、一致するんですかね?
もし個人の幸福と社会全体の幸福が一致しない場合、功利主義では社会全体の幸福を優先するのよ!
「最大多数の最大幸福」が善悪の基準ということですね!
功利主義の「功利」って、そもそも、どんな意味ですか?
「功利」とは、英語でutilityのことで、利益、便宜、快楽、善、幸福を生み出す傾向をもつもの全般を指すのよ。utilitarianismが「功利主義」と訳されています。
でも、人間は利己的にのみ行動するんでしょうか?利益を考えない行動もしがちだと思うんですけど……
たしかに、人間は利己的であるだけではないわね。功利性の原理には、私的な文脈と公共的な文脈があると言えます。
その社会を構成する個々人の幸福が最大になるよう、社会全体の幸福を追求しなければいけないんですね。
個人の幸福のみを追求していたら、犯罪が横行して治安が悪くなりそうだなぁ。
快苦を善悪の基準とすると、社会において悪を防ぐ場合にのみ、苦痛を与えることがゆるされるのよ。
功利原理によって、犯罪抑止のための刑罰が正当化されるわけですね。
ここまで話してきたベンサムの仮説には、次のような問題点があります。
【ベンサムの功利主義の問題点】①快苦の計算はできるか?
②道徳における基本的価値は、本当に快苦なのか?
③正義の問題を説明できるか?
個々人の幸福の単純な合計と、社会全体の幸福はイコールなんでしょうか?
「最大多数の最大幸福」の場合、社会全体の幸福の総量が同じなら、その幸福の配分が偏っていても、均一でも、問題ないということになりますよね。
そう、ベンサムの考え方では、幸福の配分をどう公平にするかという「正義の問題」を説明できないのよね。
思索が行われたいつの時代にも、「功利」または「幸福」が正邪の判定基準であるという学説がなかなか認められなかった有力な理由の一つは、正義の概念からきている。(ミル『功利主義論』より)
快楽と苦痛だけが善悪の基準というのも、納得できないような……
プラトンの「善のイデア」みたいな、どんな文脈においても「無制限に善いもの」って、あると思いますけど。
ジョン・スチュアート・ミルは、そのような批判に対して、次のように反論しています。
人生には快楽より高貴な目的はないと考えることを、この人たちはまったく野卑下賤とみなし、豚向きの学説と称する。豚とは、はるか昔にエピクロス派の人たちが侮蔑的になぞらえられた動物であった。(中略)豚と言われたとき、エピクロス派の人々はいつもこう答えた。人間の本性を下劣な光で照らしだしたのは自分たちではなく、反エピクロス派の者たちではないか、と。なぜなら、反エピクロス派の非難は、人間が豚の快楽しか味わえないものと考えているからである。
(ミル『功利主義論』より)
ははあ、「快楽」という言葉の意味には、単なる動物的欲望を超えた「真善美」を目指すような生き方も含まれるということを言いたいんですね。
「快楽」と言うから勝手なイメージで誤解されるんであって、「幸福」と言いかえれば、人生における「幸福」の定義は人それぞれだから、ミルの言いたいことがよくわかります。
ミルは、快楽には量的な差だけでなく、質的な差があると考えました。
「最大多数の最大幸福」と言ったとき、ベンサムは幸福の「量」を問題にしたけど、ミルは幸福の「質」を問題にしたんですね。
幸福の「質」が高いか低いかって、何によって決まるんですか?
ミルの考えでは、その集団の「選好」、英語で言うとpreferenceによって決まります。
その集団の好みによって「価値」の優劣が決まっちゃったら、「幸福」の定義がばらばらになっちゃいそうですけど……
そう、「幸福」という概念は単一ではないのよ。
現代の哲学者アラスデア・マッキンタイアは、"After Virtue"(邦題『美徳なき時代』)の中で、次のように説明しています。
For different pleasures and different happinesses are to a large degree incommensurable : there are no scales of quality or quantity on which to weigh them. (Alasdair MacIntyre "After Virtue"より)
異なった「快楽」や異なった「幸福」は、単純に比較することはできないものなの。マッキンタイアはincommensurable(共約不可能性)と言っているわね。
異なった「幸福」の「質」や「量」を比較するための共通の尺度はないってことですね。
ここまで話したミルの功利主義は、次のような前提に基づいています。
【ミルの思想的背景】①文化主義と啓蒙主義
②理想主義(徳の向上が生きる目的)
③自由主義(個人の自由選択こそが最善の方法)
「満足した豚と不満足なソクラテス」のたとえがありましたけど、多くの場合、知性よりも娯楽性の高い快楽の方が、社会で好まれますよね。
まあ、純文学よりもエンタメの方が売れてるのは間違いないよね。
正義の心情は、その一要素である処罰の欲求からみると、以上のように、人間に本来そなわる仕返しまたは復讐の感情だと私は思う。(中略)そこで正義の心情とは、自分または自分が共感をもつ人に対する損害または損傷に反撃し仕返ししようとする動物的欲望が、人類の共感能力の拡大と人間の賢明な利己心の考え方によって、すべての人間を包括するようにひろがったものと、私には思われる。この感情は、賢明な利己心によって道徳的となり、共感能力によって人を感動させ、自己主張を貫く力をもつようになる。
(ミル『功利主義論』より)
ミルは、「正義の感情」を人間に本来そなわった利己的な「復讐の感情」として説明しているけど、功利主義だけで「正義」を説明するのは不十分だと思うわ。
うーん、幸福の「分配の問題」って、やっぱり大事だと思うんですけど……
ここで重要になってくるのが、「自由主義」(liberalism)です。功利主義に対する批判に反論するために、ミルは『自由論』という本を書いています。
ええ、功利主義と自由主義って、じつは関係があったんですか?
もともと功利主義というのは、哲学史において「哲学的急進主義」(Philosophical Radicalism)と呼ばれるほどの思想体系だったのよ。
1688年体制(英):貴族中心(イギリスにおけるアンシャン・レジーム)↓
1789年~1799年(仏):フランス大革命がヨーロッパ全土に影響を与える
↓
19世紀初頭(英):政治的な急進主義の台頭
↓
1832年(英):第1次選挙法改正案が通過
「一人は一人として」をスローガンに平等な選挙権を求める社会改革運動において、功利主義はその運動を論理的に支える役割を果たしました。
ひとたびベンサムが議会改革を主張するとき、それは必然的に原理的なもの、急進的なものとなり、徹底的な性格をもたざるを得なかった。「一人は一人として数えられるべきで、一人以上にも一人以下にも数えられるべきではない」から、そこには徹底的な普通平等選挙権の主張が成り立ち、原理的には無産者も、また婦人も排除される理由はないのであった。(福田歓一『政治学史』東京大学出版会より)
ベンサムは保守党にあたるトーリー党支持者だったのだけれど、60歳のときにジョン・スチュアート・ミルの父ジェイムズ・ミルとの出会いがきっかけで、議会改革を提唱する民主主義者となっていったそうよ。
この時代は、民主化運動が「急進主義」と呼ばれていたんですね。
イギリス議会の下院の議員は、地主の男性(ジェントリ)に限る制度が15世紀からつづいていて、有資格者は人口のわずか3%程度だったと言われているわ。
ベンサムは、少数の支配者による政治よりも、民主主義によって選ばれた政府の方が「最大多数の最大幸福」を実現しやすいと考えたんですね。
19世紀以降、イギリスでは選挙法改正が何度も行われ、選挙権が拡大していきます。
1928年の第5次選挙法改正で、ようやく男女平等で財産制限のない、投票の秘密が守られる普通選挙が実現しました。
民主主義が当たり前になったら、今度は多数派による専制という民主主義の欠点を乗り越えるために、「個人の自由」が重要となってくるんですね。
次回は、功利主義と自由主義についてみていきましょう!
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