第10話 FF7でわかるエコテロリスト①(「ひまわり」にトマトスープ事件)

文字数 4,484文字

10月14日に、2人の女性がロンドンのナショナル・ギャラリーで、ゴッホの1888年の名画「アルルのひまわり」にトマトスープを投げた事件が日本でも話題となっていますね。

同日、ロンドン警視庁の外の回転看板もスプレーでオレンジ色に塗られていて、20人以上が逮捕されました。


この二つの事件で逮捕された男女は、「Just Stop Oil(ジャスト・ストップ・オイル)という反石油団体の活動家や支持者たちです。

「ジャスト・ストップ・オイル」のロゴマークを見てください。

トマトスープやオレンジ色のスプレーが選ばれた理由は、自分たちを象徴するカラーがオレンジ色だからでしょうね。


「ジャスト・ストップ・オイル」は、2022年2月14日に発足した非常に新しいグループです。

イギリス政府が新たな化石燃料の認可と生産を停止することを目的として、活動しています。


このグループは、今年4月にイングランド全域で石油ターミナルの破壊活動を1ヶ月間行いました。

活動家や支持者たちは、燃料流通を妨害するため、高速道路で石油を運ぶトラックを取り囲んで妨害したり、サービスステーションのガソリンポンプに妨害工作をしたのです。


7月には支持者がF1イギリスGPのコースに入りこんで座り込みをしたり、8月にはセントラルロンドンの7つのガソリンスタンドを封鎖し、ポンプを破壊して、 グループの活動家や支持者たち43人が逮捕されました。


「ジャスト・ストップ・オイル」の支持者たちが美術品を標的とするのは、ゴッホの「ひまわり」が初めてではなく、7月にはジョン・コンスタブルの1821年の名画「乾草の車」や、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の複製画も被害にあっています。


「乾草の車」は美しい風景画なのですが、実は2013年にもイギリスの父親の権利団体「Fathers 4 Justice」(正義の父たち)の関係者による被害を受けていてですね。

ナショナル・ギャラリーは展示物を守ることにもっと真剣になってほしいものです。


「ジャスト・ストップ・オイル」のような過激な環境活動家を「エコテロリスト」(環境テロリスト)と呼びます。


エコテロリストたちは攻撃的な抗議方法と破壊行為を演出して、大きな論争を巻き起こしてきました。

環境保護を目的としたテロリズムというのは、最近始まったことではありません。


1997年に発売されたゲーム「ファイナルファンタジーVII」は、まさに過激なエコテロリストグループが大きな爆破事件を起こすところから物語が始まります。


いやー、時代を先取りしていますね。


わたしたちの世代ではFF7の略称で親しまれ、夢中になってプレイしていた子だけでなく、PlayStationを持っていない子でもクラウド、セフィロス、エアリスなどの名前と顔を知っているほどの超人気タイトルでした。

その懐かしいFF7が、2020年にPS4向けに完全リメイクされたのです。

(2021年にエピソードを追加し、PS5向けも公開されています)


夫がさっそくプレイしているのを横で眺めていて、大人になってから物語を見ると、子どもの頃の印象と全く変わって、驚きの連続でした。


ちなみにわたしは自分でプレイしなくても、見ているだけで楽しめる方です。

近年では、「Ghost of Tsushima」(ゴースト・オブ・ツシマ)や「Horizon Zero Dawn」(ホライズン・ゼロ・ドーン)など、もう映画と区別がつかないほど映像が美しいゲームばかりですね。


最近の夫は、「ホライズン・ゼロ・ドーン」の続編である「Horizon Forbidden West」(ホライズン・フォビドゥン・ウェスト)を進めていますが、大人が楽しめるほど精巧に作りこまれたこだわりのゲームというのはプレイに時間がかかるもので、積みゲーになってしまいそうです。



FF7の話に戻ると、物語の世界は石油の代わりに「魔晄」(まこう)と呼ばれる天然資源をエネルギーとして利用し、産業革命を果たしています。

【あらすじ】

傭兵のクラウドは、世界を支配する巨大企業によるエネルギーの利用を阻止するため、エコテロ組織に参加することになる。

しかし、ある出来事がきっかけで、クラウドとその仲間たちは巨大企業の私兵だったセフィロスを追いかけることになる。

その過程でクラウドは、世界を救う秘密を握るエアリスをはじめとする仲間たちと親交を深めていく。

「雪崩」を意味する「AVALANCHE」(アヴァランチ)というエコテロリスト組織が、この世界で原子炉のような存在である「魔晄炉」を爆破する事件を起こすところから物語は始まります。


巨大企業「神羅電気動力株式会社」の元私兵である主人公クラウドは、このアヴァランチに傭兵として雇われ、爆弾テロに加担するのです。(上の動画16:15あたりから)


え、クラウドと仲間たちって、こんな明らかに犯罪者だったの!?

主人公なのに???


という驚きが、まずありました。


夫は小学生当時、「悪の神羅帝国」に対する「正義のアヴァランチ反乱軍」の戦いという感じで、映画「スターウォーズ」のようにストーリーを理解していたそうです。


大人の視点で見ると、神羅カンパニーが「悪」であるのはわかりますが、多くの人々を巻き込む爆弾テロ事件を起こすことが「正義」とは思えません


9・11同時多発テロ事件以降、どのような政治主張であっても、テロリスト=「悪」という図式が固定化されていますよね。


これは、武装抵抗運動や暴力革命を「正義」とみなすかどうかの問題でもあります。


物語の舞台である架空の都市「ミッドガル」は、魔晄炉から供給される電力で上層市民たちが豊かな暮らしをする一方、スラムの下層市民たちは日も差さず草も生えない荒れた土地で暮らしています。


ミッドガルは神羅カンパニーの企業城下町なので、上層市民たちのほとんどは神羅で働く労働者とその家族です。


FF7のテーマである環境正義を求める闘いは、階級闘争とも重なるのです。

作中の「アヴァランチ」は、運動手法の違いで本流と分派に分かれていて、魔晄炉爆破テロ事件を起こしたのは急進的な分派の方です。


アヴァランチの本流と分派の対立を見ながら、現実の環境運動の歴史を思い起こしました。


初期の環境運動は、暴力を用いない穏健な形の抗議活動が主流でした。

1892年に植物学者ジョン・ミューアが設立した「Sierra Club」(シエラ・クラブ)は、世界で最初の自然保護団体の一つです。


「シエラ・クラブ」と言えば、1900年代前半の「ヘッチ・ヘッチー論争」が有名です。

ヘッチ・ヘッチー渓谷はヨセミテ国立公園の北西部に位置し、美しい自然で有名でしたが、サンフランシスコに都市用水を供給するため、ダム開発の対象となったのです。


ジョン・ミューアはルーズベルト大統領にダム建設反対を訴え、多くの自然保護論者たちの支持を得て、ダム建設反対の全国キャンペーンをしました。

しかし、サンフランシスコ市の住民投票では賛成多数でダム建設が確認され、ダム支持派のウッドロウ・ウィルソン大統領が当選します。

1912年、ヘッチ・ヘッチー渓谷のダム建設法案が議会を通過し、「シエラ・クラブ」は最初の大きな戦いに敗れたのでした。


しかし、約10年にわたって、賛成派と反対派の議論が公開の場で粘り強く行われたのは、素晴らしい成果だったのではないかと思います。


「シエラ・クラブ」は政治的主張に加えて、アウトドアレクリエーション活動に積極的で、登山とロッククライミングの発展にも貢献しました。

発足から130年を経た現在では、全米50州に支部を置き、75万人を超えるメンバーがいます。

野生生物保護への国際的な関心を呼び起こしたのは、WWF(世界自然保護基金)でした。


WWFの創設に指導的な役割を果たした鳥類学者マックス・ニコルソンは、WWFの活動資金を得るため、「金持ちの良心とプライドと虚栄心に訴える手法」を考え出します。

各国の王室の人々に加わってもらい、野生生物保護にあまり乗り気ではない企業や裕福な実業家たちから自発的寄付を集めたのです。


1961年に発足したWWFの初代総裁はオランダのベルンハルト殿下、創設メンバーにはエディンバラ公フィリップ殿下も名を連ねました。

マックス・ニコルソンの計画は成功し、スイスの巨大企業エフ・ホフマン・ラ・ロシュ社の創業者の孫であるリュック・ホフマンが創設メンバーに加わり、寄付者第1号はロンドンの不動産ディベロッパーであるジャック・コットン、第2号がシェル石油だったそうです。


初期のWWFは、こうした大金持ちからの多額の寄付を主な資金源として活動していたのです。

環境保護運動を誰もが加われるものにしたのは、1971年発足の「Greenpeace」(グリーンピース)と1969年発足の「Friends of the Earth」(地球の友)です。


愛と平和、反戦、反体制の運動が盛り上がった時代を反映して、ヒッピーやマルクス主義者、イッピー、兵役拒否者などさまざまな出自の若者たちが環境運動に集まっていたそうです。


「グリーンピース」を設立したアーヴィング・ハロルド・ストウは、ユダヤの家庭に生まれ、名門イェール大学を卒業して弁護士となりましたが、妻ドロシーとともにクエーカーに改宗しました。

現代において、ユダヤ教徒からキリスト教徒に改宗するというのは、本当に驚くべきことですよ。


クエーカーは平和主義を守るプロテスタントの教派で、「グリーンピース」の抗議活動においても「非暴力の倫理観」を大切にしていました。


そのため初期の「グリーンピース」の活動家たちは自己犠牲的というか、自らの体を危険にさらすような抗議活動を行い、メディアの注目を集める手法をとります。


1985年には、フランスの核実験に反対する活動に向かうところだった「グリーンピース」のレインボーウォリアー号が、ニュージーランドのオークランド港でフランスの対外情報局によって爆破され、船に乗っていた写真家が命を落とす事件が起こりました。


このレインボーウォリアー号沈没事件は、国家主導の爆弾テロ事件であり、「グリーンピース」側は全くの被害者でした。

こうした非暴力主義の抗議活動に「生ぬるい! 議会や裁判所に対して訴えたって、結局、何も成果が出ないじゃないか」と不満に思う人々がグループを飛び出し、暴力的な抗議方法を良しとする新しいグループを創設するのです。


次回へつづきます。

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登場人物紹介

南津海(なつみ)ちゃん


社会科研究部の部員。好奇心旺盛。

寿太郎(じゅたろう)くん


社会科研究部の部員。南津海ちゃんとは幼なじみ。

せとか先生


社会科研究部の顧問。専門は世界史。

みはや先生


専門は音楽。せとか先生と仲良し。

考えるカエル


『バイブル・スタディ・コーヒー』から出張

本を読むウサギ


『バイブル・スタディ・コーヒー』から出張

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