第27話 肩書

文字数 2,490文字

「はい! 私の勝ち!」
 隣から上がった神居の甲高い声で神木は我に返った。
 一体、自分は何をやっているのだろう。優勢だったのに、あっという間に逆転されてしまうなんて信じられない。
「……神居さん。まさかとは思いますが、バグ技使ってます?」
「さぁ、どうでしょう」
 神居の反応で神木は確信した。
 このゲームは五十マスの迷宮の中で、プレイヤーが一対一で戦うゲーム。
 攻撃方法は五秒で爆発する爆弾のみ。迷宮のあちこちに爆弾を設置し、対戦相手をタイミングよく爆殺するのが基本のルール。しかも爆弾は、一度その場に置くと、移動させることができなくなる。相手が置いた爆弾は視認できるので、相手の爆弾の配置と、爆発のタイミングを計算し、逃げながら攻めるのがセオリーだ。
「じゃあ、なんで足が生えたみたいに爆弾が勝手に動くんですか?」
「足が生えたんじゃない?」
 神木は溜息を吐いた。
 神居は、裏技を知っていたのだ。隠されたコマンドを入力することで、動かせない爆弾を動かすことができるようになる。それを、最後の最後で使った。
 神宮寺の家から一歩も出られないストレスを発散するため、神居とゲームで対戦を始めたが、まさか、ここでもイカサマを使ってくるとは思わなかった。
「あんたのやることって、ちゃんと筋が通っているから、わかりやすいんだよね」
「真っ直ぐ勝ちを目指したらダメなんですか?」
「ダメではないけど、相手に作戦がバレちゃうよ」
「イカサマがなかったら、おれが勝ってました」
「真剣勝負で、そんなのは言い訳にしかならないよ。結果がすべてなんだから。やっぱり、あんたに対人戦は向いてないね」
 ゲーム機の電源を落として、神居が言う。
「ねえ神木。あんたは、普通に暮らしていればよかったんだよ」
「なんですか、急に。なんでそんなことをきくんですか?」
「逆に、あんたはなんで組織に入ったの? 私の真似?」
 神木が救済組織の組員になった理由。それは……。
「何者かになりたかったから、です」
「は?」
「おれは昔から、何をやっても中途半端な奴でした。勉強も、スポーツも、習い事も、何もかも途中で諦めてしまう。そんなおれだから、憧れるんです。先生、医者、弁護士、警察官、消防士……。肩書を背負って生きる人たちが、羨ましかったんです」
「要するに、あんたは組員っていう肩書が欲しかったってこと?」
 神木は頷いた。
「勉強して、資格を取って、やりたい仕事に就くっていう選択肢はなかったの?」
「あったけれど、全部なくなりました。何もかも、途中で嫌になって投げ出してしまうんです……」
 何もかも中途半端な神木だが、唯一、成し遂げられたことがある。
 命懸けの救済ゲームで、神木は生き残った。
 人生で初めて、勝負に勝ったのだ。
「おれは、救済ゲームをクリアして肩書を手に入れた。組織の組員という肩書を……」
「それは、あんたが本当に欲しかった肩書なの?」
「…………」
 違う。本当に欲しかった肩書は手に入れられなかった。諦めが早い、自分のせいで手に入れられなかった。
 その代わり、きっかけを見つけた。神木の人生を変えてくれる、特別なきっかけを。
「神居さん。おれたちが一緒に参加したゲームをおぼえていますか?」
「んー、なんとなく」
「あのゲームで、おれとあなただけが生き残った。そしてあなたは、ゲームマスターにこう言った。『仲間にしてくれ』と」
「……で、あんたも真似して仲間になりたいって言ったんだよね」
「まぁ、確かに真似みたいなものですね」
 神木は微笑んだ。
「でも、あなたが一歩踏み出す姿を間近で見たから、今のおれがあるんですよ。あのとき、あなたが別の願いを叶えていたら、きっと、おれは今も、中途半端なまま生きていたと思います」
「神木……」
 神居は眉を曲げ、悲し気な表情で言った。
「あんたみたいな

は、普通に生きて、普通に幸せになって、普通に死ねばよかったんだよ。それなのに、命懸けのゲームを開催するようなヤバい組織に入るなんて、絶対、選択を間違えてるよ……」
「それは違いますよ、神居さん。

から、おれは組員になったんです」
 神居は否定しているが、神木は信じていた。自分も神居と同じ、裏世界でしか生きられない人間だ、と。
「まぁ、あんたが選んだことなんだし、私がどうこう言うのは間違いだってのはわかっているけど……」
「なら、もう言わないでください」
 自分の選択が間違っていた、と認めたくない。
 だから神木は、神居の言葉(優しさ)を否定し続ける。
 ……おれは救済組織の組員、神木祭だ。命を無駄にするものたちをゲームに誘い、クリアした者に希望を与える。それがおれの役目。今のおれだ。
 自分は肩書を持つ、特別な人間だ。神木はそう、何度も自分に言いきかせた。
「あ、すみません。ちょっと失礼します」
 ズボンのポケットに入れていた携帯端末が振動し、神木は立ち上がった。
「神宮寺さんから引きこもっていろって言われているけど、この場合は、どうしたらいいのかな……」
 ブツブツ言いながら、神木は右手をズボンのポケットに突っ込んだ。
 そこで、神木はあることに気づく。
 組織専用の携帯端末は左のポケットに入れているはず。なのに、振動したのは右のポケット。神木が仕事では使わない、スマホが振動したのである。
「…………」
 取り出し、神木はメッセージを読む。
「神木? どうしたの?」
 様子が変だ、と思った神居は、立ち上がって神木が見つめるスマホの画面を覗き込もうとした。
 その瞬間、神木はサッとスマホを引っ込め、苦笑した。
「や、あの、知り合いでした!」
「知り合い? 仕事じゃないの?」
「し、仕事じゃないです!」
 神居は神木に顔を近づけ、上目遣いで睨んだ。
「あんた、なんか隠してない?」
「か、隠してないです! ちょっと用事が入ったので、外出ますね!」
 スマホをポケットにしまい、神木はいそいそと身支度を始めた。
「あんた、神宮寺さんから引きこもっていろって言われてるんじゃないの?」
「すぐ戻ります!」
 家具に何度も身体をぶつけながら、神木は玄関の扉を開けて、外に出て行ってしまった。
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