第3話 〈捕食者〉

文字数 1,293文字

 コンコン、と神木はドアを叩いた。
 ……気が重い。正直、ここにはきたくなかった。
 数秒後、ドアが開く。
「やあ、神木クン!」
 ドアを開けたのは、長い髪をサイドに結った少女だった。紫陽花(アジサイ)の花びらのような毒々しいドレスをふわふわ揺すって、嬉しそうに小躍りしている。
「どーぞどーぞ」
 少女は、ここへきた要件をきかず、神木を家の中へ入れた。
 玄関で靴を脱ぐ。両親のものらしき、大人用の靴が並べられている。まだ昼間なのに室内は薄暗かった。何日も換気していないのか、空気がジメジメしていて気持ちが悪い。
 

もする。おびただしい数の、濃い

が……。
「パパ! ママ! 神木クンがきたよ!」
 少女が家族に来客を知らせる。居間へ行くと、そこには少女一人しかいなかった。
 ソファーの上に、二体の骸骨(がいこつ)が座らされている。骨太のほうがパパで、骨細がママだった。少女の中では、そういう設定なのだ。
「神木クン、何か飲む? それとも食べる?」
「何もいりません」
 少女は台所へ行って冷蔵庫の扉を開いた。中が見えた瞬間、神木は戦慄する。冷蔵庫内の棚の上に、中年男性のものとおぼしき頭部が透明なラップに包まれて置かれていたのだ。
 頭部には、両耳と両目と鼻がついていなかった。恐らく、少女が刃物で切り取ったのだろう。上段の棚に、それらを部位ごとにわけて入れたタッパーがある。
 神木は何も見なかったことにした。頭部はきっと、ラップで包まれたスイカだ。タッパーの中身は漬物だろう。
「お待たせ!」
 少女が居間に戻ってきて、骸骨パパと骸骨ママの間に座った。右手には人間の眼球が詰まった瓶が、左手には割り箸が握られている。
 神木は、梅干しが詰まった瓶だ、と思うことにした。
「それで、いつやるの?」
 瓶の蓋を外しながら、少女が神木にきいた。
「早くて明日にでも……」
「そっか」
 取り外した瓶の蓋をテーブルに置いて、少女は中のにおいを嗅ぐ。
「うん! 美味しそうだね!」
 瓶の中の眼球を一つ挟んで口に入れ、舌で転がす。
 神木はウッと呻いて、口元を手で覆った。
 ……イカレた〈捕食者(プレデター)〉め。少女(こいつ)を救ってしまったことを何度後悔したことか……。
 救済なんて、この少女には初めから必要なかったのに、ゲームに参加させてしまった。そのせいで、今や少女は、組織の組員の力では排除できないほどの力を持ってしまっている。
 安全な住処。安全な生活。安全な環境。一生遊んで暮らせるほどの大金。そして、何度でもゲームに参加できる特別な資格(チケット)
 少女を始末するためには救済ゲームしかない。救済ゲームで少女に勝つしか、始末する方法がないのだ。
 そしてその役を、今回は神居に務めてもらう。
「……失礼します」
 神木は少女に一礼し、玄関へ向かった。
 今回、神居と〈捕食者(プレデター)〉の一対一の勝負に使われるゲームは〈ミート・マーケット〉。流血必至の死亡遊戯(デスゲーム)だ。
 神居が勝てば周回プレイヤーを一人排除できて、尚且(なおか)つ、組織の(こま)を一つ増やせる。まさに、一石二鳥。
 組織の組員たちが恐れる〈隻眼姫〉に勝負を挑めるのは、現状、私情で動ける神居しかいないので、なんとしてでも勝ってもらいたかった。
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