第25話 利用価値

文字数 2,191文字

 爆音がきこえたのだろう。神宮寺が外で待機させていた〈星神教団〉の信徒たちが、血みどろのプレイルームになだれ込んできた。
「み、巫女様!?」
「な、なんてことだ……!」
 頭部を失った古賀の周りに集まった信徒たちが、次々と膝から崩れ落ちていく。
 ある者は古賀の手を握り、祈りの言葉を叫び続け……。ある者は古賀の腹部に顔を押し当て、泣き喚いている。
 古賀が『愛する』ほど、信徒たちから古賀に向けた愛情もまた、強いらしい。
 神宮寺は拳銃のトリガーにかけた指を、ゆっくりと放した。
 教団長の死体を見て精神が崩壊し、錯乱状態となった信徒たちから襲われるパターンを想定していたが、連中は嘆くばかりで何もしてこない。拳銃の出番はなさそうだった。
 目の前に殺害者本人(夕凪紫織)がいるのに、そっちを見向きもしない。信徒たちは、古賀が殺された怒りよりも、悲しみのほうが深いようだ。
「手前らに、伝えることがある」
 信徒たちの何人かが、神宮寺に顔を向けた。
「『巫女は故郷へ旅立った。巫女のために贄は必要ない。手前らを愛してる』。古賀は最期に、そう言い遺した」
 再び、嘆きの合唱が始まった。
 長のいない〈星神教団〉がこれからどのような末路を辿るのか。そんなことに、神宮寺は興味がない。
 ゲームが終われば、あとは去るのみ。プレイルームの掃除は、下っ端の組員に任せる。
 神宮寺が踵を返した、そのときだった。
「待て」
 夕凪の声がきこえた、と同時に、神宮寺の首にサバイバルナイフの刃が押し当てられた。
 忍者のように音もなく接近した佐藤が、神宮寺を睨みつけている。
「……古賀との勝負(デュエル)、見事だった」
 神宮寺は本音で言った。
「カードの循環(ループ)が始まってから、手前の作戦は一貫していた。ワンキルも、ドローできない状況を作ることも、全部ブラフ。手前の真の狙いは、『呪』の効果でカードをゲームから取り除き、デッキの枚数を減らすことだった。使えるカードの枚数が減れば、必然的にデッキの循環(ループ)が早くなる。後は、古賀のライフを減らすカードを手にできるよう、ドロー補助系カードで引く順番を調節するだけ……。戦略が見事にハマったな」
「わたしが知りたいのは、そんなことではない!」
 夕凪自身がそうしているかのように、佐藤が持つサバイバルナイフが、神宮寺の皮膚を薄くスライスした。
「……夕凪。手前は何もわかっていない」
 いつ喉にサバイバルナイフが突き刺さってもおかしくない状況なのに、神宮寺は落ち着いていた。
 恐怖も不安も焦りも何もない。その、あまりにも人間味のない態度に、さすがの夕凪も面食らった。
 ……なんだ、こいつは。何故そこまで落ち着いていられる? 死ぬのが怖くないのか。
 これまで何度も救済組織の組員を佐藤を使って葬ってきたが、神宮寺だけは違う。
 やはり、この男は別格だ。自分が知らない秘密を数多く握っているに違いない。
 だからこそ、ここであっさり逃がすわけにはいかないのだ。
「神宮寺。お前にききたいことは山ほどあるが……。まず、救済ゲームをクリアした報酬をよこせ」
「断る、と言ったら?」
「なに!?」
「救済ゲームをクリアした者は、どんな願いでも一つだけ叶えることができる。だが、俺はその権限(ルール)を無効化する力を持つ。もっと言えば、

んだ。救済ゲームなど行わず、手前を殺すこともできるってことだよ」
「ふっ……」
 ふざけるな!
 怒声とともに、佐藤のサバイバルナイフが神宮寺の首に深々と突き刺さった。刃は喉仏を貫通し、うなじにまで達している。
 それなのに、神宮寺は悲鳴一つ上げない。血の一滴すら、流さなかった。
「フン……」
 神宮寺は鬱陶しげに佐藤を右足の前蹴りで吹っ飛ばした。サバイバルナイフがずるりと首から抜け、音をたてて床に落ちる。
「勇者様ッ! ……うッ!?」
 倒れた佐藤に駆け寄る夕凪の首を神宮寺は右手で掴み、持ち上げた。
「ぐ、ぐぐ……!」
 足をバタつかせて拘束から逃れようとするが、どれだけ蹴っても神宮寺はびくともしない。石人形(ゴーレム)の如き力強さでもって、夕凪を宙吊りにしていた。
「モンスターめッ! 姫様を放せッ!」
 立ち上がった佐藤が、再びサバイバルナイフを手に神宮寺を攻撃するが、やはり、どこに刃が刺さっても無傷。形状記憶合金のように、元通りに治ってしまう。肉体だけでなく、着ている衣服までも……。
「気が済んだか?」
 神宮寺はブンッと力任せに夕凪を振り回し、サバイバルナイフを振り回す佐藤ごとプレイルームの壁に叩きつけた。
 打ちどころが悪かった佐藤は、気を失ってバッタリ倒れ伏す。佐藤がクッションになったおかげで、夕凪はノックアウトせずに済んだ。
 とはいえ、無傷ではない。首には血が滲み、神宮寺の指の形が蚯蚓腫(みみずば)れのようにくっきり残っている。脳震盪(のうしんとう)もあるようで、瓦礫にまみれて立ち上がった夕凪は酔っ払いのようにフラフラしていた。
「夕凪。手前を生かしておく理由は一つ。

があるからだ」
「う、うぅ……!」
 冷徹な〈隻眼姫〉も、痛めつけられれば、か弱い女性も同然。歴戦の魔女のようだった冷たい目は情けなく垂れ、ウルウルと涙を滲ませている。
「くだらない組員狩りは今日限りで仕舞いだ。今後、手前は俺の命令通りに動け。そうすれば、価値のあるまま生かしておいてやる」
 夕凪は黙って二回頷いた。
 神宮寺は夕凪の横をすり抜け、煙のように姿を消した。
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