第2話 組織の男

文字数 1,489文字

「おれのこと、おぼえていますか?」
 髪型が変わっていたから気づくのに遅れた。私はこの男を知っている。
神木(かみき)(まつり)か……。ここで何をしている?」
「救済活動ですよ。あなたと違って、おれはまだ現役ですから」
 救済活動。懐かしい響きだ。無法地区(ここ)にくる前は、私も神木と

をしていた。そのとき神木は後輩という立場だったが、今は、

だ。
「ところで、神居さん。ゲームに参加する気はないですか?」
 私は鼻で笑った。
「組織から追放処分を受けた者に、二度目のチャンスなんてあるわけがない」
「ところがどっこい。あなたは選ばれたんですよ」
 神木は真面目な顔で私に説明した。
「ただし、日本にいる周回プレイヤーを対戦相手に選ぶこと。それが、救済ゲームを受ける条件です」
 周回プレイヤー。組織が主催する救済ゲームに何度も参加できる資格を持つ、頭のおかしな連中だ。
「ちなみに、選べる周回プレイヤーは四人です。救済ゲームを三回クリアした〈共喰い(ベイター)〉。同じく、三回クリアの〈腮鼠(ハムスター)〉。四回クリアの〈巫女(メイデン)〉。そして、五回クリアの〈捕食者(プレデター)〉。この四人の中から対戦相手を一人、選んでください」
 きいたことのない四人だった。私が追放処分を受けた後、暴れ始めた周回プレイヤーたちだろう。そいつらを始末するために、組織は私を利用する気でいるのだ。
 確かに、私は組織にいた頃は周回プレイヤーを相手に何度かゲームを行った経験がある。実績があるから頼ることを決めたのだとしたら、残念ながらタイミングが遅かった。
「断る」
「えっ!?」
「私は今の暮らしに満足している。頭のおかしな連中は自分で始末しろ」
 神木は溜息を吐いた。
「どうやら、あなたは忘れてしまったようですね。

に対する怒りと憎しみを……」
「誰のことを言っているの?」
夕凪(ゆうなぎ)紫織(しおり)
 その名前は、私にとって魔法の言葉に等しかった。
 一瞬で身体中の細胞が活性化し、心に火がついた。
「まさか、まだ生きているのか!?」
 神木は頷いた。
 三年前に、

に取り残されて死んだと思っていたが、どうやら脱出に成功したみたいだ。
「今の夕凪は〈隻眼姫(せきがんき)〉の異名で呼ばれる周回プレイヤーです」
「はぁ!?」
「相棒の〈勇者〉も健在ですよ。奴らは救済ゲームをクリアし、組織の組員を殺す力を手に入れた。おれたちにとって神に等しい救済組織の組員ばかりを殺害する最悪の敵です……」
 夕凪紫織が生きていることも許せないが、一番許せないのは、三年前の

が、クリア扱いになっていることだ。
 イカサマを(とが)められ追放処分を受けた、私だけが馬鹿みたいではないか。
 ……許せない。あの女、ふざけやがって……!
 私は額にピキピキと血管を浮かばせて、神木に言った。
「わかった。参加してやる」
「おお! その言葉を待っていました!」
「対戦相手は〈捕食者(プレデター)〉を選択する」
 神木は目を大きくした。
「う、嘘ですよね? 病み上がりの相手としては最悪の……」
「うるさい!」
 私は神木の話を遮って、汚い前髪を右手で乱暴に掻き上げた。視野が広がり、神木の姿がさっきよりもよく見える。
 これは現実だ。組織は私にチャンスをくれた。あの忌々(いまいま)しい小娘に復讐するチャンスを……。
「わ、わかりました。対戦日が決まったら、また会いにきます。ただ、そのときは、あなたには眠ってもらいますよ?」
「組織のルールは知っている。とっとと失せろ」
 神木は一礼し、逃げるようにその場から立ち去った。
「夕凪紫織……!」
 仇敵の名を呟き、私は神木の後を追った。
 別に、話したいことがあるわけではない。無法地区(スラム)の出口が、たまたま神木と同じ方向にある、というだけだ。
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