第11話 〈ミート・マーケット〉その③

文字数 2,699文字

 ゲームは第六ラウンドに突入。
 私は蛇沼が狙った〈フードカード〉を先に奪った。
「毎回『焼き鳥』を狙うわけないじゃん」
 掴んだのは絶望の『すき焼き』。蛇沼のフェイントに見事に引っかかってしまった。
 ……ちくしょう。焦るな、焦るな……。
 私は〈ミートカード〉を手に持ったまま固まった。残Pは『200P』。最低でも『300P』を持たなければ指を支払いに使うことになってしまう。できれば『牛肉』を取らせてPを大きく回復したいが、蛇沼は私がどこに何を置くのかわかっている。
 それなら、

のか。
 それは、ある意味では原点回帰。組員だった頃の私は、相手にバレず、イカサマを行う能力に長けていた。しかし、三年前のあるゲームで、組織に実力を魅せつけたいがためにミスを犯した。実力を過信し、調子にのったせいで、追放処分を受けた。
 それ以来、私は自分のスキルを封印し、何もスキルを持たない弱者として生きる道を選んだ。
 しかし、ここにきて私は、弱者では敵わない相手と対峙してしまった。
 蛇沼日紫喜。〈捕食者(プレデター)〉という異名を持つこの強者は、まともに戦って勝てる相手ではない。
 イカサマを使い、見咎められたら一発アウト。だが、どうせ負けたら死ぬのだ。指を全部切り落とされて出血多量で死ぬのなら、足掻いてやる。
「神居様。残り二十秒です」
 私は〈ミートカード〉を並べた。蛇沼が一枚選択。公開。『鶏肉』だったので、プラマイ『100P』で『300P』と『1400P』。残っている『豚肉』と『牛肉』を排出口に落とす際、私は『牛肉』だけをジャージの袖に素早く隠した。そして、あたかも二枚重ねているかのように、『豚肉』だけを静かに落とす。
 私は、蛇沼が並べた〈ミートカード〉を一枚取った。『鶏肉』。プラマイ『100P』で『200P』と『1500P』。点差が第六ラウンドの振り出しに戻った。しかも、ここから私は『牛肉』の『300P』を失わなくてはいけない。
「公開してください」
 蛇沼は『焼き鳥』と『鶏肉』。相互関係は合っているので『1500P』のまま。私は『すき焼き』と『鶏肉』。残は『(ゼロ)P』で止まった。
「神居様。Pが足りません。『すき焼き』と相互関係を合わせるため、『牛肉』の支払い分、残数の『200P』プラス指一本を切り落とします」
「待ってました!」
 蛇沼が手を叩いて喜ぶ。
「神居様。いったんプレイルームの外に出てください」
 猿のようにはしゃぐ蛇沼を一瞥し、私は外に出て神木と向き合う。
 神木は爪切りのような物体を手に持っていた。銀色で、指を入れる輪っかの先に、鈍く光る刃が取り付けてある。輪っかに入れた指を爪切りの要領で切り落とす小型のギロチンだった。
「我慢してくださいね。暴れて私を殴ったら、ゲーム終了ですよ」
『暴行』による反則負けは、ゲームマスターにも適用される。
「どの指にしますか?」
「右手の小指」
 私は右手を差し出し、歯を食いしばった。小型のギロチンの刃が小指の根本に当たる。神木が指先に力を込めた瞬間、ブツ、と音とともに小指が土の上に落ちた。
「グッ……!」
 絶叫を噛み殺す。手を叩いて喜ぶ蛇沼の姿が目に入った。
 ……あのガキ。絶対に許さない……!
 プレイルームに戻る。通った場所には血の跡が残っていた。
「臭い臭い! お姉さん、血が腐っているんじゃない?」
 私は無言で蛇沼を睨んだ。小指が尋常じゃない熱を持っている。血も止まらない。ガーゼがないので、代わりに穿いていた靴下を止血に使う。断面に押し当てると、スポンジみたいに血を吸って、みるみるうちに赤く染まっていった。
「では、〈フードカード〉を選んでください」
 神木は容赦なくゲームを進行させた。
 第七ラウンドが始まる。
 一枚取る。『角煮』だった。
「神居様が、〈マーケット〉スタートです」
 私は震える手で〈ミートカード〉を持った。流れる血でカードが汚れる。触ったところにはもれなく赤いハンコが押された。
「汚いなぁ。左手で取ってよ」
「右利きだから左は無理」
 調子にのっていられるのも今の内だ。
 私は隠し持っていた『牛肉』を手首のひねりで掌に持ち上げ、『鶏肉』の上に重ねた。そして、指先で軽くシャッフルさせながら、『鶏肉』をジャージの袖にねじ込んだ。
 手札のカード、『豚肉』と『牛肉』二枚をテーブルに並べる。すり替えがバレないように、並べたカードには血のハンコを押しておいた。
「う~ん……」
 毎回すぐ取っていた蛇沼が、珍しく長考した。
 無表情で、何を考えているのかわからない。さすがに、思考停止しているわけではないだろう。
「これにする」
 蛇沼は時間ギリギリでカード取った。『牛肉』。私は『300P』を得て、蛇沼の残Pを『1200P』に減らした。追い抜くには、まだまだ足りない。
 私は〈ミートカード〉をさっさと回収して、袖に隠した『鶏肉』と一緒に排出口に落とした。
「……神居さん」
 蛇沼が上目遣いで私を見た。
「何か?」
「……いや。なんでもない」
 イカサマを直感してはいるが、証拠がないので追及できない。当然、ゲームマスターの神木も、発覚していないイカサマは無視する。その瞬間を押さえられなければ、イカサマはイカサマにならないのだ。
「蛇沼様が〈マーケット〉です」
 私は蛇沼から目をそらさなかった。同じ手を使われることを警戒したからだ。
 しかし、奴は妙な動きはせず、ただカードを並べた。すり替えをマネできる器用さはないらしい。
「口数が減ったね」
「早く取ってよ」
 わかりやすい感情の変化。私にしてやられて、蛇沼は苛立っている。
「一つ、ききたいんだけれど」
 私は並べられたカードに指が当たるギリギリのところで右手を揺らした。ポタポタと血が落ち、裏に赤い水玉模様を描く。
「カードの絵柄をちゃんと確認した?」
「は? したに決まってるじゃん」
 私がじっと見つめると、蛇沼はハッとなって、慌てて並べたカードの絵柄を確認する。私がカードをすり替えたと思い込んだのだろう。残念ながら、私の狙いは

ではない。
「『豚肉』はどこ?」
「え?」
 カードをめくり上げた蛇沼の視線が、わずかに右に移動する。
 瞬間、私は手を伸ばしてカードを取った。私の目的はカードのすり替えではなく、再確認させることだったのだ。
「ビンゴ。『豚肉』」
「……ッ!」
 私は『角煮』と『豚肉』をテーブルに置いた。相互関係は合っているので、『300P』をキープ。蛇沼は『焼き鳥』と『牛肉』。相互関係を合わせるために『鶏肉』の『100P』を失い、残り『1100P』。
 私はカードを片付けるついでに、『豚肉』をジャージの袖に隠す

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