第26話 あのお方

文字数 1,734文字

 闇の中から一つの情景が浮かび上がった。
 窓も壁も天井も床も出入口も何も見当たらない、暗い空間。
 神宮寺はさっきまで〈バーン・オブ・ハイランダー〉のプレイルームにいた。
 それなのに、どうして自分がここにいるのか……。神宮寺はすぐ、答えを見つけた。
 

だ。

に呼び出されたのだ。
 そして、呼び出されたということは、約束の期限(タイムリミット)が近いということ……。
『神宮寺龍也』
 呼ばれて、神宮寺は(ひざまず)いた。
 液体のように、決まった形のない何かが傍でうごめいているのを肌で感じる。
『神宮寺龍也よ。お前と話すのは、これで二度目だな』
「再びお会いする場を頂戴いたしまして、大変ありがたい限りでございます……」
 神宮寺の表情は緊張で強張っていた。
 目の前にいる

だけは、怒らせてはいけない。
 多くの資格を所有し、対人戦では無類の強さを誇る神宮寺だが、所詮、小さな次元の中での話だ。別の次元に生きる

にとって、神宮寺は道端に落ちている石ころも同然。文字通り、強さの次元が違うのだ。神宮寺がどれほど多くの資格を所有しようと、

との力量差は埋められない。
 そもそも資格とは、

が創り出したものなのだ。
 無限の富。人知を超えた力。不死身の肉体。永遠の若さ。死者の蘇生。等々……。それら様々な超常現象を簡略化したものが〈資格〉。
 それは、ある意味ではフィクションの世界に登場する〈魔法〉に近い力かもしれない。資格を所有する者たちはみんな魔法使いみたいなものだ。
 とはいえ、その力は無限ではない。
 資格には、期限と限度があるのだ。
『神宮寺龍也よ。例の件だが、進捗はどうだ?』
「はっ。滞りなく進行しております」
『それはいい』
 空間全体がぐにゃりと揺れた。ここは、支配者(このお方)の感情で空間の形が変化する次元だ。声は無機質かつ単調だが、空間の歪みで、神宮寺は感情を読み取ることができた。
『恐らく、次が最後になるだろう。与えた力をどう使うかはお前次第だが、制約があるということを忘れてはおらぬだろうな?』
「重々承知しております」
『よろしい。では、次に会うときを楽しみに待つ。お前には期待しているぞ、神宮寺龍也……』
 突如として足元から出現した漆黒の渦に、神宮寺はのみ込まれた。
 意識が、ゆっくりと溶け去っていく。
 神宮寺を形成するすべてが、

から、元居た世界へと強制的に送られた。



 救済ゲーム、〈バーン・オブ・ハイランダー〉が行われたプレイルーム内にいることに気づいて、神宮寺は目を(しばた)いた。
 

に呼び出される前に、暴力で立場をわからせた夕凪と、側近の佐藤の姿が消えている。古賀の死体も、死体に泣きついていた信徒たちも、いなくなっていた。
 ナメクジが這った跡みたいに、血が出入口のほうへ続いているので、古賀の死体は信徒たちがどこかへ運んだのだろう。
「…………」
 遅れて、神宮寺は自分が震えていることに気づいた。
『次が最後になるだろう』
 

の言葉が(メンタル)に重くのしかかってくる。
「次が、最後だと……」
 両手の震えだけでも止めようと、神宮寺は拳を強く握った。
 神宮寺ほど多くの資格を所有する者となると、

が下す罰のレベルも桁違いに高い。
 指で数えられる程度の資格の持ち主なら、組織から追放(はじき出)されて終わり。その程度の罰で済む。
 だが、神宮寺の場合はそれだけでは終わらない。恐らく、存在を消滅させられる。
 

の機嫌を損ねる(イコール)消滅。それは死よりも重い罰。
 だが、資格を多く所有するということは……。資格を多く所有する救済組織の上位者とは、それほどのリスクを背負う覚悟がなければ務まらない。リスクを背負っているからこそ、神宮寺は、自分が住む次元の中で無敵でいられた。
 そして、自分がまだ無敵であるうちに、結果を用意しなければならない。

が望むものを用意しなければならないのだ。
「……いいだろう。やってやる」
 神宮寺は、カッと目を見開いた。
 上からの尋常じゃない圧力(プレッシャー)を精神力で抑えつけ、震えを止めた。
「俺は必ず、願いを叶える。そのためには……」
 神宮寺は所有する駒たちを想像の盤上に並べた。
 道はすでに出来上がっている。
 後は、駒たちを正しく動かすことができれば……。 
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