第28話 中途半端

文字数 2,910文字

 神宮寺の部屋を出た神木は、エレベーターで一階まで降り、アパートを出た。
 ひと気のない路地裏へ入り、スマホを耳に当てる。
「なんだよ、フクちゃん」
 いきなり電話してきた相手は、小学時代の神木の同級生、(ふくろ)疾風(はやて)だった。
『マッちゃん、ごめん! ちょっと緊急事態でさ!』
 電話の相手、袋は裏返った声で言う。
『ヤベーことになったんだ! マジで! マッちゃんが働いてる組織の力でなんとかしてくれ!』
「ヤベーことって、具体的に何をしたの?」
『最近、オレん()の隣に、新婚さんが引っ越してきたんだ! そいつらが夜な夜なイチャイチャうるせーから、鉄パイプでぶん殴ってぶっ殺した! それで、死体を隠すためにマッちゃんの力を貸してほしいんだ!』
 神木は切実に思った。
 (コイツ)のこと、もっと早く殺しておけばよかった、と。
 神木は声のトーンを落として言った。
「フクちゃん。タダでは手を貸せないよ。わかっているだろう?」
『ああ! だから、ゲームをやらせてくれ! 対戦相手はオレが選ぶから、いつもみたいに相手(リスト)を見せてくれ!』
 袋は周回プレイヤーの一人だった。対戦相手を選び、救済ゲームを行う資格を所有している。
 だが、対戦相手を選べるといっても、選択肢を限らせることはできるので、袋よりも実力のある周回プレイヤーだけで相手(リスト)を固めれば、始末するのは容易(たやす)かった。
 しかし、袋は恐ろしく察しがよくて、名前や顔を見ただけで、それが自分よりも格上か格下かわかってしまうのだ。
 そして袋は、絶対に、自分よりも格上のプレイヤーとは対戦しない。勝てる勝負しか受けないから、神木は(コイツ)を殺したくても殺せないのである。
 袋を殺すためには、同じく、対戦相手を選ぶことができる周回プレイヤーに指名してもらうほかない。
 神木は、これまで何度も、他の周回プレイヤーに袋を紹介した。
 あるいは、対戦相手の選択肢に入れた。
 だが、誰も袋を選んではくれなかった。察する能力だけでなく、悪運まで強い奴である。
『おい、どうなんだよマッちゃん? これまでだって、何度もオレのことを助けてくれただろ?』
「フクちゃん……」
『オレたち、

だよな?』
 そう思っているのは、お前だけだ。神木はただ、親友のフリをしているだけ。
 神木は怖いのだ。袋の残虐性が。昔から変化しないどころか、むしろ、悪化している袋の性格が、神木は怖かった。
 だから親友のフリを続けている。『フクちゃん』という愛称で呼び、逆鱗に触れないよう立ち回っている。
「……わかった。明日までに、相手(リスト)を見せるよ」
『さすがマッちゃん! 話が早くて助かる!』
「誰かに死体を見られたらマズいから、ゲームは対戦相手が決まった当日にやりたい。だから、今回は選り好みはなしで頼むよ」
『なんでもいいから、早くゲームをやらせてくれ!』
「また連絡する。じゃあね」
 神木は通話を終わらせた。
「……クソッ。イカレた〈腮鼠(ハムスター)〉め」
「ハムスターがどうかしたの?」
 背後からきこえた神居の声に、神木はびくりとする。
「か、神居さん!? いつからそこにいたんですか!」
「ついさっき」
「電話の内容。もしかして、きこえてました?」
「いや。フクちゃんの死体隠蔽(いんぺい)に加担する犯罪者の話しかきいてないけど」
 ついさっきどころか、全部じゃないか。最初から最後まで、神居は神木と袋の会話を隠れてきいていたのだ。
「色々と勘違いしていると思いますが、これも仕事ですよ」
「フクちゃんって奴は周回プレイヤーなんでしょ? 私が相手してやろうか」
 神居は〈隻眼姫〉との戦いを望んでいる。実現するためには、〈隻眼姫〉を保護する資格を奪い取るか、消し去る必要があった。そのためには、やはり、救済ゲームの勝利時に獲得できる資格が必要なのだ。
 もしも、神居が袋と対戦し、勝利すれば、〈隻眼姫〉を守る盾を排除し、直接的な殺害が可能となる。
「神居さん」
「ん?」
「おれは、神居さんに、ずっとゲームマスターだけやっていてほしいと思っています」
「なんで?」
「神居さんに、死んでほしくないからです」
「私が負けるって言いたいの?」
 舐められている、と勘違いした神居が、挑発的な視線を神木に送る。
「私は、あんたがやめとけって言った〈捕食者(プレデター)〉を倒した。私が病み上がりじゃなく、絶好調だってことが、あんたに伝わったと思っていたんだけど」
「わかっています……」
 神居を組員に戻したい。初めにそう言い出したのは神木だった。
 理由は、神居が〈隻眼姫〉に恨みを持っていると知っていたから。
 それに、〈隻眼姫〉は多くの組員が恐れる殺人鬼。神居のように私情で立ち向かえる者でなければ始末できない。神居の組員復帰には、メリットしかなかった。
『神宮寺さん。悪い考えではないと思うのですが……』
『神居を組員に? いいんじゃないか。俺が手を貸してやる』
 神木は神宮寺に、対戦相手とゲームをする場をセッティングしてもらった。
 そのとき、神木は〈腮鼠(ハムスター)〉をついでに殺したかった。
 しかし、神居は〈捕食者(プレデター)〉を選択した。そして勝利し、神木の望みが一つ叶った。
 その時点では、神木にとって神居は、〈隻眼姫〉を始末するための道具のようなものだった。
「でも、神居さん……」
 三年で、神木も忘れてしまっていた。神居が自分に何をしたのか。神木が組員になるきっかけをくれた恩を忘れてしまっていたのだ。
『あんたみたいな

は、普通に生きて、普通に幸せになって、普通に死ねばよかったんだよ』
 神居が、神木に優しく接してくれる、姉のような存在だったことも忘れていた。
 でも、思い出した。全部、思い出してしまったから、神木は神居を〈隻眼姫〉のような危険人物と接触させたくない。
「もう、戦わなくていいじゃないですか。神居さんは組員に戻った。おれと一緒に、ゲームマスターの仕事を頑張りましょうよ」
「ふざけんな! あんたが私に

をくれたんだろうが! あんたが私の、夕凪紫織に対する怒りを思い出させたんだろうが!」
 神居は乱暴に神木の肩をどついた。
「なんであんたはいつも中途半端なんだよ!? 私の中で、夕凪紫織を殺すことは決まっている! あんたも、そのために私を組員に戻したんだろ!?」
「気づいていたんですか……」
「あんたのやることは筋が通っていてわかりやすいから! でも、なのになんで、途中で諦めるんだよ!? 筋道が出来上がっているなら、それを真っ直ぐ辿ればいいだろうが! 途中で諦めるから、結果が出ずに終わるんだろうが!」
「おれは神居さんを、これ以上、危険な目にあわせたくなくて……」
「余計なお世話だ馬鹿野郎! 当たり前のように人が死ぬ裏組織で働く組員が、そんな甘い考えで生き残れると思うな! だから私は、あんたに選択を間違えているって言ったんだよ!」
「…………」
 神木は神居に背を向けた。
「おい! 話はまだ終わってないだろ!」
「部屋に戻ります。あんまり外に出ていると、神宮寺さんに怒られますから……」
「あっそ! じゃあ、部屋に戻ったら話の続きな!?」
 何を言おうと、何を言われようと、神木の気持ちは変わらない。
 神居に対する想いだけは、中途半端なまま放置できないものだから……。
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