第21話 〈バーン・オブ・ハイランダー〉その②
文字数 3,375文字
「ドローフェイズ」
夕凪が引いたカードは、
『斧 』:相手のライフに4点のダメージを与える。
古賀の手札が0 枚の今、『斧』の攻撃は確実に通る。
しかし、夕凪は使用せず、『斧』を手札に残したままターンエンドを宣言した。
古賀にターンが渡る。古賀はカードを引かず、神宮寺のカウントをききながら、ここまでで得た情報を頭の中で整理した。
夕凪が戦略型 カードゲームの素人なのは本当だ。一ターン目の攻防で、古賀はそう確信していた。
初手からいきなり『呪』を切るなんて、正気じゃあない。『相手の手札を減らす』といった明確な目的があったのなら、初手の『呪』にも理があると頷けるが、夕凪は真っ直ぐワンキルを狙ってきた。失敗の可能性を考慮しない自爆特攻で、成功するほうがおかしい。
そもそも、ワンキルというのは、プロのカードゲーマーでも容易に成功させられない高等テクニックなのだ。緻密 に練られた手順を何度も何度も繰り返し、流れを身体にしみ込ませ……。そこまでやって、ようやくスタート地点に立てる。寝る間を惜しんで練習し、身につけたワンキル戦略を、次は実戦で成功させなければならない。
そして、悲しいことに、ほとんど思い通りにいかないのだ。相手がカードゲームを熟知したプロなら、まず成功しない。プレイ中、どこかで確実に止められる。
実戦の中で何度も軌道修正し、相手の妨害を受けながら必要なカードを拾い集め……。たった一度のチャンスに賭ける。失敗したら敗北色が濃厚になる、大博打に挑む。それが、ワンキルの戦略 なのだ。
「後十秒」
「ドローフェイズ。カードを引きます」
古賀が引いたカードは、
『花 』:自分はデッキの上からカードを一枚引く。その後、相手はデッキの上からカードを一枚引く。
ドロー補助系カード。
「メインフェイズに入ります」
古賀はそんなカードよりも、ワンキルについて考えを膨らませる。
このゲーム、〈バーン・オブ・ハイランダー〉での『呪』の正しい使用タイミングは、手札に十分な防御系カードが揃っているときだろう。確実に相手のライフを0 にできる算段が整ったら、満を持して『呪』を使うのだ。
しかし、基本的にどのカードも即使用できる効果のものばかりなので、成功の確率は低い。加えて、『呪』によるワンキルを成功させるために必要な、
『魔 』:カードの効果を一つだけ無効にする。ただし、『魔』の後に使われたカードの効果は無効にできない。
『罠 』:相手が使用したカードの効果を一つだけ選び、その効果を『自分のライフを3点
『封 』:相手の手札を見てカードを任意の枚数選びゲームから取り除く。
『呪 』:自分と相手は手札をすべてゲームから取り除く。その後、呪の効果でゲームから取り除いたカードの枚数分だけ、相手のライフを
特殊系カード四枚を持つ必要があるという、鬼畜難易度だ。
ワンキルに必須の『呪』。
相手に使われたくないハンデスカードの『封』。
そして、『呪』を防ぐ絶望の『魔』と『罠』。
この四枚のうち、一枚でも相手に渡ったら、ワンキル戦略が崩れてしまうのである。
仮に、奇跡的にこの四枚を手にしたとする。
ワンキルに必要な枚数が揃うまで、相手に攻撃され放題……。いや、それはまだマシだ。
回復系カードによる、ライフ回復され放題なのが一番キツい。相手のライフが増えるほど、ワンキルに必要なカードの枚数が増えていくから。
どう考えても、このゲームでワンキルなんて無理だ。ワンキルが成功しないように、カードの制作者が調整しているとしか思えない。
夕凪も、さすがに、一ターン目の攻防で気づいただろう。もう二度と、『呪』によるワンキルは狙わない。そう決めたはずだ。
次に使うとしたら、自分と相手の手札を意図的に減らすため、などだろうか。一ターン目で『封』がゲームから取り除かれてしまったので、これからは『呪』が手札除去 要員として活躍する予感がする。
「古賀。お前は考える時間が長いな」
「そうですね。
夕凪に嫌味を返し、古賀は思考を続ける。
……とはいえ、夕凪さんが
向けられた殺意だけは、本物だった。
夕凪は古賀を殺そうとした。それも、一撃で。
目の前に銃があれば、誰よりも先にそれを取り、銃弾を放つ。それが夕凪紫織だ。情け容赦のない殺人鬼なのだ。
……わたしに牙を剥く者は等しく怪物です。星の子の敵対者、〈星喰いの狂獣 〉なのです。
相手は怪物。それならば、遠慮はいらない。
古賀は目を見開いた。夕凪の持つ、一枚のカードを凝視する。
それは、なんの変哲もない紙のカードだった。
だが、次に古賀が手にするカード……。デッキ一番上 にあるカードは、青く輝くオーラをまとっている。
……使わせてもらいましょう。神の力を……。
デッキの隙間に、点々と続く青い道しるべ。青く輝くオーラが、古賀に、命を守るカードの場所を教えてくれた。
「残り三、二……」
「わたしは『花』を使います」
古賀は『花』を場に出した。
先にデッキからカードを引くのは、使用者の古賀だ。
「ドロー」
引いたカードは、
『糞 』:自分のライフを2点増やし、相手のライフを2点
古賀は、
「ドロー」
夕凪も一枚引く。
『盗 』:自分のライフを1点
ライフを減らしてカードを引く、ドロー補助系カードだった。
使用済みの『花』は、神宮寺の手によってデッキ下へと送られた。
「ターンエンドです」
古賀が終了宣言し、夕凪にターンが渡った。
「ドローフェイズ」
引いたカードは、
『蘇 』:ゲームから取り除かれているカードを一枚選んで、自分の手札に加える。
夕凪はテーブル端に置かれた『封』にチラリと目をやった。その瞬間、古賀は直感する。
……まさか、夕凪さんは『蘇』を引いたのでは?
相手の手札だけを除去できる『封』を取られるのは厄介だが、しかし、古賀の手札には『蘇』の発動を止められるカードがない。
「メインフェイズ」
夕凪は軽く頭を振って、長い前髪に隙間をつくった。髪の毛から覗く右目が、
「わたしは、このカードを使う」
古賀は何もしない。『封』は夕凪の手に行く。確定だ。どうしようもない。
「……?」
古賀はキョトンとした。
夕凪が場に出したカードは『蘇』ではなく、『盗』だったのだ。
「古賀。何もないなら『盗』の効果が発動するぞ」
「どうぞ」
想像した展開にならなかったことに、古賀は疑問を抱いた。
……『蘇』は温存? いや、まずドローして、引いたカードを確認後、使うかもしれません。
古賀が思考中に、夕凪のライフが『盗』のコストで1点減る。夕凪の残りライフは、13点になった。
「ドロー」
代償 を払って、夕凪がデッキから盗んだ カードは、
『槍 』:相手のライフに2点のダメージを与える。
ショボい攻撃系カードだった。
発動後の『盗』がデッキ下に戻っていく。
「ターンエンド」
手札を三枚残して、夕凪は古賀にターンを渡した。
……何もしない? どうして?
夕凪の手にある三枚は青く輝くオーラをまとっていないので、回復系カードでないことは確かだ。
三枚の内、一枚が『蘇』だとしたら、残っている二枚はなんだろうか。
可能性が高いのは、発動の条件が決まっている効果のカード。防御系や、特殊系だ。まだ古賀が手にしていない『魔』や『罠』だったら、かなり面倒。迂闊にカードを出せなくなってしまう。
……まぁ、いいでしょう。しばらくは互いに手札を増やす時間です。手札は大事ですからね。
夕凪が攻撃してこないのは、攻め手がないから。そう決めつけ、古賀はデッキに手を伸ばした。
「ドローフェイズ」
一枚取って表向きにする。
『魔 』:カードの効果を一つだけ無効にする。ただし、『魔』の後に使われたカードの効果は無効にできない。
あらゆるカードの効果を消し去る『魔』のカードだ。
嬉しいが、表情には出さない。
「メインフェイズ。……エンドフェイズ」
夕凪、残りライフ13点。手札三枚。
古賀、残りライフ12点。手札二枚。
これといって大きな変化がないまま、夕凪にターンが渡った。
夕凪が引いたカードは、
『
古賀の手札が
しかし、夕凪は使用せず、『斧』を手札に残したままターンエンドを宣言した。
古賀にターンが渡る。古賀はカードを引かず、神宮寺のカウントをききながら、ここまでで得た情報を頭の中で整理した。
夕凪が
初手からいきなり『呪』を切るなんて、正気じゃあない。『相手の手札を減らす』といった明確な目的があったのなら、初手の『呪』にも理があると頷けるが、夕凪は真っ直ぐワンキルを狙ってきた。失敗の可能性を考慮しない自爆特攻で、成功するほうがおかしい。
そもそも、ワンキルというのは、プロのカードゲーマーでも容易に成功させられない高等テクニックなのだ。
そして、悲しいことに、ほとんど思い通りにいかないのだ。相手がカードゲームを熟知したプロなら、まず成功しない。プレイ中、どこかで確実に止められる。
実戦の中で何度も軌道修正し、相手の妨害を受けながら必要なカードを拾い集め……。たった一度のチャンスに賭ける。失敗したら敗北色が濃厚になる、大博打に挑む。それが、ワンキルの
「後十秒」
「ドローフェイズ。カードを引きます」
古賀が引いたカードは、
『
ドロー補助系カード。
「メインフェイズに入ります」
古賀はそんなカードよりも、ワンキルについて考えを膨らませる。
このゲーム、〈バーン・オブ・ハイランダー〉での『呪』の正しい使用タイミングは、手札に十分な防御系カードが揃っているときだろう。確実に相手のライフを
しかし、基本的にどのカードも即使用できる効果のものばかりなので、成功の確率は低い。加えて、『呪』によるワンキルを成功させるために必要な、
『
『
減らす
』に変更する。『
『
減らす
。特殊系カード四枚を持つ必要があるという、鬼畜難易度だ。
ワンキルに必須の『呪』。
相手に使われたくないハンデスカードの『封』。
そして、『呪』を防ぐ絶望の『魔』と『罠』。
この四枚のうち、一枚でも相手に渡ったら、ワンキル戦略が崩れてしまうのである。
仮に、奇跡的にこの四枚を手にしたとする。
ワンキルに必要な枚数が揃うまで、相手に攻撃され放題……。いや、それはまだマシだ。
回復系カードによる、ライフ回復され放題なのが一番キツい。相手のライフが増えるほど、ワンキルに必要なカードの枚数が増えていくから。
どう考えても、このゲームでワンキルなんて無理だ。ワンキルが成功しないように、カードの制作者が調整しているとしか思えない。
夕凪も、さすがに、一ターン目の攻防で気づいただろう。もう二度と、『呪』によるワンキルは狙わない。そう決めたはずだ。
次に使うとしたら、自分と相手の手札を意図的に減らすため、などだろうか。一ターン目で『封』がゲームから取り除かれてしまったので、これからは『呪』が
「古賀。お前は考える時間が長いな」
「そうですね。
どこかのお馬鹿さん
と違って、即決即断はしませんから」夕凪に嫌味を返し、古賀は思考を続ける。
……とはいえ、夕凪さんが
わたしと違って
、まともじゃないことも確か。向けられた殺意だけは、本物だった。
夕凪は古賀を殺そうとした。それも、一撃で。
目の前に銃があれば、誰よりも先にそれを取り、銃弾を放つ。それが夕凪紫織だ。情け容赦のない殺人鬼なのだ。
……わたしに牙を剥く者は等しく怪物です。星の子の敵対者、〈
相手は怪物。それならば、遠慮はいらない。
古賀は目を見開いた。夕凪の持つ、一枚のカードを凝視する。
それは、なんの変哲もない紙のカードだった。
だが、次に古賀が手にするカード……。デッキ
……使わせてもらいましょう。神の力を……。
デッキの隙間に、点々と続く青い道しるべ。青く輝くオーラが、古賀に、命を守るカードの場所を教えてくれた。
「残り三、二……」
「わたしは『花』を使います」
古賀は『花』を場に出した。
先にデッキからカードを引くのは、使用者の古賀だ。
「ドロー」
引いたカードは、
『
減らす
。古賀は、
命を守る
回復系カードを手に入れた。「ドロー」
夕凪も一枚引く。
『
減らす
。その後、自分はデッキの上からカードを一枚引く。ライフを減らしてカードを引く、ドロー補助系カードだった。
使用済みの『花』は、神宮寺の手によってデッキ下へと送られた。
「ターンエンドです」
古賀が終了宣言し、夕凪にターンが渡った。
「ドローフェイズ」
引いたカードは、
『
夕凪はテーブル端に置かれた『封』にチラリと目をやった。その瞬間、古賀は直感する。
……まさか、夕凪さんは『蘇』を引いたのでは?
相手の手札だけを除去できる『封』を取られるのは厄介だが、しかし、古賀の手札には『蘇』の発動を止められるカードがない。
「メインフェイズ」
夕凪は軽く頭を振って、長い前髪に隙間をつくった。髪の毛から覗く右目が、
何か
を映している。「わたしは、このカードを使う」
古賀は何もしない。『封』は夕凪の手に行く。確定だ。どうしようもない。
「……?」
古賀はキョトンとした。
夕凪が場に出したカードは『蘇』ではなく、『盗』だったのだ。
「古賀。何もないなら『盗』の効果が発動するぞ」
「どうぞ」
想像した展開にならなかったことに、古賀は疑問を抱いた。
……『蘇』は温存? いや、まずドローして、引いたカードを確認後、使うかもしれません。
古賀が思考中に、夕凪のライフが『盗』のコストで1点減る。夕凪の残りライフは、13点になった。
「ドロー」
『
ショボい攻撃系カードだった。
発動後の『盗』がデッキ下に戻っていく。
「ターンエンド」
手札を三枚残して、夕凪は古賀にターンを渡した。
……何もしない? どうして?
夕凪の手にある三枚は青く輝くオーラをまとっていないので、回復系カードでないことは確かだ。
三枚の内、一枚が『蘇』だとしたら、残っている二枚はなんだろうか。
可能性が高いのは、発動の条件が決まっている効果のカード。防御系や、特殊系だ。まだ古賀が手にしていない『魔』や『罠』だったら、かなり面倒。迂闊にカードを出せなくなってしまう。
……まぁ、いいでしょう。しばらくは互いに手札を増やす時間です。手札は大事ですからね。
夕凪が攻撃してこないのは、攻め手がないから。そう決めつけ、古賀はデッキに手を伸ばした。
「ドローフェイズ」
一枚取って表向きにする。
『
あらゆるカードの効果を消し去る『魔』のカードだ。
嬉しいが、表情には出さない。
「メインフェイズ。……エンドフェイズ」
夕凪、残りライフ13点。手札三枚。
古賀、残りライフ12点。手札二枚。
これといって大きな変化がないまま、夕凪にターンが渡った。