第10話 〈ミート・マーケット〉その②

文字数 3,217文字

 第三ラウンドが始まる。
 今回も蛇沼が早かった。〈フードカード〉が現れた瞬間、手を伸ばして一枚取る。
 私も〈フードカード〉を一枚取った。『すき焼き』。運が悪いにもほどがある。
 溜息を堪え、〈ミートカード〉を裏向きに並べた。
「お肉、ゲットだぜ!」
 一枚取って公開。『鶏肉』だった。私は『100P』得て、持ちPが『800P』になり、蛇沼は『1100P』でリードを継続する。
「次は、ボクがお肉屋さんだよ」
〈ミートカード〉が並べられる。一回、何も考えず取ってもいいかもしれない。心理戦を諦めたわけではなく、ただの実験だ。まだ手遅れの段階ではないので、色々と試してみたい。
 私は無心で一枚取り、絵柄を確認。『牛肉』だった。相互関係は合っているが、嬉しくない。『300P』マイナスで、残りは『500P』。蛇沼には『1400P』と半分以上点差をつけられた。
「カードを公開してください」
 パラ、と互いのカードがテーブルの上に落ちる。私は『すき焼き』と『牛肉』。蛇沼は『焼き鳥』と『鶏肉』。互いに相互関係は合っている。
 ここから連続で蛇沼にミスしてもらったら点差を埋められるかもしれないが、そう簡単にはいかないだろう。
 第四ラウンドへ移る。
〈フードカード〉が現れると、またしても、蛇沼は即行で一枚手に取った。
 私も〈フードカード〉を取った。『角煮』。必要な〈ミートカード〉は『豚肉』だ。持ちPが少ないせいか、『焼き鳥』以外、全部ハズレに思えてしまう。
「神居様が〈マーケット〉側スタートです」
 どのカードにも傷はない。目印も付けられてなさそうだ。指紋もない、綺麗な状態である。カードは毎回、新しい物が使われているのか。
 ペタペタとテーブルの上に〈ミートカード〉を裏向きに並べた。
「ねえ。神居さん」
「……?」
「ボク、もうわかっちゃったんだ。神居さんの、カードを並べる癖が」
「よかったね」
 どうせハッタリだろう。適当に流すのが正解だ。
 蛇沼が取って公開したカードは、三ラウンド目と同じ『鶏肉』だった。
「おっとっと」
 わざとらしくテーブルに落とした〈フードカード〉。表に絵柄がきている。それは、三ラウンド目と同じ『焼き鳥』だった。
 二回連続で同じ絵柄のカードを引くのは、別にあり得ないことではない。運がよかった、と言ってしまったらそれまでだが……。
「蛇沼さん。〈フードカード〉を公開するのが早いですよ」
「ごめん神木クン! 次から気をつけるね!」
 ペロペロと舌を出してとぼける蛇沼。完全に私を舐めている。蛇沼の発言はハッタリではないのか。私は〈ミートカード〉の並び順や、テーブルに置く順番は毎回、不規則にしていた。ここまでで一度も同じパターンで置いていない。
 ……本当にそうなのか? 私が勝手にそう思っているだけなのかもしれない。
 無意識に行われる人の動作にこそ本質が現れるときく。蛇沼は私が無意識に行う細かな癖を発見、記憶。頭に保存した私の情報(データ)を頼りに、自分が欲しい〈ミートカード〉を置く場所を推理したのだろうか。
 いや、だが待て。それでも、〈フードカード〉まで同じなのはおかしいだろう。〈フードカード〉は毎回、並びがバラバラだったはずだ。
 仮に、〈フードカード〉の並びに一定のパターンがあったとしても、たった四ラウンドでそのことに気づくのは、さすがに早すぎではないだろうか。
 ではやはり、まぐれなのか? 蛇沼は私を混乱させるために、嘘をついているのか……。
「神居さん。お肉屋さんはもうオープンしているよ」
 気がつくと、テーブル上にはすでに〈ミートカード〉が裏向きに三枚並べられていた。私が〈バイヤー〉側としてカードを取る番だ。Pの計算も済んでおり、私は『600P』。蛇沼は『1300P』。一番安い『鶏肉』なので、大した変化はない。
「神居さん。残り三十秒だよ」
「神居様。残り二十九秒です」
 うるさい、黙れ。
 私は苛立ち、右手で頭を掻いた。
 ついに怒りが頭の中を掻き乱し始め、ロクに考えもせず、私は〈ミートカード〉を取る。『鶏肉』。『100P』マイナス。蛇沼は『100P』プラス。
 両者のカードを公開し、相互関係を合わせられなかった私だけが追加でPを使った。『豚肉』の『200P』が引かれ、私の持ちPは『400P』。蛇沼は『1400P』を持った状態で、次のラウンドへと移る。
 第五ラウンド開始。
 蛇沼が〈フードカード〉を見分けられるのかわからない。
 だが、もしもそうだとしたら、逆に利用できるのではないか?
 私は秘策を思いついた。見かたによっては、妨害行為かもしれない。だが、暴力行為でなければ反則負けにはならないはずだ。
 私は右手を構え、集中した。テーブル上に〈フードカード〉が出てくる。蛇沼が、獲物にかぶりつく蛇の如く、素早く右手を伸ばす。その瞬間、私は蛇沼が触れようとしたカードを右手で素早く弾き飛ばした。
「〈競技かるた〉かな? 神居さん、やるゲーム間違えてるよ」
 私は弾き飛ばしたカードを拾い、手元に置いた。
「あんたと同じカードが欲しかったから、焦っちゃった」
 絵柄を見て、私はニヤリと笑う。
「『焼き鳥』。あんたも好きなんだね」
「……フン」
 蛇沼はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「神居様。〈マーケット〉側スタートです」
〈ミートカード〉を手に取り、じっくり考える。
 理由はわからないが、蛇沼は〈フードカード〉を裏向きでも見分けられるらしい。それは確かに強みだが、敵に情報を与えてしまう弱点にもなる。『焼き鳥』の場所がわかる蛇沼の動きを監視し、先に取ってしまえばいい。私が何をするか知ってしまった蛇沼は、次のラウンドから容易に〈フードカード〉に手出しできなくなるだろう。
 次は、読みを外させる。どこにどの〈ミートカード〉を置いたのか、蛇沼にバレないよう、心理戦で勝たなければいけない。
「いいこと教えてあげる。このカードが『鶏肉』で、これが『豚肉』、最後のカードが『牛肉』だから」
 本当は、『豚肉』と言って置いた場所には『牛肉』がある。
 ポーカーフェイスで取るのを待つ。
 蛇沼はペロリと舌を出し、一枚取って表にした。
「あれれ、おっかしいなぁ。『牛肉』って言った場所に『豚肉』があったよ。嘘つかないでよ、お肉屋さん」
 完全に読まれている。蛇沼は本当に、私が知らない私の癖を理解しているのかもしれない。友人だったら最高だが、命懸けのゲームの対戦相手に知られるのは最悪だ。
『豚肉』の『200P』を得て、私の残Pは『600P』。蛇沼は『200P』マイナスで残P『1200P』。
「神居さんが欲しい『鶏肉』はここだよ~」
〈マーケット〉側でやり返す。実は結構、根に持つタイプなのだろうか。
 私には蛇沼ほどの観察力はない。だが、奴とて人間だ。油断するし、イラつくし、ミスもする。〈フードカード〉を先取したように、隙を突けば勝てるはずなのだ。
「本当は、右端のカードが『鶏肉』でしょう?」
「違う違う。左端が『鶏肉』だよ」
「じゃあ真ん中を貰う」
 ハズレを引かせるために、無意識に避けたであろう真ん中。そこが一番怪しい。
 私は取ったカードを表にした。
「はい! 残念でしたぁ!」
 やられた。『牛肉』だ。『300P』を奪われ、残は『300P』。蛇沼の残は『1500P』。悔しさのあまり、私は『牛肉』をぐしゃりと握り潰してしまった。
「神居様。握り潰したカードは足元に捨ててください」
 言われた通り、ポイ捨てする。スペアはテーブルの中にたんまりあるのだろう。使用するカードは毎回変わる、という確定情報を得られただけでも、よしとする。
「では、公開してください」
 蛇沼は『角煮』と『豚肉』。相互関係は合っているので、残は『1500P』で変化なし。私は『焼き鳥』と『牛肉』。残念ながら引けなかった『鶏肉』の『100P』を消費し、残が『200P』になった。
 厳しい状況だが、私の心はまだ折れていない。
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