第14話 〈ミート・マーケット〉その⑥

文字数 3,881文字

 私の残りPは『300P』と『1900P』分の手足の指。
 蛇沼は『100P』と『1800P』分の義手義足の指。
 このゲームで私が勝つためには、蛇沼の指をすべて切り落とし、支払いができない状況を作るしかない。
 指を切ってもダメージがない蛇沼のほうが有利ではあるが、私にも、〈すり替え〉という武器がある。
 しかも、このゲームでは、カードのすり替えが発覚する可能性が低い。理由は、ゲームマスターがプレイルームの外にいるからだ。仮に、蛇沼が私の身体チェックや、並べたカードのチェックを申し出ても、神木がプレイルームに入る前にカードを処理してしまえばいい。暴力行為が禁止されているため、手や腕を掴まれる心配もないので、隠し持ったカードを露骨に見せなければ、基本的に、すり替えは成功するのだ。
 無論、神木に調べられる前に隠し持っているカードを処理できなければ見つかってゲームオーバーだが、指が全部切り落とされでもしない限り、私は器用に対処できる。
「では、第十三ラウンドに移ります」
〈フードカード〉をのせるため、テーブルの中央が引っ込む。テーブルの内側には、カードをやりくりする機械と、種類を識別する電子部品が付けられているのだと想像できる。カードの識別を担当する部品は高性能のようで、ここまで一度も排出ミスや誤送がなかった。枚数もきっちり三枚ずつ分けられていた。内部に異物が混入しても、難なくカードの識別を行うよう、周到にプログラムされているに違いない。
 電子部品に関しては、物理的に破壊する以外で誤作動を起こすのは不可能だといえる。破壊を試みようものなら、ゲームマスターによって即座に止められ、最悪の場合、反則行為とみなされる。神木が蛇沼の八つ当たりを注意したのは、テーブル内部の繊細な装置を守るためだったのだ。
 そして、二度目はないだろう。私か蛇沼がテーブルに強い衝撃を与えた瞬間、神木はゲーム終了を告げる。
 蛇沼がやけになってテーブルを殴ってくれたら、そこでゲーム終了なのだが、可能性は薄い。互いに指を切り、互いに残りPも少ない終盤戦で、反則負けという間抜けたミスが起こるわけがないのだ。
 テーブルに、三枚の〈フードカード〉が並んだ。
 蛇沼は何を狙うだろうか。〈ミートカード〉は私が血を付けるので、好きな絵柄を取るのが難しい。だが、血の付いていない〈フードカード〉だけは好きなカードを選べる。だから、〈フードカード〉を主軸に、私を殺す作戦を立てるはずだ。
 残り『100P』の蛇沼は、Pを大きく減らさないように『焼き鳥』を狙う。……と見せかけて、私に『焼き鳥』を掴ませ、Pの回復を抑えるか。
 あるいは、『すき焼き』を私に掴ませて一気にPを削り、ついでに自分のPの回復を行うか。
 取っても『200P』という中途半端な『角煮』を狙うことはないと思うが、逆に、一番狙いそうにないカードを取って、私の読みを外させる可能性も(ゼロ)ではない。
 私と蛇沼は互いに長考。互いに気を抜けない戦いだ。私は蛇沼が動き出す瞬間をジッと待った。
「残り十、九、八……」
 神木が秒読みを始めた、次の瞬間。蛇沼が動いた。素早い動きだ。絶対に自分が持ちたいカードを狙っている。なら、それを先取して奴の作戦を潰して……。
「……ッ!」
 いや、違う! 蛇沼が狙ったカードを取るな!
 直前で、私は切り替えた。
 取ったカードは『焼き鳥』。蛇沼がチッと舌打ちした。その反応で、私は確信した。
 やはり、そうだ。『角煮』だ。ギリギリで気づいた。蛇沼は私に、『角煮』を掴んでほしかったのだ。
 このゲームで、自分の持ちPが多く減ってしまう悪い組み合わせは、

①:『角煮』を持っている状態で『牛肉』を引き、相互関係を誤ること。
②:『すき焼き』を持っている状態で『豚肉』を引き、相互関係を誤ること。

 この二パターンである。②の場合は、相手のPの回復数が『200P』と少ない。しかし、①の場合は、相手に『300P』を与えるだけでなく、相互関係のミスにより、のちに『豚肉』の『200P』を払うことになってしまう。①も②も、どちらも合計のマイナスPが『500P』と多いが、①のほうが、相手からしたら、多く回復もできてPも多く削れるよい組み合わせなのだ。それで、蛇沼は①のパターンを狙った。私に『角煮』を持たせて、『牛肉』を引かせてやりたかったのだ。
「神居様が〈マーケット〉スタートです」
 私は〈フードカード〉を取った。血を付けることは確定している。問題は、どうやって蛇沼のミスを誘発させるか。蛇沼は今、『角煮』を持っている。『牛肉』を引かせることができたら①のパターンを逆に利用できるが……。
「神居様。残り三十秒です」
 私の指から流れた血が手首をつたって腕にくる。皮膚の上を滑って肘に血が当たる感触がする。第十二ラウンドで袖に隠した『鶏肉』は血で濡れてしまっている。
 ……血で、濡れている?
 私は、ハッとなった。蛇沼に『牛肉』を引かせる、いい方法を思いついた。
 残り一秒で、私は〈ミートカード〉を並べた。蛇沼が鬼のような形相でカードを睨む。
「……えへへぇ」
 ニヤリと笑い、蛇沼は一枚の〈ミートカード〉に手をのせた。
「へっへっへ、神居さぁん……。長く

していれば、その分だけカードに血がしみ込んで、においが濃くなるんだよぉ……」
 蛇沼はカードを表にする。そして、「ハァアアアッ!?」と絶叫した。
「ぎ、『牛肉』!? なんで!? だって、これは……!」
 蛇沼が驚くのも無理はない。今回私は、『牛肉』に念入りに自分の血を吸わせていたのだ。
 恐らく蛇沼は、第十二ラウンドで私が手に入れたカードを使ってくると読んだのだろう。そのカードには、第十三ラウンドで新たに使われるカードよりも濃く血のにおいが付いているので目印になる。
 そして、私が第十二ラウンドで最後に公開したカードは『焼き鳥』と『鶏肉』。使うなら『鶏肉』しかない。Pの相互関係は違うが、他のカードを選ぶよりは確実だ。
「く、くそッ……!」
 互いのPが変化する。私は『牛肉』の『300P』を得て、残『600P』。蛇沼は、マイナス『300P』で、残『100P』が『(ゼロ)P』になった。
「蛇沼様。『100P』だけでは足りません。指二本で支払ってください」
 蛇沼は乱暴にドアを開けてプレイルームから出ていき、左手の小指と薬指を切り落として戻ってきた。残っている義手義足の指は『1600P』分。
 次は、蛇沼が〈マーケット〉側だ。
「オラァ、引けよッ!」
 すぐ〈ミートカード〉が並ぶ。
「これが『鶏肉』でしょ?」
 蛇沼の目の動き、カードを並べる順番、ブラフに対する反応……。何もかもが有益な情報だ。私は完全に、蛇沼の動きを見切っていた。
「悪いけど、あんたの癖、全部わかっちゃったから」
 私はあっさり『鶏肉』を手に入れた。
 互いに手持ちのカードを公開し、相互関係を合わせるために蛇沼は『豚肉』の『200P』を、手に入れたばかりの『100P』と左手の中指一本で支払う。
 私は『600P』を残し、蛇沼だけ『(ゼロ)P』のまま、第十四ラウンドが始まる。
 そこからの展開は、一方的だった。
 蛇沼は私のカードのすり替えを止められず、読み勝てず、何度も騙され続け、Pを大きく増やせないまま指を切り続けた。
 最初に左手の指が消え、次に両足の指が切り落とされ、最後に残ったのは右手の人差し指だった。
 蛇沼はカードもまともに持てない状態で戦い続け……。そして、ついに終わりのときがきた。
「蛇沼様。支払いに必要な指もPもありません」
 神木はゲーム開始からずっと手に持っていたリモコンを捨て、代わりに懐から拳銃を取り出した。
「う、うぅ……」
 蛇沼はテーブルに突っ伏し、呻いた。
「このゲームは、プレイヤーのどちらかの死によって決着します」
 神木は銃を構えたまま、ゆっくりとプレイルームに近づいた。敗者を撃ち殺すため、ドアに手をかける。同時に、蛇沼がムクリと起き上がった。
「あぁ、あぅあぅあぅ……」
 泣いているのか、笑っているのかよくわからない顔で、蛇沼は喘ぐ。
「蛇沼様。何か、言い遺すことはありますか?」
 神木は冷たい目で蛇沼を見下ろした。
 私は流れ弾を警戒し、プレイルームから出た。
「ねぇ、神木クン……」
「はい。何でしょうか」
「……ひとくち」
「ひとくち?」
「神木クンのお肉、一口だけ食わせろォッ!」
 ビリビリと耳を(つんざ)く咆哮とともに、蛇沼は神木に襲いかかった。
「先っちょだけッ! 先っちょだけでいいからッ!」
 乾いた音が三発響いた。
 蛇沼は残っている人差し指を神木に向けたまま、ぐらりと前のめりに倒れた。
 バフッと土煙が舞う。蛇沼の身体に開いた三つの穴から血が流れ、土に赤黒いシミをつくった。
 神木は銃を懐にしまい、言った。
「〈ミート・マーケット〉。勝者、神居玲緒奈」
 私は小さく息を吐いた。
 貪欲な〈捕食者(プレデター)〉は死んだ。
 生き残ったのは、食われる側の弱者だった。
「『窮鼠猫を噛む』とは、まさにこのことですね」
「誰が鼠だ……」
 貧血でフラフラする私を、神木が慌てて抱きとめた。
「大丈夫ですか?」
「どう見ても大丈夫じゃないだろ……。さっさと病院に連れて行け……」
「それが、ゲームをクリアした神居さんの願いですか?」
「ふざけんな……」
 私は噛みつくように言った。
「この瞬間、お前は私の後輩に戻ったんだ……。私の言う通りに動け……」
「そういえば、そうでしたね」
 神木は両腕で私をお姫様みたいに抱え上げ、囁くように言った。
「おかえりなさい、先輩……」
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