第15話 〈巫女〉

文字数 2,766文字

 円形に草を刈られた野球場のような場所に、二十人の男女が整列していた。皆、黒いローブをまとっている。夜空に浮かぶ星々を眺めて、ブツブツと何かつぶやく、気味の悪い連中だった。
「お、おぉ……! 同士がまた一人、故郷へと旅立たれたッ!」
 雲の切れ間を一筋の光が通過するのを見て、一人の女性が指を突き上げた。
 女性の名は古賀(こが)(きらら)。宗教団体〈星神(せいしん)教団〉の長で、他の男女は仲間の信徒たちだ。
「へび座の巫女よ! 同士、蛇沼日紫喜よ! 彷徨(さまよ)える流れ星よ!」
 彷徨える流れ星よ!
 古賀の背後で信徒たちが復唱する。
「汝が無事に、故郷へと辿り着かんことを!」
 辿り着かんことを!
 信徒たちは復唱後、両手を組み、目を閉じて、夜空に祈った。
「祈っている場合ですかぁ!?」
 古賀の声にビクリとし、信徒たちは一斉に祈りをやめた。
「同士蛇沼が無事、故郷へと辿り着けるように、贄を差し出すのです!」
「おぉ、巫女様……!」
 信徒の一人が感極まった声で叫んだ。
「我ら星の子ッ! 同士のためにッ!」
「同士のためにッ!」
 一人の信徒に、他の信徒が呼応する。
「贄を捧げよッ!」
「心臓をえぐり出せッ!」
「馬鹿者がッ!」
 古賀は懐から水晶玉を取り出し、一人の信徒の顔面をぶん殴った。
「えぐり出すのは、わたしの役目なんですけど!?」
「み、巫女(みこ)様に捧げよ!」
 鼻血を垂らしながら、殴られた信徒は言い直す。
 古賀は満足げに頷き、命じた。
「さぁ、()くのです! 星の子らよ! 同士蛇沼から肉体を奪った不届き者を見つけ出し、わたしのもとへ連れてくるのですッ!」
「同士蛇沼のためにッ!」
「〈星神教団〉万歳ッ!」
 信徒たちは一斉に、両手の甲に彫った星の刺青を夜空に掲げた。
 そして、改めて古賀は、自分たちの神に祈りを捧げる。
「おぉ、〈星の神〉よ。同士蛇沼のため、今一度、わたしに力をお貸しください……」
 古賀の耳に、神からの声がとどく。
『救済遊戯で贄を捧げよ』
 祈りをやめた古賀の目には、鋭く、刺すような光が浮かんでいた。





「……と、いうことだ」
「どういうことですか!?」
 神木は素っ頓狂な声で、隣にいる、組員デビュー当時から何かと世話になっている先輩の神宮寺(じんぐうじ)龍也(たつや)にきき返した。
「簡単にまとめると、〈星の神〉という架空の神を崇める宗教団体〈星神教団〉の長、古賀星が、手下の信徒たちを使って人捜しを始めたってことだ」
「古賀は周回プレイヤーの一人、〈巫女(メイデン)〉ですね。捜している人物って誰ですか?」
「神居玲緒奈だ」
「あの人、組織に戻って早々、何をやらかしたんですか?」
「救済ゲームで〈捕食者(プレデター)〉蛇沼日紫喜を殺した。蛇沼は〈星神教団〉の正式な信徒ではないが、古賀と交友関係があった」
「意外ですね。あの蛇沼に友達なんて……」
「古賀と蛇沼は救済ゲームで出会った。頭のおかしな者同士、通じる部分があったのだろう」
「はぁ……」
 神木が、〈捕食者(プレデター)〉が参加したゲームの審判を務めたのは、たったの二回。神居との対戦を合わせて計六回は救済ゲームに参加しているので、神木が知らない四戦のどれかで、〈巫女(メイデン)〉と〈捕食者(プレデター)〉が出会った、ということになる。
 一対一のゲームで二人が生き残るのはありえないので、間違いなく、団体戦だろう。二人は同じチームで戦ったのだ。
「古賀は、どうやって蛇沼の死を知ったんですかね?」
「蛇沼と協力して救済ゲームをクリアした後、古賀は『蛇沼に関するあらゆる情報を入手できる資格』を手に入れた」
 救済ゲームをクリアすれば、どんな願いでも一つだけ叶えることができる。噂では、故人さえも復活させることができるという、まるで、ファンタジー作品に登場する〈魔法のランプ〉と同等の力が組織にはあるらしい。〈魔法のランプ〉みたいに願いを三つ叶えるためには、救済ゲームを三回クリアしなければならないが……。とにかく、古賀はそんな夢のような権利を、一人の人間をストーカーするために使ってしまったみたいだ。
「古賀は、蛇沼が神居と救済ゲームで戦い、死亡したことを知っている」
「狙いがはっきりしている、ということですね」
 裏で活動しているとはいえ、組織の組員にも実体がある。居場所さえわかれば、物理的な殺害は十分に可能。
 なので、組員の中には『身の安全の保障(組織に保護してもらう)』といった資格を欲しがり、救済ゲームに参加する者もいる。
 ただ、神木が知っている組員で、今現在その資格を所有しているのは、目の前にいる神宮寺龍也だけだった。
 長く組織に身を置く気があるなら、持っておいて損はない資格の一つなのだが、神木は機会があっても取りに行かなかった。
 理由はシンプルに、ゲームで勝つ自信がないから。神木が組員になることができたのは神居のおかげだし、クリアしたのもそのときの一度きりだ。
「神居さんが前に持っていた資格はすべて追放処分を受けたときに消えてしまったので、古賀に居場所を知られたらマズいですね……」
 今の神居は組織の組員というだけで、それ以外、何も持たない神木と同じ状態だった。
「手は打ってある」
「マジすか。早いですね」
「古賀を始末する」
「どうやってですか?」
 神宮寺は神木の肩を二回叩いた。
「神居と一緒に何日か俺の家で生活してくれ。ある物は自由に使ってかまわない」
「はぁ……」
 神宮寺はたまに、答えを隠すことがある。教えたくないのではなく、

のだろう。神宮寺は神木や神居より組員の(レベル)が高く、秘密も多い。古賀を始末する方法は、恐らく、組織のお偉いさんと相談して決まったこと。だから、位の低い組員には詳細を隠しているのだ。
「取れ」
 投げ渡されたカードキーを神木はキャッチした。
 神宮寺の住むアパートは組織の保護下にある、防犯の面では鉄壁を誇る、争いとは無縁の安全地帯。住む資格を所有するのは神宮寺だが、持ち主の同意があれば、組員同士の貸し借りを行うことができた。
「終わったら連絡する。それまで、神居と一緒に引きこもっていろ」
「わかりました」
「わかっているとは思うが、神居に勝手なことをさせるなよ? 部屋を汚したら、手前らで片付けろ」
「了解です……」
 どこからともなくタクシーが一台現れ、神宮寺は後部座席に乗り込んだ。ドアが閉まり、神木を残して走り去る。
 移動に関する問題も資格で解決。神宮寺が資格をいくつ所有しているのか正確な数はわからないけれども、ホテルを転々としている神木よりは、間違いなくよい暮らしをしている。
「……ん? 神居さんか……」
 神木の携帯端末に通知が届いた。相手は神居だ。メッセージの内容は『今どこ?』。組員全員に与えられる携帯端末は、メッセージのやりとり以外に使い道がないが、上から指令が届くので、肌身離さず持ち歩く必要があった。
 神木は居場所を打ち込み、『これから向かいます』と添えて、送信した。
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