第12話 〈ミート・マーケット〉その④

文字数 2,816文字

 第八ラウンド。
〈フードカード〉が出てきたが、私と蛇沼はすぐ取りにいかない。
「取らないの?」
「お先にどうぞ」
 騙し討ちにあって、ペースが乱れた蛇沼は、どのカードを取ればいいか迷っている。
 私にやり返したいのなら、一番安い『焼き鳥』を取って他の二種を渡したいだろう。今の蛇沼は、面白いほどわかりやすかった。
 取りかけたカードを先に奪うと、考察通りの『焼き鳥』。蛇沼は舌打ちし、『角煮』か『すき焼き』を手にした。
「私がお肉屋さんね」
〈ミートカード〉をわざと血で濡らし、そして、あたかも袖から何か出したであろう無駄な動きを加えてテーブルに並べる。
 今回、私は何もしていない。ただ、カードを並べただけだ。それなのに、蛇沼は長考した。偽のすり替えの動きに惑わされているのだ。
 残り十秒で取ったカードは『牛肉』。相互関係が合っているかは別として、私はプラス『300P』の大儲けだ。
 プラマイ計算され、私は残『600P』。蛇沼は残『800P』になった。
「蛇沼様。〈ミートカード〉を並べてください」
 カードがテーブルに並ぶ。何度も同じ工程を繰り返せば、私にも蛇沼の癖がわかるようになる。
「あんたは相手に取ってほしくないカードを自分から見て右側に置く癖があるよね」
 私はあっさり『鶏肉』を手にした。『100P』払って残『500P』。蛇沼は残『900P』。
「手持ちを公開してください」
 私は『焼き鳥』と『鶏肉』。蛇沼は『角煮』と『牛肉』。相互関係に誤りがある蛇沼だけがマイナスだ。残は『豚肉』の『200P』が引かれ『700P』。もう少しで追い抜ける。
「〈フードカード〉を選んでください」
 第九ラウンドが始まる。
 私は蛇沼が選ぶのを待った。思考を読んで奪い取るほうが、今は効率がいい。
 恐らく、次もまた『焼き鳥』を狙うだろう。自分が受けるダメージを最小に抑え、さらには、点差をつけるために私のミスを誘いたいはずだ。
「…………」
「…………」
 何をしている。早く選べ。私に当たりを教えろ。
 蛇沼は動かない。瞬きもせず、完全に石化していた。
 私の指から絶えず血が流れ続ける。私の右手は、気持ち悪いほど青白くなっていた。止血に使っていた靴下もぐしょ濡れである。
 ふいに、軽いめまいが私を襲った。どうやら、血を流しすぎたらしい。
 ……まさかとは思うが、これが奴の作戦か?
 一つ一つの動作に時間をかけ、出血多量による自滅を狙っているのだろうか。
 神木が秒読みを始め、残り一秒で蛇沼はカードを取った。同時に私もカードを取る。『焼き鳥』だった。今のはかなり危ない。反則負けになる、ギリギリのところだった。
 蛇沼も正攻法では私を倒せないと判断し、奇策を講じる戦法に切り替えたのだろうか。
「〈ミートカード〉を並べてください」
 カードを確認後、私は念入りにシャッフルして、三枚まとめてテーブルに置いた。
 蛇沼は長考。そして、残り一秒で取った『牛肉』を公開。プラマイ『300P』で、『800P』と『400P』。ついに蛇沼に倍の点差をつけた。
 次は私が〈バイヤー〉だ。第八ラウンドで癖の話をしたから、きっとカードの並びをずらしてくる。さっきと同じ右側に欲しいカードはないだろう。定位置から最も遠い左側を選ぶ、というのも単純な気がする。だが、こちらの裏をかいて単純なポイントを選んだ可能性も否定できない。
「ねえ。ちょっと」
「…………」
 お喋りだった蛇沼が無口になってしまった。会話の駆け引きに応じないのであれば、勘で選ぶほかない。
 私は真ん中を取った。『鶏肉』。プラマイ『100P』で『700P』と『500P』。点差がどうなろうと、蛇沼の表情は変わらない。
「公開してください」
 私は『焼き鳥』と『鶏肉』。蛇沼は『すき焼き』と『牛肉』。Pはそのまま、『700P』と『500P』だ。
 第十ラウンド。
 互いに〈フードカード〉は時間ギリギリまで取らない。
 残り一秒で取ったカードは『角煮』だった。蛇沼は『焼き鳥』か『牛肉』を持っている。
〈ミートカード〉を並べるが、ここでも蛇沼は時間ギリギリまで待った。
「クソがッ!」
 いきなり叫んで、カードを乱暴に取って表向きに叩きつけた。
 何をそんなにイラついているのだろう。遅延で私の血を減らす作戦を実行中なら、別に苛立つ必要はないはずだ。
 それとも、怒りは演技なのか。蛇沼の狙いが、よくわからなくなってきた。
「蛇沼様のカードは、『鶏肉』ですね」
 私のPが『800P』に増え、蛇沼のPが『400P』に減る。
 蛇沼はまだイライラしていた。テーブルをぶっ壊す勢いで〈ミートカード〉をテーブルに叩きつける。
「蛇沼様。直接的なゲーム機器の破壊は暴力行為として扱う場合がございますので、ほどほどに……」
「ごめんなさい」
 怒ったり大人しくなったり、情緒不安定すぎる。
 蛇沼がどこにカードを置いたのかわかり難くなり、私は『牛肉』を引いてしまった。『500P』と、蛇沼が『700P』。
 カードを公開。私は『角煮』と『牛肉』。『豚肉』のPを失い、残は『300P』。蛇沼は『すき焼き』と『鶏肉』。『牛肉』の『300P』マイナスで、残が『400P』。
 私には蛇沼のマイナスPが自滅点に思えた。演技ではなく、本当に不安定な精神状態になり、投げやりなプレイングになってしまったのだろう。
 それは、こちらとしては好都合だ。イカレている間に、色々やらせてもらう。
 私は『牛肉』を隠し持って、次のラウンドに臨んだ。
 第十一ラウンド。
 互いに〈フードカード〉取得。私は『すき焼き』。蛇沼は『焼き鳥』か『角煮』だ。
〈マーケット〉側の私が〈ミートカード〉を並べる。そこには、第十ラウンドで使った『牛肉』を紛れ込ませてもらった。『鶏肉』を手元に隠し、『牛肉』が二枚である。相互関係が合っていようが間違っていようが、『200P』以上は払ってもらう。
 蛇沼が取って公開したカードは『牛肉』だった。『300P』の儲けで、私は『600P』、蛇沼は残『100P』と指切りに大きく近づいた。
「うー、うー、うぅぅぅぅぅ……」
 赤ちゃんみたいに、蛇沼が自分の指をしゃぶり始めた。不安定状態は継続中だ。

である。
 右の指をしゃぶりながら、左手で〈ミートカード〉が並べられた。
 一枚取る。『豚肉』。しかし、私は〈マーケット〉側のとき『牛肉』と交換した『鶏肉』を代わりに公開。プラマイ『100P』で、『500P』と『200P』。イカサマの追及はなく、互いに手持ちを公開。相互関係が合わない私は『牛肉』分の『300P』を払い、『200P』。同じく合わない蛇沼が『角煮』のPを払って所持P(ゼロ)
 ついに追い詰めた。次の第十二ラウンドで指を切らせてやる。〈フードカード〉はテーブルに片付けてもらう必要(自動で回収)があるのですり替えは無理だが、イカレた蛇沼が相手だったら、〈ミートカード〉のすり替えはやりたい放題だ。
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