13.ライヴ
文字数 2,221文字
十八時半オープン。十九時スタート。客の入りは、いつも通りに上々だ。
ざわつき続ける会場内には、タバコの煙に酒の臭いが漂っている。落とされた照明と、演奏が始まるまでの間に流され続けるBGMは、客のテンションを上げていった。
そうして、時刻は十九時を過ぎる。
少し押すくらいが盛り上がる。客のフラストレーションを煽り、しばらくしてノリノリに流れていたBGMがふっと途切れた。
瞬間、真っ暗だったステージを照らすライトと、三人の影に客が一斉にわく――――。
鼓膜にこびりつくような歓声を、押し破るようにしてかき鳴らすギター。
一発目から飛ばしてやるっ。
瞭のドラムがはじける。省吾の出す深いベースの音が、腹の奥底を揺るがす。あふれる歓声に応えるべくして、俺の声が会場を支配する。客の熱気と歓声が、ライヴハウスに地雷を落とした。
今朝見た夢のことなど、もう、頭にはなかった。ただ、好きなこの場所で、心地いい眩暈を感じながら、曲を奏で、歌を唄う。この会場を俺たちの作った音で埋めつくすだけだ。
狭い箱の中で、窒息しそうなほど音を吐き出してやる。その音を客が受け止め、吸い尽くそうともがき溺れる。
このまま死んでもいいと思える、唯一の瞬間――――。
スピードに乗った三曲を一気に演奏し、短めのMCを挟む。今日やって来た客への、リップサービスだ。メンバー紹介と、曲紹介。あとは、ほんのちょっとの笑いを挟み、高揚している客の心を煽る。
その後、新曲と聴かせる歌に、さっきまでアドレナリン全開だった客席が凪いでいった。
客は、アコギを弾く指を見つめ、俺の声に耳を傾ける。優しい色のライトに包まれ、口ずさむ詞に心を奪われていく。歌詞にのせた伝えたい思いを理解しようとしてくれる。その感情が俺にも伝わってくる。
スローテンポな曲に、緩くさざ波を立てるように気持ちを込め、想いをこめ歌い上げていく歌詞の合間。ふと見た二階席の奥。SE傍のスタッフ席にある、嫌な顔が目に付いた。岩元のオヤジだ。
今日も違うことなくスーツ姿で腕を組み、心の中を見透かしたような眼でステージ上の俺たちをじっと見ていた。
相変わらず、少しも音楽を聴いている風には見えない。ただ、じっとそこに居るというだけ。
聴く気もないのに、そんな場所に陣取ってんなよ。
嫌味の一つも言ってやりたいが、それはまた今度にしておいてやる。今はこの熱い箱の中で、更に熱気をまき散らして暴れたい。
表情のない岩元の顔から視線を横にずらすと、なぜかスタッフ席にはあいつがいた。
っ?!
思わず、爪弾く弦がぶれそうになった。
岩元の隣に、当たり前のような顔をして座っていたのは、今まで見たこともないほど真剣な表情をしている圭だった。
あいつ、何でスタッフ席になんて居るんだよ。岩元に媚でも売ったか?
つまらないことに思考を持っていかれそうになっているうちに曲が終わった。気を取り直し、次は少しテンポを上げていく。刻むビートに、また客がリズムをとり会場内がわいていった。
八曲目が終わったところで、最後のMCだ。汗を拭い呼吸を整えながら、マイクスタンドを握った。
「えー。最近、ペットを飼い始めました」
苦笑いで俯きそう言っただけで、どっと会場内がわいた。
「飼う予定もなかったし。チョロチョロしていて、とにかく小煩い」
スタッフ席に視線をやると、自分のことだと分るようで、圭が頬を膨らませているのが見えた。
「けど、まぁ、嫌いじゃない」
圭に向かって言葉を溢すと、表情が一気に笑顔に変わる。わかり易い。
「できれば、メスのがよかったんですが。残念ながら、奴はオスで」
その言葉に、圭がエヘヘとでも言うように表情を崩している。
客は、誰の事を言っているのかと囃し立て、中には私のことも飼って。などと、本気とも冗談とも取れるセリフを投げかけてくる女も居た。そんなセリフに、また少し俯き笑いを浮かべた。
「今のところ、一匹で充分なんで」
冗談で返すと、笑い声が集まる。
ギターを抱えなおし、後ろに置かれたペットボトルの水を喉に流し込む。汗を拭い、憎らしいほど生意気な顔を浮かべてからもう一度マイクに向かった。
「そろそろ。時間も迫ってるらしく――――」
えぇーーっ!! と大音量で、お約束のセリフが返ってくる。
「いいともかよ。俺は、タモさんじゃねぇぞって、知らない奴いるか?」
すでに終わった番組を出して、苦笑いが浮かぶ。口角を上げイタズラな顔を向ければ、たいした事でもないことに客たちはゲラゲラと笑ってくれた。
「安眠妨害だとタケさんが地主から追い出されて、ここのライヴハウスがなくなると困るんで。残り時間、飛ばしまっす」
スタッフ席で、仰け反り笑うタケさんの姿が見える。その姿に、こっちまでクツクツと笑いがもれた。
「お前らっ。ついてこいよっ!」
ニヤリと片方の口角を上げ、SE席に合図を送る。途端に照明が変わる。
瞭のドラムが弾け、アップテンポの曲に縦のりの客たち。ギターでメロディーをつけ、省吾のベースがリズムを整える。
マイクに声をのせ。観客席を煽り。最上級の盛り上がりを見せる会場内。湧き上がる高揚感に、トランス状態になっていく。総ての力を解き放ち、客と一体となっていく。
ラストの曲まで駆け抜け、達成感の中幕は閉じた――――。
ざわつき続ける会場内には、タバコの煙に酒の臭いが漂っている。落とされた照明と、演奏が始まるまでの間に流され続けるBGMは、客のテンションを上げていった。
そうして、時刻は十九時を過ぎる。
少し押すくらいが盛り上がる。客のフラストレーションを煽り、しばらくしてノリノリに流れていたBGMがふっと途切れた。
瞬間、真っ暗だったステージを照らすライトと、三人の影に客が一斉にわく――――。
鼓膜にこびりつくような歓声を、押し破るようにしてかき鳴らすギター。
一発目から飛ばしてやるっ。
瞭のドラムがはじける。省吾の出す深いベースの音が、腹の奥底を揺るがす。あふれる歓声に応えるべくして、俺の声が会場を支配する。客の熱気と歓声が、ライヴハウスに地雷を落とした。
今朝見た夢のことなど、もう、頭にはなかった。ただ、好きなこの場所で、心地いい眩暈を感じながら、曲を奏で、歌を唄う。この会場を俺たちの作った音で埋めつくすだけだ。
狭い箱の中で、窒息しそうなほど音を吐き出してやる。その音を客が受け止め、吸い尽くそうともがき溺れる。
このまま死んでもいいと思える、唯一の瞬間――――。
スピードに乗った三曲を一気に演奏し、短めのMCを挟む。今日やって来た客への、リップサービスだ。メンバー紹介と、曲紹介。あとは、ほんのちょっとの笑いを挟み、高揚している客の心を煽る。
その後、新曲と聴かせる歌に、さっきまでアドレナリン全開だった客席が凪いでいった。
客は、アコギを弾く指を見つめ、俺の声に耳を傾ける。優しい色のライトに包まれ、口ずさむ詞に心を奪われていく。歌詞にのせた伝えたい思いを理解しようとしてくれる。その感情が俺にも伝わってくる。
スローテンポな曲に、緩くさざ波を立てるように気持ちを込め、想いをこめ歌い上げていく歌詞の合間。ふと見た二階席の奥。SE傍のスタッフ席にある、嫌な顔が目に付いた。岩元のオヤジだ。
今日も違うことなくスーツ姿で腕を組み、心の中を見透かしたような眼でステージ上の俺たちをじっと見ていた。
相変わらず、少しも音楽を聴いている風には見えない。ただ、じっとそこに居るというだけ。
聴く気もないのに、そんな場所に陣取ってんなよ。
嫌味の一つも言ってやりたいが、それはまた今度にしておいてやる。今はこの熱い箱の中で、更に熱気をまき散らして暴れたい。
表情のない岩元の顔から視線を横にずらすと、なぜかスタッフ席にはあいつがいた。
っ?!
思わず、爪弾く弦がぶれそうになった。
岩元の隣に、当たり前のような顔をして座っていたのは、今まで見たこともないほど真剣な表情をしている圭だった。
あいつ、何でスタッフ席になんて居るんだよ。岩元に媚でも売ったか?
つまらないことに思考を持っていかれそうになっているうちに曲が終わった。気を取り直し、次は少しテンポを上げていく。刻むビートに、また客がリズムをとり会場内がわいていった。
八曲目が終わったところで、最後のMCだ。汗を拭い呼吸を整えながら、マイクスタンドを握った。
「えー。最近、ペットを飼い始めました」
苦笑いで俯きそう言っただけで、どっと会場内がわいた。
「飼う予定もなかったし。チョロチョロしていて、とにかく小煩い」
スタッフ席に視線をやると、自分のことだと分るようで、圭が頬を膨らませているのが見えた。
「けど、まぁ、嫌いじゃない」
圭に向かって言葉を溢すと、表情が一気に笑顔に変わる。わかり易い。
「できれば、メスのがよかったんですが。残念ながら、奴はオスで」
その言葉に、圭がエヘヘとでも言うように表情を崩している。
客は、誰の事を言っているのかと囃し立て、中には私のことも飼って。などと、本気とも冗談とも取れるセリフを投げかけてくる女も居た。そんなセリフに、また少し俯き笑いを浮かべた。
「今のところ、一匹で充分なんで」
冗談で返すと、笑い声が集まる。
ギターを抱えなおし、後ろに置かれたペットボトルの水を喉に流し込む。汗を拭い、憎らしいほど生意気な顔を浮かべてからもう一度マイクに向かった。
「そろそろ。時間も迫ってるらしく――――」
えぇーーっ!! と大音量で、お約束のセリフが返ってくる。
「いいともかよ。俺は、タモさんじゃねぇぞって、知らない奴いるか?」
すでに終わった番組を出して、苦笑いが浮かぶ。口角を上げイタズラな顔を向ければ、たいした事でもないことに客たちはゲラゲラと笑ってくれた。
「安眠妨害だとタケさんが地主から追い出されて、ここのライヴハウスがなくなると困るんで。残り時間、飛ばしまっす」
スタッフ席で、仰け反り笑うタケさんの姿が見える。その姿に、こっちまでクツクツと笑いがもれた。
「お前らっ。ついてこいよっ!」
ニヤリと片方の口角を上げ、SE席に合図を送る。途端に照明が変わる。
瞭のドラムが弾け、アップテンポの曲に縦のりの客たち。ギターでメロディーをつけ、省吾のベースがリズムを整える。
マイクに声をのせ。観客席を煽り。最上級の盛り上がりを見せる会場内。湧き上がる高揚感に、トランス状態になっていく。総ての力を解き放ち、客と一体となっていく。
ラストの曲まで駆け抜け、達成感の中幕は閉じた――――。