23.後悔を覆すために

エピソード文字数 4,354文字

 真実を思い出して以来、毎日はほんの少しずつだけど変化していた。閉め切ってばかりいた窓とカーテンは、圭の習慣がうつり毎朝必ず開ける様になっていた。タバコを吸うこともすっかりなくなり、食事も三度決まった時間に摂っている。やけに健康的だ。
 圭の夏休みが終わりに近づいてきた頃、タケさんから一本の電話が入った。一ヵ月後に、ワンマンライヴをやるためのスケジュールが空いたと。
 ワンマンが決まった事に勢いづいて、新曲を一気にかき上げた。本番までの間に、少し多いくらいの練習メニューを組み立て、スタジオの予約をした。スタジオ練習がない日は各々練習しつつ、時折昔のように三人でこの狭い部屋に集まり、セットリストを考えたり、くだらないMCの話題で盛り上がる。Vallettaのこんな姿はとても貴重だと、圭が物珍しげにやり取りを眺め、目を輝かせていた。
 スタジオ練習にも熱が入る。既存の曲に加え、新曲には瞭と省吾のアレンジが加わる。
 間で取った休憩で廊下へ出ると、いつものように岩元が俺のことを待っていた。今までなら無視するところだが。
「あお――――」
「――――岩元さん」
 話し掛けてくる声を制し、言葉をかぶせた。俺から声を掛けたことに、岩元は少なからず驚いた表情を浮かべている。
「デビューの話。あと、少しだけ待っていて欲しいんだ」
「青葉君……」
 どんな心境の変化があったのかと、その表情は訊いているようだった。
「ワンマン、見に来てよ。……違うな。聴きに来てくれよ。俺たちの音を、聴きに来てくれよ」
 記憶と向き合いだしたことで、今まで拗ねて捻じれ、岩元という一人の人物にも向き合ってこなかったことに気づかせてくれた。相手に聴く気がないんじゃない。聴かせよう、聴いて欲しいという思いで向き合っていなかっただけのことだったんだ。
 岩元が初めて表情を緩めた。
「わかりました。君たちの音楽を聴かせて貰います」
 表情は穏やかだったが、その態度はとても真摯的だった。

 その日の夜。圭に頼んで、頼が歌っているという公園に案内してもらうことにした。電車に三十分ほど揺られ辿り着いた町は、都心に比べ格段に人の数も灯りも少ない。
 以前アウトサイダーが売れていて、誰もが曲を口ずさむことができていた頃。頼は、都会の真っただ中に住んだいた。
 こじゃれたマンションに住んでいる姿が似合わないと笑ったら、事務所が勝手に決めたんだと苦笑いしていた。高級そうな外観のマンションだが、一歩頼の部屋に上がれば、腐るほどのギターや、作曲用のキーボードにパソコン。グチャグチャニなったシールドや、わけのわからないコードが至る所に散乱していた。頼らしい部屋だった。実家の場所は知らないが、元々都内出身だと話していたことがある。
 都会の暮らしに染まっていたはずの頼が、人目を忍ぶように暮らす町は、それだけでひっそりとしていて、静かすぎる夜の空気や闇が、頼を隠し、放さない気がした。
 都会の喧騒から離れた町の寂しさを肌で感じながら、線路沿いの長い上り坂を上っていく。
 徐々に息切れしていくと圭は、「近道だから」と途中の細い急な階段を上って行き、俺の息は更に荒くなる。
「っけいっ! まだかよっ」
 荒い呼吸の合間に訊ねると、余裕の顔で五段ほど下にいる俺を余裕の顔で振り返った。
「もう少しですから」
 荒い息を吐いて立ち止まると、俺を見て面白そうに笑う顔が小憎らしい。
 階段を登り切った先を、五分ほど歩いていくと公園が見えてきた。近くに設置された数台の自販機の灯りと街灯の灯りで、夜の公園はほんのり浮かび上がって見えた。出入り口は何箇所かあるらしい。
「あっちです」
 圭は、そのうちの右側に回りこんだ入り口を目指した。
 中に入ると、思っていたよりも園内は広く、滑り台やブランコなどの遊具に砂場。所々にベンチも置かれていた。
 静かで住みやすいのか、ダンボールとビニールシートでできた家が端の方にいくつか見えた。この辺りは行政の規制が緩いのか、見て見ぬふりをしているのかもしれない。
 夜も遅いからか、人のいる気配はしない。遊具の先を行き、奥へと進んでいく。少しすると、緩い風に乗って、微かにギターの音が聴こえて来た。耳にその音が飛び込んできた瞬間、息をのみ歩が止まる。
 頼の音だ。間違えるはずがない。これは、大好きだった頼の奏でるギターのメロディーだ。
 (たかぶ)っていく感情が、嬉しさと不安を同時にかき立てる。
 立ち止まった俺を、圭が振り返る。どうしますか? そう問うような表情をしながらも、縋る視線で先に進むことを祈っているように見えた。
 圭に頷きを返し、再び足を前に出すと、歌声も聴こえて来た。
 懐かしさに胸が熱くなり、奥底に溜まっていた蟠りが心を苦しくさせていった。
 近づくにつれ、暗闇に浮き上がる頼の姿が見えてきた。こちらへ背中を向け、ギターを抱えて地面に座り込み歌っている。
 あんなに小さな背中だっただろうか。追いつけないほどに大きい存在で、必死に手を伸ばしていた頃の、頼りがいのある雰囲気が少しも感じられなかった。歌声は何一つ変わっていないのに、孤独を感じる背中は、俺の知っている頼ではないように思えた。
 観客は、数名の浮浪者だった。薄汚れた客相手に、夜の中に響き渡る、空気を震わすようで、直接耳に届くような声が伸びやかに届く。
 しばらく遠巻きに、圭と二人で頼の小さな背中を見ながら歌声を聴いていた。

 虚勢を張って強がってきた
 臆病な自分に背を向けてきた
 頭から爪先まで理論で固めて
 何と張り合っている
 誰と張り合っている
 戦ってる相手は自分だろ

 一人が好きだと嘘をつき
 ついた嘘が本当になって
 気が付けば本当に独りきり
 過去ばかり歌い
 現在(いま)を歌えない

 素直に弱音をはくこともできない俺は
 前にも後ろにも居場所がない

 光を求め 夢を追いかけ 走り続けた
 息つく暇もないほどに 歌い続けていた
 あの頃の俺にはそれしかなかった

 なぁ お前 憶えているか

 意味もなく浮かれていた桜の季節
 暑さにうだった真夏の太陽
 銀杏の葉を踏みしめ歩き
 寒さに襟を立てた冬

 笑っていた
 楽しかった
 俺たちはそうやって季節を越えていた

 失ったものは大きすぎ
 現在(いま)を置き去りに
 お前を置き去りに
 自分自身を置き去りに
 なのに今も歌い続けてしまうんだ

 この曲は、初めて聴いた。
 後悔しているのだろう。それでも、歌をやめられないのだろう。
 俺と一緒じゃねぇか。くそっ。
 いつまでも一人きりなんて思うなよっ。怖がってんじゃねぇよ。明るい場所に出てこいよ。でかい顔して、強気に笑って見せろよ。

 気が付けば、憤りに拳を強く握り締め、きつく唇をかんでいた。悔しさに喉元は熱くなっていた。
 憤りに熱くなる感情のすぐそばで、切なげに頼を見守る圭に視線を移した。こんな頼のことを、圭はずっとそばで見てきたんだよな。とても辛かったことだろう。
 圭の頭にそっと掌を置く。見上げる顔は、依然辛そうで。助けなくちゃいけないのは、頼のことだけじゃないと改めて思う。
 頼の歌が終わると、公園はほんの少しの間静まり返り、その後、パラパラと拍手が聞こえてきた。
「兄ちゃん、歌うめぇなー。歌手になったらいいのによー」
 浮浪者の一人が、酔っ払ったような口調で頼に話しかけている。傍にいた仲間も、そうだ、そうだ。と賛同している。
「ありがと、おっちゃんたち。……けど、そんなことしていい人間じゃ、ないから」
 頼の言った言葉は、まるで俺自身の言葉だった。酷く悲しくて、こんな言葉を周囲に聞かせ続けていたのかと思うと、申し訳なさに胸が痛む。
 俺と同じように、頼はデビューなどできないと俯いている。
 自嘲気味に話す頼が、今どんな顔をしているのか。こちらからは少しもわからないが、少し前の俺ときっと同じ表情でいるだろうと想像できた。
 悲しすぎる小さな背中をこれ以上見ていられなくて、近づき声をかけた。
「らいっ」
 背後からの呼び声に、ビクリと体を揺らす。まるで幽霊でも見るような怯えた表情で、頼がゆっくりと後ろを振り返った。
 視線がぶつかった。驚愕に見開く目が、怯えを孕む。
 そんな顔で見るなよ。いつだって自信のある、皮肉めいたいたずらな顔をしていてくれよ。
 頼の傍に近づき、座ったままの頼を見下ろした。
「こんな所で、なにやってんだよ」
 迷うことなく問うと、頼は目を伏せ何も応えないまま、また前を向いてしまった。
 さっきまで緩く吹いていた風が、緊迫感をのせて頼と俺を包む。
 言葉もないままギターを片付け始めると、頼はケースを左手に持ち立ち上がり、背を向け去ろうとする。
「いつまでこんな所で歌ってるつもりだっ」
 小さな丸まった猫背に向かって叫ぶ声に、頼は歩き出した足を止めた。それでもこちらを振り返ろうとはしない。
 背を向けたまま立ち尽くす頼に叫ぶ。
「ステージに上がれよっ。俺にしたこと後悔してる暇があるなら。こんなところじゃなく、ステージに上がって来いよっ!!」
 なのに、小さくなった背を向けたまま、頼はやはり振り返りもしないし、言い返しても来ない。
 頑なな態度は悔しすぎて、目の前が滲んできた。
「頼には、目標でいてもらわなきゃ困るんだよ。これから前に進もうって時に、目標がないんじゃ話になんねーじゃねぇかよっ。追い越す奴がいないんじゃ、つまんねーだろっ!」
 そこで、初めて頼が俺の方を振り返った。
「成人……、お前」
 何か言いかけたものの、頼はそれ以上の言葉を発しない。口を閉ざし、黙り込み、視線を合わせようとはしなかった。
 いつまでもうじうじとしている頼の手に、一枚の紙を無理矢理握らせた。
「次のワンマンが決まったんだ。待ってるからな」
 頼は、力なくチケットを握っている。それでも、突き返してこなかった事に安堵していた。
「ここで終わるなんて、絶対許さねぇからなっ」
 立ち尽くしたままの頼に、背を向け数歩踏み出した。俺たちのやり取りを不安な顔で見守っていた圭は、歩き出した俺についていくべきか。俯く頼についていてやるべきか、戸惑い悩んでいる。
 少し後ろで不安そうに立ち尽くす圭を安心させるように、俺は穏やかな笑みを向けた。
「頼の傍にいてやってくれよ」
 圭は力強く頷くと、頼の元へと駆け寄っていった。
 ライヴまであと二週間。頼。お前が抱え続けた後悔の塊。俺が木っ端微塵にぶっ壊してやる。
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