5.ファン?

エピソード文字数 3,670文字

 ワンマンライヴを二週間後に控え、いつも行く楽器屋へ予備の弦を買いに足を運んでいた。私鉄沿いの小さな町は意外ときれいに整備されていて、駅を出てすぐ道はレンガ通りと呼ばれる、それなりに栄えた商店街になっていた。三種類の色をしたレンガブロックを踏みしめ裏通りをいくと、小さな楽器店が見えてくる。口髭を生やした小川店長と、既にメジャーになる事を諦めた元ロッカーの坂本さんが、店内で暇そうに駄弁っていた。
「よう、成人。ギター買いに来たのか?」
 人の顔を見るなり、小川店長はいつも高い商品を売りつけようとする。
「毎回ギターばっか買ってらんねぇよ」
 稼いでんだから買えよと、冗談交じりに絡んでくる小川店長を適当にかわしながら笑いを浮かべる。店の奥では、試し弾きをしている少年が、へたくそなギターの音を奏でていた。
「なに、あれ?」
 あまりに下手糞でセンスのない音色を奏でる少年に向かって、俺は苦笑いを浮かべる。
「最近よく来る中学生。お前のファンらしいぞ」
「えっ……」
 めんどくせぇなぁ。ファンは大事にする方だが、無駄に距離を縮めてくる輩は正直面倒だ。ライブに来て、声をかけてくれる程度がちょうどいい。こんな風に、馴染みの店まで探し当てられたんじゃあ、落ち着かない。
 奥で試し弾きをしている中学生にしては幼過ぎる雰囲気の少年に気付かれないよう、いつもの弦が置いてある棚を物色しにいった。
「あれ、店長。五弦きれてんの?」
 棚の上に並んでいる弦は、五弦だけが品切れ状態だった。
「んー? あぁ、あるある。ちょっと待ってろ」
 少し考えて、店長は奥を探しに行った。少年に見つからないうちにさっさと店を出たいと思ったが、うまくいかないものだ。
 店長が弦を持ってくるまでの間、かわりばえのしない店内を眺めていたら、奥に居た試し弾きの少年と目が合ってしまった。
 その目は、ほんの一瞬鋭さを湛え、まるで獲物を見つけた野生動物のように、すぅっと細められたように見えた。要するに睨みつけるような目つきに思え、油断していたせいか僅かにたじろいでしまった。
 俺のファンじゃねぇのかよ。小川店長の情報は、似非だったのか?
 やれやれと肩を竦めようとしたとき、睨みつけられていた表情が和らいだ。
 ん? 気のせいだったのか?
 視力が悪いのか、対象物を確認するために険しい表情になったのかもしれない。
 勘違いだったのかもしれないと、なるべく自然に相手の視界から逃れようとすると、さっきまで聴くに堪えない音を奏でていた少年が俺という存在に気付いてしまった。
 しまった。と思っても逃げるわけにもいかず、不自然に目を逸らす。すると、逸らしていてもわかるほど浮き足立ったオーラを放ち傍に寄って来た。
「あっ、あのー。成人さんですよね?」
 解っているのに訊いてくる。そういうわかり易い行動が、すでに面倒くせぇ。
 仕方なく視線を向けると、表情は喜びに緩みまくっていた。
「ああ」
 ファン心理というものを理解していないわけじゃないが、こんな所まで付け回されているという僅かな嫌悪感に愛想もなくそれだけ応えた。
 しかし、空気を読む力が備わっていないのか、少年は構うことなく話し始める。
「僕。成人さんの、大大大ファンなんですっ。あ、もちろん、Valletta も大好きですっ」
 キラキラした目が、眩しすぎてとても直視できない。頬を引き攣らせ、「そりゃどうも」と一言。
「うわぁっ、うわぁっ! こんな間近で成人さんに会えるなんて。毎日通い詰めた甲斐がありましたっ!」
 若者特有の有り余る元気さを振りまき、そう言ってのける。
 毎日……。暇なやつだ。
 こういうファンに支えられてるのだから、無碍にはできない。分ってはいるが、性格上こういうやつが一番面倒臭い。ミーハーで煩いのは、省吾一人で充分だ。
「悪いけど、あんまり騒がないでくれるか」
 静かに制すると、一瞬はっとしてそれからシュンとなる。アップダウンの激しさにもついていけない。
「ごめんなさい。あんまり嬉しくてつい……」
 落ち込んだ声で俯いているが、俺の傍から離れる気はないらしい。
「成人。しげとっ」
「あのぉ、成人さん。店長さんが呼んでますよ」
「え? ……ぁあ」
 弦を探しに行った店長が戻り、俺を呼んでいたらしい。知り合ったばかりのこの少年に教えられて、気がついた。どうやら、普段馴染みのない奇怪な生き物に遭遇すると、周囲の声は耳に届かなくなるらしい。
「あったぞ。ほらよ」
「さんきゅ」
「おっ。(けい)君。憧れの成人と話せたみたいだな」
 この場の状況を理解していない小川店長は、少年の事を(けい)と呼び話しに加わってきた。すると。
「そうなんですっ店長! やっと会えたんです! もう、嬉しくって、嬉しくって」
 圭という少年は、店長の手を両手で握り、ブンブンと振り回して喜んでいる。
 おいおい。落ち込んでたんじゃねぇのかよ……。
 さっきまでシュンとしていたのが嘘のような、あまりにも明るすぎる態度には、呆れずにいられない。
 女みたいにクリッとした二重の目。成長期でまだ伸びそうな身長。ほんのり茶色に染めているのか地毛なのか、真っ黒よりは軽やかな色の髪を寝癖のようにワックスで散らしている。そして、純真無垢そうな、この笑顔……。
 懐かれそうで怖い。
 天真爛漫ともいえる少年の態度に嫌な予感がし、そそくさと弦を手にして坂本さんに会計をお願いした。使いこなれた革の財布から、さっさと支払を済ませる。
「店長じゃあ、又」
 面倒なやつと関るのはごめんだ、ととっとと帰ろうと踵を返すと目の前に少年がいた。
「な……、なんだよ」
 目の前に回りこまれたことに、少し驚き戸惑う。
「このあと、どこに行くんですか?」
 まるで女子高生みたいな言い方の質問に、皮肉に片方の口角が上がる。
 関係なくね? どこに行こうが、言う必要ねぇし。
「どこでもいいだろ」
「一緒してもいいですか?」
 冷たく突き放したつもりが、少しも伝わっていないらしい。嫌な予感が的中しそうで、これ以上言葉を交わすとろくなことにならないと、返事もせずに歩き出す。けれど、それを肯定と取ったのか、圭と言う少年が俺のあとをくっついてきた。
 このめんどくせぇ生き物は、なんなんだ。
 チョコチョコと後ろをくっ付いてくる圭を無視して、溜息交じりにジーンズのポケットから、つぶれたタバコの箱を取り出した。
「あっ、タバコですか?」
 後ろをくっついてきていた圭が、右側からタバコを持つ手を覗き込む。
「僕、成人さんの声スッゲー好きなんです。で、タバコ吸ってる姿もスッゲーかっこいいと思ってるんです。でも、大好きなその声がダメになると困るんでー、タバコはやめた方がいいですよっ」
 言ったと同時に、俺の手元からスッとタバコが消え、行方を追うと圭の手にしっかりと握られていた。
 てんめぇ~。
 俺がタバコ吸おうが、それで声を潰そうが勝手だろうがっ!
 ヒクヒクと顔を引き攣らせ、圭を睨みつけたが、気付いているのかいないのか、ニコニコとした顔のまま、その潰れたタバコの箱を更にギュッと握り潰し、近くにあったコンビニのゴミ箱へと捨てに行ってしまった。
 圭の行動に、こめかみがピキピキと音を立て始める。苛立ちに体が熱くなってきた。
 怒りを隠しきれない俺の目の前に、煙草を処分して清々したとでも言うような顔つきの圭が戻ってきた。
 初対面の圭にムカつきを抑えられず、ふざけんなっ! というセリフが喉元まで出ていたんだが。
「はい。口が寂しかったら、これを舐めて下さいね」
 にこやかな笑顔のまま差し出された三角のイチゴミルク飴に、別の怒りが重なる。
 俺は、ガキかっ!!
「おいしいんですよぉ、これ」
 怒っているのはわかっているはずなのに、圭は少しも気にとめず。それどころか、自分もその飴を口に入れ、片頬を膨らませて満足そうな表情をしている。
 何の悪気もなく無垢な笑顔で見られると、一回り以上も年下の相手に怒るのがバカらしくなってしまった。
 呆れた思いを溜息とともに吐き出し、言われるままに渡された飴を口にした。口内へと放り込まれた飴は、甘酸っぱさを広げ、懐かしさを呼び起こす。
 この味……。いつだったか。どれほど前だったか。少しも思い出せはしないが、よく舐めていた気がする。
 そう。今傍に居る、この圭とかいう中学生と同じようにして、俺にこの飴を……。
 記憶の片隅にある思い出の箱。その蓋がほんの少しだけ開き、はっきりとは思い出せないまま懐かしさがじんわりと胸に広がっていった。
 胸の中を満たすように広がっていく懐かしい感情に、気がつけば怒りもどこかへと消えてなくなっていた。
 不思議な奴。
 いつの間にか緩む頬に気付きもせず、ちいせぇガキみたいな振る舞いをするこの圭という少年を微笑み見ている自分がいた。
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